星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第一章 終わりのはじまり

1 それが運命の出会い

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 イシミネ・レンは、平凡な高校生活を送る、どこにでもいる普通の高校生──のはずだった。

 五月の風が校舎の隙間からそっと吹き込み、木々の葉がざわめく。
 放課後の校舎は生徒たちの声がほとんど消え、静寂が支配している。
 レンは歴史のレポート課題を片手に、校内を一人歩いていた。テーマは「学内の旧施設の歴史調査」。フィールドワーク形式で、自由に探索してよいという。

(面白そうだ。誰も行かないような場所を見てみようかな)

 軽い好奇心だった。けれど、思っていたよりも校内の空気は静かで、どこか違っていた。

 古びた渡り廊下の錆びた手すりに触れ、ガラス窓の向こうに夕日が染み込むように差し込む。
 そして、鼻腔をかすめるのは、焦げついた古木の匂いと錆びた鉄の冷たさ、それに湿った土の微かな湿気。どれも、この世界に属さない不思議な匂いだった。

 無意識に足が向き、レンは古びた木製の扉の前に立つ。

 指先にほんのりとした熱を感じた。

 ──ギィィ……

 軋む音を立て、扉がゆっくりと開かれる。

 そこに広がっていたのは、まるで現実から切り離された異世界のような光景だった。

 高くそびえる天井、古代建築を思わせる石造りの床。周囲の壁には淡く青白く光る奇妙な紋様が刻まれている。空気が震え、肌を撫でる風までが異質に感じられた。

「……ここは……?」

 夢の中に迷い込んだような錯覚にとらわれたその瞬間、空気を切り裂くような鋭い風が視界を横切った。

「……はッ!」

 制服姿の少女が、目の前で“何か”と対峙していた。

 ヒウラ・カナメは風を自在に操り、数体の異形の魔獣を相手に戦っている。
 細い脚が蹴り上げるたび、空気が鋭利な刃となってうねり、魔獣たちを切り裂くように吹き抜けていく。制服姿の少女の戦う姿は、異様なほどの違和感と美しさを放っていた。

(あの子……同じクラスのヒウラさんだよな?)

 普段は物静かな同級生だが、今この場で見せる凛とした姿に、レンは釘付けになった。

 魔獣──それは生物とは思えぬ異形の存在だった。
 土のような皮膚、裂けた口、空虚で冷たい瞳。レンはその不気味さに背筋が凍る。

「なに……あれ……」

 小さな声が思わず漏れたのか、魔獣の一体が目を見開き、じっとレンを見つめ返す。

 空気が一変し、凍りついたような緊張が走る。

「ッ……こっちに来る!」

 レンは慌てて一歩後ずさるが、魔獣はすでに跳躍して襲いかかってきた。

「──うわっ!」

 足がもつれ、背中から転倒するレン。
 魔獣の鋭い爪が宙を裂いて振り下ろされた。

 ――目を閉じたその瞬間。

 世界が静寂に包まれ、時間が止まったかのように感じた。

 音も色も消え、まるで空気が澄み渡る。

 その静けさの中、規則正しい足音が響く。

 黒いローブを纏った長身の男が、ゆっくりと歩み寄ってきた。
 青黒い髪、冷たい気配が漂い、その姿は異質なほど厳かな雰囲気を放っている。

 レンは心のどこかがざわつき、胸の奥に見覚えのある既視感を覚えた。

(……誰だろう?)

 声を出そうとしても、喉が乾いて言葉が出ない。

 男は静かに手を掲げ、一度だけ風を払うように動かした。

 ──ドウッ

 音もなく、魔獣は霧散し、虚空へと黒い靄が吸い込まれていく。

 レンはただ、呆然とその光景を見つめていた。

 男の背中はどこか遠く、重く大きなものを背負っているように見えた。

(……あの人は誰なんだろう)

 その瞳に揺らぐ僅かな哀しみを、レンはまだ知らない。

 やがて、男はゆっくりとレンに視線を向け、低く呟いた。

「……生徒か?」

 その声に、レンははっと我に返った。

 そこへ駆け寄ってきたカナメが頭を下げる。

「……申し訳ありません、教授。彼が魔素反応を起こすとは思いませんでした。てっきりナシリだと……」

 レンはまだ茫然としたまま、その黒いローブの男を見上げる。

 その表情に、どこか言いようのない哀しみが漂っているのを、レンは知らない。

 ──これが、終わりのはじまりだった。
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