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恋愛編② ウェントブルック領
セシル、帰還する!
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ガタンゴトンと馬車に揺られている俺。腹の肉の揺れが減ったような気がする今日この頃、馬車の中はお通夜みたいな重い空気が漂っています。
それは……リヒトがめちゃ落ち込んで元気がないから! その原因が俺だから! 昨夜の話し合いで今生では俺たちは結ばれないよって断言しちゃったから!
チーン……。
「リヒト。リヒト、そんなに落ち込むなよ。元々、この状態でどうこうなるモンじゃないだろう?」
そう、前世では多様性という言葉が蔓延しつつあり、同性カップルも堂々とお付き合いができつつある時代ではあった。それでも、家族や友人にカミングアウトするのは難しかっただろうけど。
「ガルッ!」
「いや、そんな決意を込めた眼差しを向けられてもダメでしょう? 俺はいちおー人間、君は狼。それも神獣と詐称している魔獣の仔狼でしょうが?」
さすがに、性別の壁を超える覚悟ができても、種別の壁を超えるのは無理だわーっ。狼とどうこうは中身が理人でも無理だよ。倫理観は失っていないからね? 姉貴と妹から「デリカシーがない」とは散々言われたけどさ。
百歩譲って俺が白豚だとしても、白豚と狼って捕食の関係でしょ? え? 食べるのは間違いじゃないって?
「キャウン!」
「そんなお下品なことを宣う仔に育てた覚えはありません!」
育ててないけど……。理人はそんな下ネタを口にする奴じゃなかったのに。こいつ、本当に理人かな? ま、俺を怒らせたと思ってへにょんと情けない顔をして遠慮がちにすり寄ってくる仕草は理人だな。うんうん、理人だわ。
こうして、ウェントブルック辺境伯領から転移の魔道具で王都に戻り、馬車に揺られてオールポート領へと帰ってきた。今回もいろいろと大変だったけど、問題はまだ終わりじゃない。そう……重大な問題が残されている。
そ、それは……シャーロットちゃんの婚約問題だあああぁぁぁぁぁっ!
ウェントブルック辺境伯領の森に放たれた馬の問題なんかどうでもいい。それは、辺境伯であるルイス殿に一任することで、ぶっちゃけオールポート伯爵の俺には関係ない。内乱になった場合は金目のものを持ってみんなで逃げよう!
ん? なんか……他にも問題があったような? なんだっけ? ぅんん? う……ん、ダメだ、眠たい。明日の朝、起きたら思いだそう。どうせたいしたことではないさ。そうそう、ラスキン博士とエディの親子喧嘩が面倒つーレベルの問題だ……と思……う。むにゃ。
王都のど真ん中にある薄暗いバー。王都の裏通り、飲み屋街にあるそのバーは、うだつの上がらない中年冒険者と化粧の濃い年嵩の女がいきつけにする下級層相手の酒場だ。表向きは。
「おいおい。頼んでおいたことぐらいこなしてくれないと困るぜ、おっさん」
バンバンと筋肉で盛り上がった腕を無造作に叩く男は、口の端に煙草を咥え酒で濁った眼を細めて、相手を言葉で甚振っていた。甚振る男の内心では……こいつは自分よりは上等な人間で強い男だ。それが、弱味を握られて小悪党な自分にさえも頭を垂れずにいられない。なんて、気持ちがいいんだと、上機嫌でついつい酒を呷るペースが早くなる。
「……馬のことは知らん。それに、魔獣のスタンピードが予想される森の中で、単独行動はできん」
椅子に座って、テーブルのシミをじっと見つめて黙っていた男が、コバエを払うように、肩に置かれた男の手を払った。下に見ていた男からの反撃に、小悪党はいきり立ち、男の髪を掴み思いっきりテーブルへ打ち付けようとする。
「この野郎!」
ピタリ。
男の頭はテーブルの数ミリ上でピタリと止まり、小悪党がどんなに力を込めてもビクともしなかった。男は座ったまま、手も動かしていない。それなのに、小悪党の渾身の力で頭を押さえつけても、ちっとも動くことがなかった。
「……終わりか?」
ギロリと視線だけで射抜かれて、小悪党は慌てて頭から手を離し後退る。ガタンと他の椅子に足を取られて無様に転んでも、その男の恐ろしい眼から視線を逸らすことができない。本能的な恐怖に体が震えだした。
「……お、お前。いい、いいのか、俺に何かしたら……あの方がお前の……お前の……」
弱味は握っている。俺の雇用主は強大だ。そう言い聞かしても声は震え、怯えた足では立ち上がることもできなかった。ゆるりと男が椅子から立ち上がる。小悪党を見下ろして仄暗い笑顔を見せる。
「ひいっ」
バッと咄嗟に両腕で頭を庇うが、男から暴力を受けることはなかった。
「ふんっ。お前はただの繋ぎで情報屋だ。勘違いするな。……それと、二度と俺の弱味について口を開くなよ」
ぐっと男は小悪党に顔を近づけて、甘く囁く。
「そのときは、殺したくなってしまうから」
「ひいいいぃぃぃっ」
体を縮こませて悲鳴を上げる小悪党を無視して、バーの隠し部屋から出ていく。夜が更けた店には、これからが楽しい時間とばかりに、表では生きにくい奴らが集まって安酒を飲んでいた。
いつもなら、騎士団の部下や昔馴染みと一緒に自分も安酒を腹に入れバカ騒ぎをするのだが、それはこの男には許されない幸福な時間だった。
そう……男はこれから、たった一人を守るために大切に育てた部下を、命を懸け合った友を、信じた主人を裏切ろうとしていた。
「……セシル様。申し訳ありません」
小さな謝罪の言葉は相手に届くことなく、ゴロツキたちの喧騒に消されてしまった。
それは……リヒトがめちゃ落ち込んで元気がないから! その原因が俺だから! 昨夜の話し合いで今生では俺たちは結ばれないよって断言しちゃったから!
チーン……。
「リヒト。リヒト、そんなに落ち込むなよ。元々、この状態でどうこうなるモンじゃないだろう?」
そう、前世では多様性という言葉が蔓延しつつあり、同性カップルも堂々とお付き合いができつつある時代ではあった。それでも、家族や友人にカミングアウトするのは難しかっただろうけど。
「ガルッ!」
「いや、そんな決意を込めた眼差しを向けられてもダメでしょう? 俺はいちおー人間、君は狼。それも神獣と詐称している魔獣の仔狼でしょうが?」
さすがに、性別の壁を超える覚悟ができても、種別の壁を超えるのは無理だわーっ。狼とどうこうは中身が理人でも無理だよ。倫理観は失っていないからね? 姉貴と妹から「デリカシーがない」とは散々言われたけどさ。
百歩譲って俺が白豚だとしても、白豚と狼って捕食の関係でしょ? え? 食べるのは間違いじゃないって?
「キャウン!」
「そんなお下品なことを宣う仔に育てた覚えはありません!」
育ててないけど……。理人はそんな下ネタを口にする奴じゃなかったのに。こいつ、本当に理人かな? ま、俺を怒らせたと思ってへにょんと情けない顔をして遠慮がちにすり寄ってくる仕草は理人だな。うんうん、理人だわ。
こうして、ウェントブルック辺境伯領から転移の魔道具で王都に戻り、馬車に揺られてオールポート領へと帰ってきた。今回もいろいろと大変だったけど、問題はまだ終わりじゃない。そう……重大な問題が残されている。
そ、それは……シャーロットちゃんの婚約問題だあああぁぁぁぁぁっ!
ウェントブルック辺境伯領の森に放たれた馬の問題なんかどうでもいい。それは、辺境伯であるルイス殿に一任することで、ぶっちゃけオールポート伯爵の俺には関係ない。内乱になった場合は金目のものを持ってみんなで逃げよう!
ん? なんか……他にも問題があったような? なんだっけ? ぅんん? う……ん、ダメだ、眠たい。明日の朝、起きたら思いだそう。どうせたいしたことではないさ。そうそう、ラスキン博士とエディの親子喧嘩が面倒つーレベルの問題だ……と思……う。むにゃ。
王都のど真ん中にある薄暗いバー。王都の裏通り、飲み屋街にあるそのバーは、うだつの上がらない中年冒険者と化粧の濃い年嵩の女がいきつけにする下級層相手の酒場だ。表向きは。
「おいおい。頼んでおいたことぐらいこなしてくれないと困るぜ、おっさん」
バンバンと筋肉で盛り上がった腕を無造作に叩く男は、口の端に煙草を咥え酒で濁った眼を細めて、相手を言葉で甚振っていた。甚振る男の内心では……こいつは自分よりは上等な人間で強い男だ。それが、弱味を握られて小悪党な自分にさえも頭を垂れずにいられない。なんて、気持ちがいいんだと、上機嫌でついつい酒を呷るペースが早くなる。
「……馬のことは知らん。それに、魔獣のスタンピードが予想される森の中で、単独行動はできん」
椅子に座って、テーブルのシミをじっと見つめて黙っていた男が、コバエを払うように、肩に置かれた男の手を払った。下に見ていた男からの反撃に、小悪党はいきり立ち、男の髪を掴み思いっきりテーブルへ打ち付けようとする。
「この野郎!」
ピタリ。
男の頭はテーブルの数ミリ上でピタリと止まり、小悪党がどんなに力を込めてもビクともしなかった。男は座ったまま、手も動かしていない。それなのに、小悪党の渾身の力で頭を押さえつけても、ちっとも動くことがなかった。
「……終わりか?」
ギロリと視線だけで射抜かれて、小悪党は慌てて頭から手を離し後退る。ガタンと他の椅子に足を取られて無様に転んでも、その男の恐ろしい眼から視線を逸らすことができない。本能的な恐怖に体が震えだした。
「……お、お前。いい、いいのか、俺に何かしたら……あの方がお前の……お前の……」
弱味は握っている。俺の雇用主は強大だ。そう言い聞かしても声は震え、怯えた足では立ち上がることもできなかった。ゆるりと男が椅子から立ち上がる。小悪党を見下ろして仄暗い笑顔を見せる。
「ひいっ」
バッと咄嗟に両腕で頭を庇うが、男から暴力を受けることはなかった。
「ふんっ。お前はただの繋ぎで情報屋だ。勘違いするな。……それと、二度と俺の弱味について口を開くなよ」
ぐっと男は小悪党に顔を近づけて、甘く囁く。
「そのときは、殺したくなってしまうから」
「ひいいいぃぃぃっ」
体を縮こませて悲鳴を上げる小悪党を無視して、バーの隠し部屋から出ていく。夜が更けた店には、これからが楽しい時間とばかりに、表では生きにくい奴らが集まって安酒を飲んでいた。
いつもなら、騎士団の部下や昔馴染みと一緒に自分も安酒を腹に入れバカ騒ぎをするのだが、それはこの男には許されない幸福な時間だった。
そう……男はこれから、たった一人を守るために大切に育てた部下を、命を懸け合った友を、信じた主人を裏切ろうとしていた。
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