星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第四章 光あれ、影あれ

36 星色の瞳

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 スメラギの言葉は、レンの胸の奥に詰まっていた何かを静かに溶かして消し去った。


 —魔素が無いわけではない—


 そう言ったスメラギの声音は、どこまでも穏やかだった。
 けれどその響きには、揺るぎない確信が宿っていた。

 レンが戸惑いに満ちた視線を向けると、スメラギはそっと視線を前に向け、まるで遠くを見るような目で話し始めた。

「レン、魔素とは、色で語られるものだ。赤、青、緑、紫──それぞれに性質があり、使い手の資質を映す鏡でもある。だが……この世界には、例外がある」

 空気が、すこしだけ張りつめる。

「色が無いのではなく、色の定義を超えている魔素。それは“光”だ。色を透かし、全てを含み、なおその中に何者でもない清さを持つ。レンの魔素は、そういうものだよ」

 レンは息を呑んだ。

「レンの魔素。光の色。その名は、“無垢イノセント”。」

 言葉の響きが、胸の奥に落ちる。
 レンの瞳が揺れる。どこか現実味がなくて、けれど、耳を疑うことはできなかった。

「イノ、セント……?」

 震える声で、レンは繰り返す。

「──ああ、そうだ」

 スメラギは優しく頷いた。

「レン。お前の魔素は、眩い光だ。全てを照らす、たった一つの輝き。だからこそ、誰にも感知されにくい。あまりに明るすぎて、他の色が目を閉じるように、見えなくなる。キュウビでさえ見誤ったほどだ」

 静かな語り口のまま、言葉は続く。

「無垢とは、まだ何者にも染まっていないということ。強大な魔素を持つ者ほど、何かに属し、偏る。だが──レンの魔素は、そのいずれでもない。だから、可能性に満ちている。白でも黒でもなく、善でも悪でもない。けれど、光なんだ。すべてを透かして、すべてを包み込む、“原初の色”」

 レンは息を呑んだまま、視線を彷徨わせる。
 そんな力が、自分に?
 眩しすぎて見えない──そんなものが本当に、自分の中に?

「……それって、本当に……俺が……?」

 不安と戸惑いが混じるような声でそう呟いたレンに、スメラギはふっと微笑んだ。

「お前が、自分のことをどう思っているか理解している。何もできなかったと、自分には何の価値もないと。けれど……俺は知っている。レンの中にある光は、本物だ。今はまだ眠っているだけの、な」


 レンは嬉しかった。何よりもスメラギが自分をちゃんと見ていてくれた事が。
 そう思っていると、不意にスメラギが自分の髪を撫でた。レンは少しだけ驚いて肩をすくめた。そしてそれは次第に、照れ臭くて、どうしようもない気持ちでいっぱいになった。

 嬉しくて、どうしようもない気持ち。


 そして──スメラギと視線が絡んだ、その瞬間だった。


 レンの心臓が、どくん、と跳ねた。


 その瞳には、映っていた。
 夜空の星のような、けれどそれ以上に深く、美しく、吸い込まれるような煌めきが。
 スメラギの瞳が、その“本来の色”で、レンをまっすぐに見つめていた。

 星色の、瞳。

 あまりに綺麗で、レンは言葉を失った。
 いつものヘーゼル色じゃない。吸い込まれそうなほどの、尊い煌めき。
 そんな色の美しい瞳で、自分を“認めて”くれる彼——
 その事実だけで、胸の奥が熱くなった。

「……レン。お前はもう、何者でもない存在ではない。自分を信じなさい」

 それは、一人の少年に贈られた、初めての“肯定”だった。


 ⸻


「……あまりに特別すぎるお前の魔素に、よからぬ思いを抱く者は、少なからずいるだろう」

 静かな声だった。けれど、その奥底に宿る警告は、確かだった。

「お前はまだ、その光を自覚していない。無垢であるということは、美しく、そして脆い。だからこそ……俺がいる。だがそれでも……用心はしなさい。目に見えぬ悪意は、時に味方の顔をして近づくものだから」

 レンは、黙ってうなずいた。

 スメラギの言葉は、胸に落ちた。
 鋭く、でもどこまでも優しく。
 光の中に立つ者には、闇が寄ってくる。──だから、その傍にいる。そう言われた気がして。

 心の中に、こびりついていたものがあった。
 恐れ、疑念、劣等感。
“俺なんて”という気持ちが、ずっと離れなかった。

 だけど今、すこしだけ──本当にすこしだけ、その重さがふわりと消えた気がした。
“まだ、ここにいていい”──そう言われた気がしたからだ。

 自分の存在が、否定されなかった。
“光だ”と、そう認めてくれた人がいた。
 それが他の誰でもない、スメラギだった。

 それだけで、レンの胸の奥は、じんわりとあたたかくなる。

 それを察したように、スメラギはふっと笑った。
 穏やかに、柔らかく、まるで春の陽だまりのように。
 誰も見たことのない、そんな笑顔だった。

「……来てくれてありがとう、レン」

 その一言に、レンの胸がいっぱいになった。
 それは、特別な言葉ではなかったのに。
 けれど、その瞬間だけは、レンにとって世界でいちばん優しい音に聞こえた。
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