星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第二章 火を見るよりあきらか

16 ようこそ転校生

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 一週間後――

 魔術要塞都市、イシュ・アルマ。

 その中心――世界の理が収束する《心臓部》に当たる学術機関の正門前で、イシミネ・レンは大きく口を開けたまま、しばらく動けずにいた。

「……でっっっか!!!」

 彼の目の前に広がっていたのは、ただの学校と呼ぶにはあまりに荘厳で、異様な光景だった。

 天を突く尖塔群は結界のごとく都市の空を突き刺し、浮遊する円環式の講義棟が幾重にも連なって空中に軌跡を描く。大気に溶け込む魔素の奔流はゆるやかに旋回し、光を反射して淡く輝いていた。そこかしこに掲げられた魔術旗が風にはためき、緻密な紋章と色彩が、ここが“ただの学び舎”ではなく、世界の叡智が集う神殿であることを雄弁に物語っている。

 中央正門は漆黒の魔鋼で造られ、表面には古代語で記された防壁結界が幾重にも刻まれている。踏み入れる者の魔素を識別するための検査陣が静かに稼働しており、そこを通る学生たちは皆、どこか誇り高く、凛とした面持ちだった。

 レンはあっけに取られたまま、ぽつりと呟く。

「……入っていいのか、これ……俺、間違って異世界の王城とか来ちゃってない?」

 その呟きに、隣から乾いたため息が返ってくる。

「……間違ってない。ていうか、遅い!!!」

 苛立ち混じりの声でそう言ったのは、生徒用クロークコートを羽織ったヒウラ・カナメだった。整ったブルネットに差し込まれたすみれ色のメッシュが、朝の光を受けてほのかに輝いている。片手には学内マップ、もう片手には折りたたんだ講義資料。少し拗ねたような、待ちくたびれた顔をしていた。

「えっ、ヒウラ!? なんで……?!」

「講義、すっぽかしてきたの。今日はアンタの案内って決めてたから」

「えっ……でも、それって……いいの?」

「……“いいの?”っていうか、断れなかったの!!」

 顔を背けながら、カナメは不機嫌そうにぼそりと呟いた。

(……スメラギ先生に“頼む”って言われて断れる人間がどこにいるってのよ……。しかも冗談半分で強請ったご褒美が、“ロドキン・ジェリーのパンケーキ”だったはずなのに……まさか半年待ちのアフタヌーンティーに変わってるなんて聞いてない……っ)

 ふるふると首を振るカナメを、レンはぽかんと見つめていたが、すぐに人懐こく笑った。

「ヒウラ、マジありがと! 俺一人じゃ絶対迷子になってた! いやマジで!」

「……だろうね。まずは中等課程から。基礎施設は全部そっちから繋がってるから」

 ⸻

【中等課程:魔術のはじまり】

 最初に案内された中等課程の講義棟は、外観こそ高等・上級に比べれば簡素だったが、熱と魔力に満ちた空間だった。

 廊下の窓から覗いた教室では、ちょうど実技演習の真っ最中。

 まだ小柄な少年少女たちが、緊張と興奮の入り混じった表情で各自の魔導具や呪符と格闘している。一人の少年が呪符を振り回すように投げると――

「うわっ!?」

 ドカンッ!

 爆発音と共に、教室の隅で火花が飛び散った。煙の中から現れた少年の髪はちりちりのアフロ状態。

「ぎゃああ! 髪がァァァ!!」

「落ち着いて! 回復班、こっち来て!」

 補助魔導球が教師の声を拡散し、同時に治癒魔法を展開。子どもたちは大慌てで走り回りながらも、どこか楽しげで、生き生きとしていた。

「……楽しそうだな、なんか」

「最初はみんな失敗するのよ。私も最初の召喚で、火の玉暴走させて制服焦がした」

「えーっ!? ヒウラでもそんなことあったの?」

「……いちいち驚かないで」

 頬を少し赤らめて目を逸らすカナメに、レンは素直に感心したような声をあげた。

 ⸻

【高等課程:理論と応用の交差点】

 続いて向かったのは、高等課程の講義棟。

 ここからは一気に雰囲気が変わる。学生たちは整った制服に身を包み、理術書や構文盤を片手に真剣な眼差しで行き交っている。各階層に設置された立体魔術陣が、時間帯ごとの講義予定を投影していた。

 《術式再構成と補助陣設計》《魔素構成論・応用演習》《対他界存在交渉理論》――そのどれもが、常人には理解も難しそうな高度な内容ばかりだ。

「……なんか、頭良さそうな人ばっかだな。マジで同世代……?」

「アンタもその一人だよ、イシミネ。ちゃんと特待生で選ばれてる」

「え、えぇ!? 俺が……?」

「……スメラギ先生の弟子って、そんなに軽い立場じゃないの。覚悟、持ってなさいよね」

 呆れたように言いながらも、カナメはふと目を細める。その横顔に、レンは少し照れたように笑い返す。

 通りすがりの講義室の中でう、白衣の男子学生が魔導具を調整し、周囲の生徒たちは補助陣を練習していた。魔術を“勉強”としてではなく、“使いこなす術”として学ぶこの場所は、まさに知と実践の交差点だった。

 レンは、ふと胸の奥がざわつくのを感じていた。

(……ここで俺も、やっていけるのかな)

 不安と期待が、胸の奥でゆっくりと混ざり合っていく。

 ⸻

【上級課程:知の最前線】

 最後にたどり着いたのは、学術機関の最奥――上級課程の講義棟だった。

 その建物は他と一線を画す精緻さを持ち、まるで建造物そのものが巨大な術式構造体のように見える。壁面には常時変化する魔術数式が流れ、周囲には結界によって守られた**“黒の塔”**がそびえ立っていた。

「ここが、あの“黒の塔”のある場所……?」

「ええ。あそこに入れるのは、ごく一部の研究者と特級術者だけ。私たちは特待生権限で上級講義を受けるだけよ」

 歩いていた通路の先、開かれた講義室の扉から、ひときわ低く、よく通る声が響いてくる。

「……魂魄構造における同調性は、術者個体の魔素特性と深層感情に強く影響される。ゆえに、術式の安定性は、構文よりもむしろ魂の在り方によって左右される」

 レンは、その声に吸い寄せられるように足を止めた。心なしか、稼働が早くなる。

 講義室の奥。壇上に立つのは――スメラギだった。

 深い黒のクロークコート。抑制された威圧感。無駄のない所作と、静謐な声で語られる理論。その一つ一つが、確かな重みを持って学生たちを支配していた。

 レンは息を呑んだ。

 そこにいたのは、高校で見慣れた冴えない教師ではなかった。

 知っているはずなのに、まるで知らない。別の教師の姿の彼。

 世界の理と向き合い、魔術という真理を言葉に変える知の体現者――。

「……スメラギ先生、あんな感じなんだな、ここでは」

「ね、かっこいいでしょ」

 そう言って微笑むカナメの横で、レンの鼓動は更に高鳴っていた。

 かっこいい。

 その言葉が、これほどまでに深く響いたことは、かつてなかった。

 彼はただの教師じゃない。――この都市の核であり、世界の真理に最も近い男の一人だ。

(……俺も、いつか――)

 言葉にならない憧れが、確かに胸の中で火を灯す。

 レンはただ、静かに、尊敬と憧れを込めてその横顔を見つめていた。

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