Day of the Necromancy

キャスケットボーイ

文字の大きさ
13 / 16
第一話:二年前

取引

しおりを挟む
・・・何秒経ったか知れない。

目を開けると、状況は一変していた。
グーズリーの姿は跡形もなく消え、場所も、奴の地下室ではなかった。
私はとある部屋にいた。

 それは、マレスにあった私の部屋だった。
部屋は轟々と燃えていた。それなのに、不思議と熱を感じず、また、身の危険もないように思えた。妙な違和感を感じる空間だった。炎の揺らめき方があまりに規則的で、まるで短い数秒間を何度も繰り返しているようだった。

「フーム、こんなありきたりな悲劇じゃ、御伽噺おとぎばなしにもならない」

突然聞きなれない声が響いた。

「誰?」

周りを見渡したけれど、ただ燃える部屋だけがそこにはあった。

「おっと、俺を探すなよ? 見つかったら取引が台無しになる」
「どういうこと? 取引って?」

私は姿が見えない何者かに──虚空に──向かって話しかけ続けた。

「安心するといい。ここは安全だからな。だが、恒久的にってわけじゃない。一時的に安全なだけだ。お前の危機が過ぎ去ったわけじゃない。お前は未だ致命的な危機に瀕したままだ。"乙女の危機"ってやつだな」

声は、なんだか飄々としていて、人を小ばかにしたような口調だった。

「質問に答えて!」
苛立ちを隠さずに叫ぶと、声は一瞬止んだ。
けれど、すぐに調子を取り戻して響きだした。

「俺は悪魔だ」声は真剣な様子だった。

 悪魔。一瞬、拍子抜けするようなバカバカしい言葉に、まさか自分は現実逃避するあまり幻覚を見ているのではないかと疑った。
でも、例え幻覚だったとしても、すがらずにはいられなかった。

「悪魔が、一体何の用?」
「俺を忘れたか? 一度会ったことがあるぜ、ほんの最近な」
「ほんの最近・・・?」

悪魔と会ったことなど、あるはずはないけれど。

「"闇の中で待て"」
悪魔が呟く。

瞬間、私の脳裏にゴールドン古物館の屋根裏部屋での出来事が蘇った。
「まさか・・・あの時、あの場に居たの?」

もしかしたら、私はこの悪魔の姿を目撃しているのかもしれないと思った。無機質な獣の顔、鍵爪、巨大な羽、黒い体躯、それがあの魔法陣の中から這い出てきたのを、私は確かに見ていたのだ。

悪魔を名乗る声が、低い声で笑った。
「ああそうだ! お前が俺を救ったのさ! 長い間あの中で退屈な時間を過ごしていたが、それももう終わりだ。お前のおかげでなぁ」

あの時見たあの化け物と会話しているのだと思うと、身が凍るような思いがした。だが、怯えを悟られてはならない。相手は悪魔なのだ。人間の弱い心に入り込もうとする生き物なのだ。
「それで、なぜまた私に接触してきたの? あの時はワンワン吠えてどこかへ消えたくせに」私はわざと、わかりきったような口調で尋ねた。
「あの時は・・・なんというか、アガってたんだよ。なんせ一万年ぶりのシャバの空気だぜ? それに、お前たちの言葉だって少ししかわからなかったしな。だからある程度落ち着いてから、こうしてお礼をしに馳せ参じたのさ」

「お礼・・・?」
私は目を細めた。

「ああ! とってもいい取引を持ってきたのさ」
「取引?」
「そうだ! いや、違う! ただの取引じゃない!"とってもいい取引"だ」

私はうんざりしたように悪態をついた。
「悪魔っていうのはそうなの? 恩人に対して無償の恩返しができないわけ?」
「まさか悪魔が無償で人助けをすると思ってるのか?」

私は苛立った。声の主の人を小ばかにしたような口調もそうだけれど、先ほどからあまりに目まぐるしく変わる状況に思考が追いつかず、まるで世界にすら馬鹿にされているような感覚に襲われていたからだ。

「・・・生憎、取引に差し出せるものなんて持ってない。私は全部失ったの」

自分の口に出して言うと、あらためてそれを自覚させられる。

「いや、違うな。お前にはまだ残ってるぜ」
「馬鹿言わないでよ。故郷も家族も失って、一体私に何が残っているっていうの?」

声の主は少し間をおいて、笑いを含んだ声で囁いた。

「命だ」どこにいるのかもわからない悪魔の声が、一瞬耳元で響いたのを感じた。

「命・・・」無自覚の内に、私は奴の声を追っていた。

「そうだ。命だ。その代わり、俺が与えられるものならなんだってくれてやるさ! ・・・さぁ、なにを望む? もっとも、お前が何を望んでいるのか、俺には手に取るようにわかるがな!」
悪魔は興奮した様子だった。捲し立て、囃し立て、そして私の心を手中に収めようとしているのだ。

 悪魔と取引・・・。内心に呟いてみる。
なんだか、典型的な悲劇名詞のような響きだ。
私は、悪魔と取引して悲惨な最期を遂げた者達の名をいくつも知っている。彼らはなんて愚かなのだろう、と、私は何度思ったか知れない。悲劇を辿るのが目に見えているというのに、どうして悪魔などと取引したがるのか、到底理解できなかった。
でも、今はわかる。例え残酷な運命に殺されるとわかっていても、それでも手に入れたいものがある時、人は時として自分の愚かさを自覚しながらその愚行を犯すのだ。

ちからが欲しい・・・」

私が小さく呟くと、姿も見えない悪魔が顔をほころばせているのがわかった。

「そういうと思ったぜ・・・お前は理想的な取引相手だ」
「でも、命と力じゃ釣り合わないわ! いくら力があったって、死んでいたら何の意味もないじゃない。それに、忘れないでよね。私はあなたの恩人なんだってこと」
「ああ、わかってるよ。だから代案をくれてやろう」
「・・・代案?」

私は悪魔の言葉に注意深く耳を傾けた。当然だ。悪魔と取引するのなら、誰だって慎重になるに決まっている。悪魔というのは、往々にして人間を騙そうと画策しているものなのだ。

「そうさ、代案。お前に力を授けてやろう。魔法の力だ」
「魔法の力? 具体的にはどんなものなの?」
これは重要な確認だ。魔法の力などと言って、何の役にも立たないものであったら目も当てられない。

「それはわからない。お前次第だ。俺はお前の心の中にあるものをちからとして引き出すだけだ。つまり賭けだな。ああ!俺は賭けが大好きだ!そして、その力を使って、お前にはやってもらいたいことがある」

悪魔がそう言うのと同時に、私の頭上から目の前に、一冊の本が落ちてきた。
それは、あの日屋根裏部屋で見た、あの魔術書だった。

「これは・・・」
「この本はなネクロノミコンというんだ。お前みたいな小娘には勿体ない、強力な力だ」
「ネクロノミコン・・・」

本が躍るように私の前で揺れる。

「だがな、本は読めなきゃ何の意味もなさない」

悪魔は心底残念そうにつぶやいた。

「悪魔でも読めないっていうの?」
てっきり、悪魔は全てを知っているのだと思っていたが案外そうでもないらしい。悪魔にも、できることとできないことがあるのだ。

「ネクロノミコンはただの本じゃない。それ自体が力を持つ強力な魔道具だ。本の形をしてはいるが、本よりもずっと難解で複雑だ!」
悪魔が興奮した様子で解説する。はっきり言って、私にはこの本が奴が言うような強力なものには見えなかった。

「それで、どうすれば読めるの?」
「さぁな・・・たまには自分で考えたらどうだ?」

返答に窮するする私を無視し、悪魔が続ける。

「いいか、取引は簡単だ。俺がお前に魔法の力を与えてやる。魔法を使うには、お前は代価を払う必要がある。命だ。お前は魔法を使うたび、少しずつ命を削ることになるだろう。それを使って、ネクロノミコンを読め。・・・いや、読めるように努力しろ。すべて読み終えたら、その"知識"をいただきに戻る。そうしたら、"知識"と引き換えに命は返してやる」

「もし、先に命を使いきったら・・・?」
「・・・お前の魂をもらい受けるのさ」
心から楽しそうに悪魔が笑った。

「あなたに一方的に都合がよすぎるわ」
私は精一杯に凄みを効かせて呟いた。とは言え、奴がどこにいるのかもわからないので、とにかく燃え盛る炎を睨んだだけだった。

「いやいやお前、この取引の旨味がわからないのか? お前は今直面している"乙女の危機"を乗り越え、さらに魔法でお前の故郷を奪った奴らに復讐できる、俺はネクロノミコンが手に入るか、もしくは然るべき代償を得る! お互いにwin-winだろう? それとも、何にもなしに終わるのか? お前は無残に犯されて、残りの余生をずっと笑いものとして生きていくのか?」

「・・・わかってるわよ」
 私は悔しさで地団駄を踏みたい気持ちだった。最初から、私に選択肢などないのだ。
さっきの威圧だって、少しでも条件が良くなればいいと思ってやったのだ。はなから、この取引には応じるつもりだ。

「わかった。取引するわ」
「ああ、嬉しいよ。お前ならそうすると思ったぜ」
「・・・裏切らないでよ」

直後にその言葉が蛇足だと気が付くと、私はすぐにそれを飲み込みたいと願った。
悪魔が嘲笑あざわらう。

「ハハ!悪魔にはちと難しいかもしれねえな」

 直後に来た激痛に、私は息を呑んだ。胸元と右腕に刺されるような激しい痛みを伴い、思わず悲鳴を漏らす。
意味が分からないまま苦痛に耐える。しばらくすると、急激に痛みは薄れていった。ただ、ひりひりとした感覚だけは後を引いている。

「どういうつもり!?」
私が部屋に向かって叫ぶと、悪魔は諭すような口調で応えた。

「落ち着けよ。契約紋を刻ませてもらった。取引の証明だ」

すぐに胸元を見る。鎖骨から胸にかけて、奇怪な魔法陣がしっかりと刻まれていた。

「あんまり人前には見せない方がいいぜ? 特に聖職者と魔術師にはな」
「・・・わかった」

落ち着いた風で答えはしたけれど、実際の気分は重苦しく、息をするのもやっとだった。
この魔法陣が、自分を縛る鎖のように感じられたのだ。取り返しのつかない事をした。この魔法陣がそれを伝えている。

右手の甲に目を移すと、そこに奇麗な紫色の宝石が埋め込まれていた。

「これは・・・?」

「それはお前の"命の指標"さ。今は透き通っているが、お前が魔法を使いすぎると黒くなっていく。完全に黒くなったら、お前は・・・」
最後まで言いきらず、悪魔は含み笑いをした。「まあ、精々がんばれよ。ずっと見てるからな」

直後、部屋を包む炎が美しい紫色に変わり、一斉に勢いを増して部屋を瓦解させた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...