恋焦がれ

さら

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序章

隣の席の女の子

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 ロングホームルームが終わった。僕のクラスメイトは早々に帰宅を始めていたり、クラスメイトと会話をしていたり、各々放課後の時間を過ごしている。

 そんな中僕は、配られた教科書を整理していた。決してバレる事がないよう、ちらちらと見計らって隣の女の子を眺めながら。

「ねえ」
「……」

 声をかけられた。もちろん、隣の席の女の子からだ。見てた事、バレてしまったのだろうか。

「私のこと見てるよね」
「……うん」

 見事にバレていた。本の世界にのめり込んでいるように見えて、実はそうでもないのかもしれない。

「なんで?」
「……綺麗だなって、思ったから」

 言って後悔した。会ったばかりの人間に、急にこんなことを言われて。気持ち悪いだろうし、嫌われてしまっただろう。

「……ふふっ」
「……なんで笑ったの」

 少し唇を尖らしてしまう。頭の中とはいえこんなに僕が慌てているところで笑われたので、何を悠長にと思ってしまった。

「だと思った」

 少し首を傾けて、その動きに応じて髪が揺らぐ。

 鈴を転がしたかのような彼女の声は、僕の鼓膜をさらりと撫でて離れない。それが、心地よくて仕方がない。

 ……やっぱり、好きだ。

「さっき私を見てたのも、そういう理由?」
「それもあるけど、先生が話している時に本を読んでいたから」
「ああ、止まらなくなっちゃって」

 いけないことね、と彼女は笑い、手に持った本を撫でる。

「ねえ、何読んでるの?」
「桜の園。知ってる?」
「……知らない」
「チェーホフっていう作家が書いてるの。ロシア貴族の没落物語。太宰治の斜陽は知ってる?」
「ああ、それなら。読んだことはないけど」
「その斜陽は、この桜の園に影響されて書いた作品なの」
「……へえ、面白い?」
「勿論。でも、今日これを読んでいるのはもっと別の理由」
「桜?」
「そう。題名に桜が入ってるから、今日にぴったりだって思ったの」
「確かに、そうだね」

 今日は桜が綺麗だ。

 満開を過ぎ、少しずつ散っていってしまっているけれど、その散りざまも美しい。

「私、桜の散り際が好きなの。綺麗なものが散っていっているところが」
「……ふうん。僕は満開の桜が好きだな」
「なんで?」
「桜にとって一番美しい時だって思うから」
「単純ね」

 ふふっ。

 彼女の口角が上がるたび、僕は心拍がより上がる。

 今心拍数を測ったらきっとすごいことになっているだろう。

「あなたの名前、なんていうの?」
「シミズハルキ。清水寺の清水に、春と樹木の樹で清水春樹」
「へえ、今日にぴったりの名前ね」
「君の名は?」
「……ふふっ」
「どうしたの?」
「映画のタイトルみたいって思って」
「もう、茶化さないでよ」
「ごめんなさい。私の名前はキクタツムギ。お花の菊に田んぼの田、紬糸の紬で、菊田紬よ。これから一年間、よろしくね」

 彼女に似合った、聡明で品がある名前だ。

「こちらこそよろしく、菊田さん」
「ええ、清水くん」

 手を差し出される。

 握手をするってこと?

 僕は少し驚いたが、今ここで手を出さないのも変に思われるだろうし、意を決して手を差し出した。

 僕の手を握ってくると思われた菊田さんの手は、少し丸くなり、人差し指を親指で押さえて、僕の手のひらに衝撃を与えた。

 デコピンだ。

「やっぱり単純ね」

 またね。

 そう言い残して、呆気に取られた僕を残し彼女は本を片手に教室から出ていった。
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