星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第一章 終わりのはじまり

3 裏庭と焼きそばパン

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 教室は生徒たちの感想で溢れかえっていた。暖かな陽気に眠りを誘うような光が窓から差し込む中、教卓の前に立つ男の声がぼそぼそと響く。

「……えー……、出席を取ります。イシミネ・レン」

「はーい」

 かったるそうに点呼をとるのは、地味な担任のスメラギ。よれよれのシャツ、ボサボサの髪、感情のない声。

「なあ、聞いた? スメラギってさ、コンビニでプリン盗られても何も言わなかったんだって」

「え、先生って小動物なの? それとも影?」

 生徒たちのからかいが飛び交っても、彼は微動だにしない。

「……では、古代戦争期における列島南端部の統治機構について。教科書、六十六ページを開いてください」

 誰にも目を合わせることなく、淡々と授業を進める。声に抑揚はなく、語り口もまるで録音されたもののようだ。

 隣の席でカベがレンにこっそり囁く。

「おい、レン。あいつな、雨の日にチャリ通してんだってよ」

「……先生、車持ってないの?」

「たぶん。でさ、こないだチェーン外れて、コンビニで工具借りたらしいんだけど、ボサボサで水もしたたる不審者だったせいで、店員に“裏口に回ってください”って言われたって」

「……なにそれ、かわいそうっていうか……地味すぎない?」

 そう返しつつも、レンの頭には昨日の“彼”の姿がよぎる。闇の中で剣を振るい、封じられた力をその身に抱えていた――まるで別人のような、あの男の姿。

 チャイムが鳴る。

「……以上です。プリント、忘れずに持ち帰っておくように」

 スメラギはファイルを整え、机を離れる。無言のまま教室を出ようとしたそのとき――レンだけが、彼のささやかな仕草に気づいた。

 左手の袖口に触れ、カフスボタンを丁寧に直している。

 鈍く光る銀色。教室の照明にさりげなく反射するそれは、さして目立たない。けれど――どこか、異様なほどに慎重で、執着めいた指先。

 その仕草だけが、妙に繊細で――どこか、儀式のようにも見えた。

(……なんで、そんな細かいとこ気にすんだろ?)

 レンは目でその背中を追いながら、ぽつりと呟いた。冴えない教師と、昨日のあの男。胸の奥がわずかにざわついた。

 ⸻

 息をつくまもなく目まぐるしく勉学に励む子どもたちにとって、昼休みとは貴重なリフレッシュタイムだ。

「うまっ!」

 焼きそばパンをほおばりながらレンはご満悦だった。今日は購買の争奪戦を制し、見事に戦利品を手に入れたのだ。

「おー? お前が購買とか珍し~」

 隣のカベが目を丸くする。

「いや、たまには食べたくなるの! いつも弁当って決まってるわけじゃないし」

「へえ。料理男子レンくんが焼きそばパンとは。明日は雪か?」

(……昨日の余韻で、ぼーっとしてて弁当作り忘れたなんて言えない)

 レンは笑ってごまかしながら、パンをもうひと口かじった。

 そのとき――ふっと、風が吹き抜けた。ほんのりと冷たい風に乗って、どこか爽やかな香りが漂ってくる。

「イシミネ・レン」

 名前を呼ばれて顔を上げると、教室の入り口に立っていたのはヒウラ・カナメだった。制服のスカートが風に揺れ、冷たい光のような瞳がじっとこちらを見つめている。

「……昼食を食べ終わったら、裏庭に来てくれる? 少し話があるの」

 それだけ言うと、カナメはくるりと背を向けて、すっと去っていった。

「……なぁ、今のって……っうおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 突然爆発するように叫ぶカベ。

「これは来た……これは間違いねぇ……っ! ついに昼行燈のイシミネ氏にも春が来たァァァァ!!」

「はあああ!?!?」

 レンはパチクリと目を瞬かせる。

「告白だろ!? 今の! 不思議系清楚美少女が教室まで直々に男子を呼び出すとか、他に理由ある!? 何かの儀式!? いや違う、これはもう完全に――愛!!」

「待て落ち着け!! 告白とか絶対ないから!! きっとなんか、掃除の当番代わってーとか、そんなんだって!」

「ちっちっち、イシミネ氏……。恋はいつだって、唐突に始まるものなのだよ……深く、静かに……な?」

「なにその言い方!? ってかさりげなく俺、なんの取り柄もない男子扱いすんな!」

 騒ぐカベに振り回されながらも、レンの心臓はどこか落ち着かなかった。昨日、戦場の中で自分の手を握っていたカナメの顔が、なぜか脳裏から離れない。

(……なに話されるんだろ)

 焼きそばパンの味。せっかくの戦利品は、先ほどよりもぼんやりしたものになっていた。
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