星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第三章 夜帳のきざし

24 悪夢、最悪の寝起き

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 ――息が、詰まる。

 胸が、焼けつくように痛かった。

 レンは、闇の底から這い上がるように目を覚ました。全身が汗にまみれていて、喉はカラカラに乾いていた。ひゅう、ひゅう、と浅く早い呼吸。視界が明滅する。

 月明かりが差し込む部屋の天井は、変わらずそこにあった。星屑の寮の、自分の部屋。誰もいない、静かな夜。なのに、胸の奥が凍るような寒さに震えていた。

 「……夢……?」

 震える声が、喉の奥から漏れる。だが、何を見たのかは思い出せなかった。ただ、何かとても大切なものが――いや、“大切な誰か”が、取り返しのつかないかたちで壊れてしまった、そんな気がしてならなかった。

 呼吸が整わない。思わずシーツを握りしめた指に力がこもる。爪が食い込むほど強く握っても、その焦燥と不安は拭えなかった。

 「……先生……」

 思わず、ぽつりと名前が漏れる。

 呼んでも、返事はない。
 当然だ。ここに彼はいない。

 胸の奥に、何か見えない棘のような痛みが刺さっている。それは夢に由来するはずなのに、記憶には何も残っていない。ただ、焼け焦げたような感情の残滓だけが、心に貼りついて離れない。

 枕元のランプに手を伸ばし、ぼんやりとした魔素の光を灯す。淡い光が部屋の影を静かに払ったが、心の中の闇は揺るがない。

 レンはベッドの端に腰をかけ、しばらくぼうっと月を見つめていた。指先が微かに震えている。何かに怯えるように。

 「……先生……今、どこで、何してんのかな……」

 問いかけた声は、小さく空に消えた。

 逢いたい。
 声が聞きたい。
 確かめたい。

 今も、あの人は、笑っていてくれるのか――と。

 けれど、それを口にするのがどうしようもなく怖かった。
 怖い理由すら、もう忘れてしまっているのに。

 レンはゆっくりとベッドに背を預け、天井を仰いだ。
 夢の内容は何一つ思い出せないのに、涙だけが、静かにこぼれた。

 魔素の光がまたたく窓辺の向こう、夜はまだ、終わらない。

 ⸻

 窓の外では、霞がかった陽光が霧のように差し込んでいた。魔素を含んだ空気がまだ冷たく、星屑の寮の廊下には、朝靄のような白が薄く漂っている。鳥の声も魔獣の気配もなく、まるでこの世界が一度、深く息を潜めたような、静かな朝だった。

 レンは、うつ伏せのまま目を覚ました。

 意識が現実に戻った瞬間、胸の奥に鈍い痛みが残っていることに気づく。昨夜の夢のせいだとわかっていても、その内容は思い出せない。ひどく重いものを見た気がしていた。何か、大切なものが失われていくような――そう、喪失感だけが、傷跡のように心に残っていた。

 「……最悪な寝起き」

 そう呟いて、ゆっくりと体を起こす。手で顔を拭い、額を撫でる。乾いた汗が肌に張りつき、妙に喉が渇いていた。

 いつもなら目覚めてすぐに伸びをして、腹が減ったと笑っているはずだった。

 だが今朝は、笑えなかった。

 胸の奥に、黒い霧が引っかかったままだ。

 (先生の名前……呼んだ気がする)

 ぽつり、と湧き上がる記憶の断片。けれど、それは光の届かない深海の泡のように、すぐに消えてしまった。

 夢に、あの人がいたのだろうか。傷ついた顔をしていたような――それとも、自分が泣いていたのか。どちらかもわからない。

 「……会いたい」

 その言葉だけは、はっきりしていた。

 レンは制服に着替えながら、ふと鏡を見る。無意識に、胸元のシャツをぎゅっと掴んでいた。

 (どうか、今日も……)

 彼が、無事でありますように。

 彼が、笑っていますように。

 彼の目が、自分を映してくれますように――

 そんな、名もなき祈りを胸に、レンは部屋を出た。

 静寂の寮を歩く足音が、かすかに廊下に響いていく。
 その先にある「彼」に届くことを、願うように。
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