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第一話:二年前
紫炎
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状況が戻る。
グーズリーのにやけ面が視界いっぱいに広がっている。
私を使って悦楽を貪ろうと、目を爛々と輝かせている。ああ、醜い。
胸の奥に、殺意の炎が広がっていく。
死ねばいい。お前など、死ねばいいのだ。
私は、私の首を締め上げる奴の腕をおもむろにつかんだ。
そして炎を呼び出した。身体の奥底に留まっていたものが、大きな奔流となって流れ出てくるのがわかった。
例えば人がティーカップを持ち上げるときのように、鳥が空へはばたくときのように、ただ"そうしたい"と思うだけでよかった。
多くの人が、自分の腕を動かせる理由を説明できないのと同じように、私が炎を呼び出せる理由は説明できない。ただ、思う。グーズリーを燃やしたいと、思う。
そして、そのようになった。
私の手から紫色の炎が発生し、それはグーズリーの腕を焼き切った。
奴は突然の出来事に驚いて私を放したが、私の炎が奴を放すことはなかった。
肩から胸へ、上半身から下半身へ、そして全身へ。紫色の炎はグーズリーを包み込んだ。
「ああ!なんだ!?なんだよクソ!」
地下室にグーズリーの悲鳴が響き渡る。
いくらでも喚くがいい。助けはこない。この地下室は悲鳴を漏らさないのだから。
私は炎に焼かれる苦痛にもがくグーズリーを、ただ眺めていた。
美しい、そう思った。
グーズリーがではない。奴は醜い。でも、醜い悪を焼き尽くす紫色の炎は、私の怒りを体現したかのようで、それはあまりに危うく、悍ましく、そして美しかった。
しばらくすると、グーズリーはもがくのをやめた。
息をするのも、心臓を動かすのもやめたのだろう。奴はその人生の最期に、苦痛を以てその罪を洗ったのだ。
部屋の中央にグーズリーだったものがへばりついている。
赤黒い、人型の焦げた肉。
異臭が鼻を突く。死んだ後まで醜いなんて、この期に及んでは、憐憫さえ感じる。
私は自分の両の手のひらを眺めていた。魔法の力が宿っているのが、感覚で分かった。
自分の身体の奥底に未だ炎が燻っている。小さな火種だったけれど、それが自分の希望なのだと思うと、とても愛おしく思えた。
同時に、小さな罪の意識が、私の心に棘のように突き刺さった。人を殺した。それもまた事実なのだ。私自身が殺人者となってしまったことは、どうあっても言い逃れできない。
きっと私は、これからも殺すだろう。私の手のひらで揺らめく炎を見つめていると、なんとなくそんな気がした。
家に帰ると、ゴールドン達が私を心配していた。当然だ。一度家出未遂をした私がまた消えたのだから。
特にルークは心底慌てた様子で、昼に自分がした話のせいで、私がルークの過去に対する報復をグーズリーにしようとして、危険な目に遭っているに違いないと思い込んでいた。実際、それは的中していたのだけど。
「違うわ。街で遊んできただけ。本当よ」
何度そう言っても、彼らは簡単には信用してくれなかった。だから私は袖から三つの小さな人形を取り出した。街で遊んでいたというアリバイをつくるために、昼に市場で買ったものだ。それぞれの人形が、ゴールドン、エミリー、ルークによく似ていた。
「ね? これが証拠。本当に遊んできただけなの。グーズリーの所になんて行っていないし、帰ってくるのが遅くなったのは、道に迷ったからなのよ」
私がそう言うと、ようやくゴールドン達は胸を撫でおろした。エミリー夫人に至っては完全に脱力してしまい、床にへたり込んでしまった。
ようやく落ち着いたゴールドンが、諭すように私の肩に手を置いた。
「いいかいセリナ。家のお金を勝手に持ち出したりしてはいけないし、家を出るときは必ず誰かに知らせるんだ。ちゃんと事前に言ってくれれば、必要な分のお小遣いはちゃんと渡すから。いいかい、約束してくれるね」
彼の優しい瞳に見つめられると、自責の念が心に芽生えた。
「ええ、わかった。約束する」私はゴールドンの手を取ってそう言った。
「それで、そいつがセリナで間違いないのか?」
見知らぬ男の声が部屋に響く。家の奥を見ると、鎧を纏った一人の男が椅子に腰かけていた。鎧にあしらわれた布地に剣と馬の紋章が描かれている。
「衛兵・・・?」
なぜここに衛兵が? まさか殺人がばれた? だとすれば、一体どうして?
急激に緊張し、頭の中に嫌な憶測がグルグルと巡った。とっさに手の中に炎を握り、彼が私に襲い掛かってきたらすぐにでも応戦できるように準備をする。
でも、衛兵は襲ってくる様子を見せるどころか、気怠そうに欠伸(あくび)をしていた。
「な? 言ったろ。ただの家出だってな、うちの娘もよくやるよ。そんなことでいちいち呼び出すな、ゴールドン。こちとら毎日暴動を鎮めて碌に寝れてないんだぞ」
それを聞くと、合点がいった。この衛兵は私の殺人を暴きに来たのではなく、ゴールドンに私の捜索を頼まれてわざわざこんな夜中に家を訪ねてきたのだ。それがわかると、私はすぐに炎を収めた。
ゴールドンが腰を低くして衛兵にへつらう。
「ええ、ええ。申し訳ありません、衛兵さん。お騒がせしました」
まったく、と衛兵は愚痴りながら立ち上がり、私を横切った。だが、少し歩くと立ち止まり、振り返って私の顔を見た。
「ああ、そういえば。この本はお前のか?」
彼の手には、ネクロノミコンがあった。
それを見た瞬間、私は頭が真っ白になった。
「は、はい。そうです」何も考えられず、咄嗟にそう言って手を出すと、彼は私の手にネクロノミコンを置いた。ずっしりと重い。
「いい本だな。きっと貴重なものなんだろう」衛兵は鋭い犬歯を覗かせながら笑った。「大切にしろよ」
そして去り際に、殆ど聞こえないような小声でこう言った。
「契約を忘れるな」
私は胸を撃ち抜かれたような感覚をおぼえながら、ふらふらとゴールドン家を後にする衛兵を──悪魔を──見送った。
グーズリーのにやけ面が視界いっぱいに広がっている。
私を使って悦楽を貪ろうと、目を爛々と輝かせている。ああ、醜い。
胸の奥に、殺意の炎が広がっていく。
死ねばいい。お前など、死ねばいいのだ。
私は、私の首を締め上げる奴の腕をおもむろにつかんだ。
そして炎を呼び出した。身体の奥底に留まっていたものが、大きな奔流となって流れ出てくるのがわかった。
例えば人がティーカップを持ち上げるときのように、鳥が空へはばたくときのように、ただ"そうしたい"と思うだけでよかった。
多くの人が、自分の腕を動かせる理由を説明できないのと同じように、私が炎を呼び出せる理由は説明できない。ただ、思う。グーズリーを燃やしたいと、思う。
そして、そのようになった。
私の手から紫色の炎が発生し、それはグーズリーの腕を焼き切った。
奴は突然の出来事に驚いて私を放したが、私の炎が奴を放すことはなかった。
肩から胸へ、上半身から下半身へ、そして全身へ。紫色の炎はグーズリーを包み込んだ。
「ああ!なんだ!?なんだよクソ!」
地下室にグーズリーの悲鳴が響き渡る。
いくらでも喚くがいい。助けはこない。この地下室は悲鳴を漏らさないのだから。
私は炎に焼かれる苦痛にもがくグーズリーを、ただ眺めていた。
美しい、そう思った。
グーズリーがではない。奴は醜い。でも、醜い悪を焼き尽くす紫色の炎は、私の怒りを体現したかのようで、それはあまりに危うく、悍ましく、そして美しかった。
しばらくすると、グーズリーはもがくのをやめた。
息をするのも、心臓を動かすのもやめたのだろう。奴はその人生の最期に、苦痛を以てその罪を洗ったのだ。
部屋の中央にグーズリーだったものがへばりついている。
赤黒い、人型の焦げた肉。
異臭が鼻を突く。死んだ後まで醜いなんて、この期に及んでは、憐憫さえ感じる。
私は自分の両の手のひらを眺めていた。魔法の力が宿っているのが、感覚で分かった。
自分の身体の奥底に未だ炎が燻っている。小さな火種だったけれど、それが自分の希望なのだと思うと、とても愛おしく思えた。
同時に、小さな罪の意識が、私の心に棘のように突き刺さった。人を殺した。それもまた事実なのだ。私自身が殺人者となってしまったことは、どうあっても言い逃れできない。
きっと私は、これからも殺すだろう。私の手のひらで揺らめく炎を見つめていると、なんとなくそんな気がした。
家に帰ると、ゴールドン達が私を心配していた。当然だ。一度家出未遂をした私がまた消えたのだから。
特にルークは心底慌てた様子で、昼に自分がした話のせいで、私がルークの過去に対する報復をグーズリーにしようとして、危険な目に遭っているに違いないと思い込んでいた。実際、それは的中していたのだけど。
「違うわ。街で遊んできただけ。本当よ」
何度そう言っても、彼らは簡単には信用してくれなかった。だから私は袖から三つの小さな人形を取り出した。街で遊んでいたというアリバイをつくるために、昼に市場で買ったものだ。それぞれの人形が、ゴールドン、エミリー、ルークによく似ていた。
「ね? これが証拠。本当に遊んできただけなの。グーズリーの所になんて行っていないし、帰ってくるのが遅くなったのは、道に迷ったからなのよ」
私がそう言うと、ようやくゴールドン達は胸を撫でおろした。エミリー夫人に至っては完全に脱力してしまい、床にへたり込んでしまった。
ようやく落ち着いたゴールドンが、諭すように私の肩に手を置いた。
「いいかいセリナ。家のお金を勝手に持ち出したりしてはいけないし、家を出るときは必ず誰かに知らせるんだ。ちゃんと事前に言ってくれれば、必要な分のお小遣いはちゃんと渡すから。いいかい、約束してくれるね」
彼の優しい瞳に見つめられると、自責の念が心に芽生えた。
「ええ、わかった。約束する」私はゴールドンの手を取ってそう言った。
「それで、そいつがセリナで間違いないのか?」
見知らぬ男の声が部屋に響く。家の奥を見ると、鎧を纏った一人の男が椅子に腰かけていた。鎧にあしらわれた布地に剣と馬の紋章が描かれている。
「衛兵・・・?」
なぜここに衛兵が? まさか殺人がばれた? だとすれば、一体どうして?
急激に緊張し、頭の中に嫌な憶測がグルグルと巡った。とっさに手の中に炎を握り、彼が私に襲い掛かってきたらすぐにでも応戦できるように準備をする。
でも、衛兵は襲ってくる様子を見せるどころか、気怠そうに欠伸(あくび)をしていた。
「な? 言ったろ。ただの家出だってな、うちの娘もよくやるよ。そんなことでいちいち呼び出すな、ゴールドン。こちとら毎日暴動を鎮めて碌に寝れてないんだぞ」
それを聞くと、合点がいった。この衛兵は私の殺人を暴きに来たのではなく、ゴールドンに私の捜索を頼まれてわざわざこんな夜中に家を訪ねてきたのだ。それがわかると、私はすぐに炎を収めた。
ゴールドンが腰を低くして衛兵にへつらう。
「ええ、ええ。申し訳ありません、衛兵さん。お騒がせしました」
まったく、と衛兵は愚痴りながら立ち上がり、私を横切った。だが、少し歩くと立ち止まり、振り返って私の顔を見た。
「ああ、そういえば。この本はお前のか?」
彼の手には、ネクロノミコンがあった。
それを見た瞬間、私は頭が真っ白になった。
「は、はい。そうです」何も考えられず、咄嗟にそう言って手を出すと、彼は私の手にネクロノミコンを置いた。ずっしりと重い。
「いい本だな。きっと貴重なものなんだろう」衛兵は鋭い犬歯を覗かせながら笑った。「大切にしろよ」
そして去り際に、殆ど聞こえないような小声でこう言った。
「契約を忘れるな」
私は胸を撃ち抜かれたような感覚をおぼえながら、ふらふらとゴールドン家を後にする衛兵を──悪魔を──見送った。
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