Day of the Necromancy

キャスケットボーイ

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第一話:二年前

鈍い殺意

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「あなたが五年間かけて掘ったのは、自分の墓場よ」

醜いグーズリーに言い放つ。
薄暗い室内の中で、彼の表情はよく見えない。でも、口元で笑みをつくっているのは辛うじて分かった。

「いいセリフだな、お嬢さん。正義のヒロイン気取りかい?」
「ふざけないで」
私が憎悪を込めて睨んでも、彼はその態度を変えない。
まるで怖がっていないのは、その余裕の態度から歴然だった。

「ふざけているのはどっちだ?」
グーズリーはゆっくりと私の方に歩み寄ってきた。

「あなたは生きていちゃいけない。ルークの為にも、それ以外の善良な人々の為にも」
「だから殺してもいいっていうのか? お嬢さん、自分がなにか狂っていると思ったことはないかい?」

沈黙のベールが部屋を包む。地下室の暗がりに熱がこもって、蒸し暑い。粘り気のある汗が、頬を伝った・・・。

「実際、ここ最近の私は、ずっと狂いっぱなしなのよ」

足に力を入れて駆けだす。
奴の心臓めがけて、真っ直ぐ。

グチャ・・・という少しの水音と共に、包丁がグーズリーの胸部に深く入り込んだ。

でも、それだけだった。
直後、グーズリーがニタリと笑うのが見えて、その次に激しい破裂音が続いた。視界が回転し、身体が投げ出される。
気が付けば、私は奴に背を向けて床に倒れこんでいた。
頬がヒリヒリと痛む。平手打ちを受けたのだ。強い耳鳴りが頭の中で鳴り響き、数舜の間、私から思考を奪った。

「おお、痛えな」
グーズリーの声を聞き、我に返る。
振り向くと、奴が自分の身体から包丁を引き抜いたところだった。

「そんな・・・」
馬鹿な! 胸に包丁が刺さって、まだ生きているなんて。
疑問を口に出すまでもなく、奴は独り言のように応えた。

「人を殺すなら・・・もっと勉強するべきだったな。素人は間違えがちなんだが、ナイフで人を刺すときは刃を上向きにしなくちゃいけない。そうでなくちゃ、刃はあばらに阻まれて、心臓に到達しない・・・」

明確な殺意を向けられたというのに、奴は全く動揺をきたしていない。まるで日常の一場面のように振舞っている。

「どうして・・・」

「・・・俺はな、昔兵士でね」
 唐突にグーズリーが、そうきり出した。

「アイゼンの兵士だったんだ。元々は農民だったんだが、領主に徴収されてね。わけも分からないまま行進させられ、戦場に放り出されたよ。いや、ひどいところなんだ、戦場っていうのは」

しみじみと話すグーズリーの顔から、この時ようやく笑みが消えた。

「人が殺されて、殺して、物が奪われて、奪って・・・あんなところに居たら、とても正気でいられない。混沌よりもひどい場所さ」
「だから、同情しろっていうの?」
「いや、違う。久しぶりに殺意を向けられたから、なんだか懐かしくなっちまったのさ。実はね、俺が初めて女を知ったのも、戦場でなんだよ。街で略奪しているとき、仲間の兵士が女を捕まえたって聞いてね・・・その時はそれはそれは喜んだよ。で、やっちまったんだ。・・・追いつめられると人間、どうかしちまうのさ。それ以来、どうにもクセになっちまってね──」

 グーズリーは胸から流れる血をそのままに、一歩、私に距離を詰めた。
「──お嬢さんみたいなのを見ると、どうにも滾ってしまうんだよ」

 私は必死に立ち上がろうとしたけれど、腰が抜けてだめだった。
なんとか後ずさり、グーズリーから逃げ出そうとする。でもひんやりとした石の壁がすぐに終わりを告げた。

最悪の結末が脳裏によぎり、心臓を冷たい手で直接わしづかみにされたような恐怖が全身を打ちのめした。

なんだっていい。誰だっていい。ここから助けてほしい。嫌だ。ここで奴に弄ばれるなんて、絶対に嫌だ。
殺されるならまだいい。どうせ一度失った命だ。もう生きている意味さえわからないのだから。でも、生きたまま犯されるなんて、そんな恥辱には、とても耐えられない。

「近づかないで! それ以上近づいたら、本当に殺すわ!」
「本気で殺したいのはもうわかってるさ。なら、こっちだって本気さ」

グーズリーが邪悪な笑みを湛え、大股でこちらへ寄ってくる。
私は乱れる息を制御できないまま、この場から逃れる方法を探した。でも、出口は一つしかなく、しかもそれはグーズリーの背後にある。
緊張で意識が遠のくような気さえした。急激に視界が狭くなり、胸が締め付けられる。

私は刹那に走り出した。グーズリーの脇を抜けようとしたのだ。
でも、ダメだった。瞬時に奴の岩みたいな腕が伸びてきて、私の服の えりを掴み、私は悪戯がばれた猫みたいに持ち上げられてしまった。

「おっと、惜しかったな」グーズリーが一層愉快そうに笑う。
私が必死に抵抗する様を奴が楽しんでいるのだと思うと、本当に悔しくて、危うく涙を流してしまうところだった。でも、それさえも奴の享楽の一部になると知っている私は、その涙を噛み殺した。

 グーズリーは容赦なく私の首を締め上げた。
私は宙ぶらりんのまま必死にもがいた。奴の腹を蹴ったり、奴の手に思い切り爪を突き立ててみたりした。でも、奴には全く効いていない。
その内、奴の手がするりと私の服の中に入り込み、肌着の上から私の身体の感触を愉しみ始めた。

「おいおい、細すぎやしないか? ちゃんと食えてるのかよ」

ああ! 情けまでかけられるなんて! どれだけ私に屈辱を与えれば気が済むだろう。

気持ち悪い手つきで私の身体を散々撫でまわした後、奴は私の服をずらし、胸元を大きく剥き出しにした。

死ね!お前なんて混沌に落ちて、その魂を悪魔に食われるがいい! ・・・そう叫んだつもりだった。でも、想いは言葉にならず、締め上げられた首で滞り、ただ咽ぶだけだった。

奴の気持ち悪い笑みが近づいてくる。酒気を帯びたひどい口臭が私の首筋を湿らせた。

最早、全てを諦めるほかなかった。これは、自分の犯した失敗のツケなのだと思った。私はなんて馬鹿な娘だろう自らクモの巣に飛び込んだ、馬鹿な虫けらだ。

殺意が炎のように沸き上がったが、それが形になることはなかった。もしそうならば、どれだけいいだろう。
固く目を瞑り、覚悟する。

 ──今日、私は穢される。
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