Day of the Necromancy

キャスケットボーイ

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第一話:二年前

乱読

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 その後すぐに遅めの夕食となった。
私を心配していた彼らは、こんな夜中まで夕食を失念し、何も食べてはいなかったのだ。ゴールドン達は燭台に灯をつけ、暗い部屋の中で食卓を囲み、私が見つかって本当によかったと何度も何度も口にしながらスープを味わっていた。
その間、私は殆ど味を感じることができなかった。先ほどの悪魔の事で完全に打ちのめされてしまっていたし、少し前にグーズリーを殺して来たばかりなのだ。苦しみでもがく彼の顔と、その焼死体が思い出され、食欲はみるみる消えていった。
 同時に、復讐という二文字が頭の中に浮かんできた。以前までは考えることもできなかったことだ。私の故郷を奪った、黒い仮面達。一体なにが目的だった? どうしてあんなことをした? いや、理由がどうであれ関係ない。奴らは報いを受けねばならない。絶対に。今私には、その力があるのだ。
 ようやくものごとが前に進んできたと感じるようになった。そのために冒したリスクは大きいが、何もしないよりもずっと良いのだ。

 食事を終えると、私はすぐに自分の部屋に戻った。
燭台に紫色の炎をつけ、今後について考えた。私はネクロノミコンを読む方法を探さねばならないし、私の故郷を奪った奴らの正体も突き止めなければならない。
二つの大きな壁が、私の前に立ちふさがっている。これを越えなければ、私は前に進めはしないのだ。

「ネクロノミコン・・・」
私は一人独語し、その黒い革表紙に手を這わせた。
「実は炙り出し・・・とか?」そうだったらどんなに簡単だろうと、苦笑してしまう。

パラパラと本をめくっていると、あるページに一枚の紙が挟んであった。
その紙きれに書かれた文字を見ると、私は思わず息を呑んだ。あの悪魔の筆跡だったのだ。
そこには短くこう書かれていた。

"自分の足跡を辿れ。黒の魔女が全て知っている"

どういう意味だろう? 自分の足跡を辿れ? 黒の魔女?
 意味はわからなかったけれど、何かのヒントに違いないと思った。当面はこれについて考えねばならないだろう。でも・・・。
私はネクロノミコンを枕元に置き、ベッドに身体を投げ出した。今はもうクタクタだ。これまでの退廃的な日々が、今日の一日の内に全て覆されたのだ。色々なことがあったし、とても疲れた。だから、今は休むべきだ。
 瞼を瞑ると、いとも簡単に眠りに落ちた。その日は、何の夢も見なかった。


 次の日から、私の読書漬けの日々が始まった。
とにかく今必要なのは知識だ。ネクロノミコン、黒の魔女、悪魔、魔法陣。私は自分が置かれている状況について何一つ理解できていないのだ。
幸いなことに、ゴールドン古物館は掘れば掘るほど古本が見つかる宝の山だった。新書をいちいち買わせていたらゴールドン家は次の冬を超えられないだろう。知識はタダではないのだ。今はこの状況に感謝しなければ。
 とにかく何でも学んだ。この世界の地形から、血を水に変える方法、果ては"正しい"セックスの仕方まで、書いてあることは全て理解した。
しかし、無限にあると思えたゴールドンの蔵書は一か月も経たないうちに全て読破してしまったので、今度は夫人に勧められ、教会に出入りするようにした。一日中アストレウスの前でボーっとしていると、司教が私を熱心な信徒と勘違いし、図書室の使用を許してくれた。今度はそこに引きこもった。朝から晩まで、とにかく知識を集めた。まるで悪魔にとり憑かれたように・・・・・・・・・・・・
三か月経つ頃には、私は自分が全く何も知らないということを知るようになった。でも、必要最低限の事だけは知っているとわかった。
新たにわかったこともあった。黒の魔女についてだ。その名は教会の"粛清対象リスト"で見つけることができた。内容はこうだ。

・黒の魔女
死霊術、錬金術、魔術の分野において禁忌を破っている。
その他殺人の余罪あり、悪行マレフィキアは推定不能。ローゼンクライツに協力していると思われる。
発見次第処刑を許可するが、単独での攻撃は無謀。捜査は一時中断。

 この下に、彼女を発見した日時とその時の状況が羅列されていた。
とにかく、居場所が分かった。ローゼンクライツだ。その場所は以前別の本で読んだ。私がいるアイゼンから南西の方角にあるレイブンスケールという山脈に位置する、吸血鬼の住処だ。
では、彼女も吸血鬼なのだろうか? どうすれば会える? そもそも、彼女が私に対して友好的であるという保証は?


「まだいたのかね」
急に司祭が声をかけてきたので、私の思慮はそこで中断された。

「勉強熱心は結構だが、もう暗くなる。帰りなさい」
「あ・・・ええ、そうします」

私は散らかしていた本を適当に書棚に詰め込み、図書室を合鍵で閉じた。

 教会を出て街に差す夕日に身を照らす。
風の噂が囁いた。

「酒場の主人が殺されたとさ」

私は他人事のような顔をして、遠くの空で飛ぶ鷹を眺めていた。
 今日まであらゆる本を読んだけれど、ただ一つだけ読めない本がある。ネクロノミコンだ。今まで読んできた雑多な本に何か期待していたわけではないけれど、どの本もネクロノミコンの読破には全く助けにならなかった。
 独力では、ここが限界だと悟った。


「マレスに帰りたいの」夕飯の時、家族たちの前でそう切り出した。「自分の過去を、ちゃんと葬ってあげたいの」
 夫人とルークは不安がったが、ゴールドンは私の事を信用してくれた。そして、革袋に入った大量の金貨を旅費としてくれた。

「きっと帰ってくるね?」
「ええ、きっと」
ゴールドンはそれ以上、何も言わなかった。穏やかな家族団欒が再開され、私はひと時の安らぎを享受した。

 その日の夜、私は誰にもお別れを言わずにゴールドン家を後にした。きっとゴールドン達が思うよりも遅い帰りになるだろう。
外は肌寒く、満月だった。街頭に止まっているフクロウが、興味深そうに私を見下ろしている。人気は全くなく、暗い夜道は危なかった。松明が無ければ、一寸先も見えはしないだろう。
私は町はずれのうまやに馬車を止めてうたた寝している一人の御者を見つけ、金貨を三枚渡してこう言った。

「レイブンスケールまで」

御者は渋い顔で私を見た。

「お嬢ちゃん、吸血鬼の巣に一体何の用だ?」

私が無言で金貨をあと二枚握らせると、御者は少し悩んだ後、観念したように言った。

「麓までなら連れていってもいい。それ以上は無理だ」
「それで構わないわ」
「じゃあ乗れ。夜明けとともに出発しよう」
私はため息をついた。
「今すぐ出発して。できるだけ早く帰りたいの。家族が心配するから」

御者の乾いた笑いが暗がりに響く。
「レイブンスケールまで行って、帰ってくるつもりなのか?」
「なら私の最後のお願いってことにしてもいい」

 私はまっすぐ御者を見つめた。彼は長い間私と目を合わせるのを気まずく思ったらしく、手で私に乗るように合図した。

私が乗り込むと、御者が馬を叩き起こし、鞭で打って馬車を走らせた。
馬車というよりは荷台のようなもので、雨風を防げそうにはなかったけれど、西の空に見える巻雲けんうんを見るに、しばらく天気が崩れることはないだろう。
満月に照らされた東の夜空には、目的地のレイブンスケール山脈を臨めた。黒の魔女は、きっとあそこにいるのだろう。今は何をしているのだろうか、私と同じ月を眺めているだろうか。
 私は夜風が私の前髪を弄ぶのをそのままにし、離れていくアイゼンの街を眺めていた。
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