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第8話:花さんの傘がない日
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朝からしとしと、静かな雨だった。
「……あれ、傘がない」
花さんが慌てて玄関に戻ってきた。
駅まで急がなきゃいけないのに、いつも使っている赤い傘が、傘立てから消えていた。
「変だなぁ。昨日ちゃんと戻したはずなのに……」
僕は玄関先でしっぽをふりつつ、クンクンと周囲の匂いを探る。
木の匂いに混じって、どこか甘くてやわらかい香り。
これは……石けんの匂い? 子ども用の。
「……まさか」
花さんが呟いて、すぐに思い出したようだった。
昨日の夕方、近所の保育園の前で、雨に濡れていた小さな女の子――ミオちゃんに、自分の傘を貸したのだ。
「ポン太、行ってみようか」
レインコートを着せられた僕は、てくてくと歩いて、保育園の前へ。
フェンスの向こう側、赤い傘を握りしめて立っていたのは、やっぱりミオちゃんだった。
「おねえさんに、ありがとう言いたくて……」
花さんがにっこり笑う。
「来てくれてうれしいよ。……今度は、ポン太にもありがとうって言ってね」
ミオちゃんは恥ずかしそうに僕の頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
その小さな手は、雨よりもあたたかかった。
その日、僕はずぶ濡れになったけれど、心はぽかぽかしていた。
忘れ物はモノだけじゃない。
届けたやさしさが、返ってくる日もあるのだ。
「……あれ、傘がない」
花さんが慌てて玄関に戻ってきた。
駅まで急がなきゃいけないのに、いつも使っている赤い傘が、傘立てから消えていた。
「変だなぁ。昨日ちゃんと戻したはずなのに……」
僕は玄関先でしっぽをふりつつ、クンクンと周囲の匂いを探る。
木の匂いに混じって、どこか甘くてやわらかい香り。
これは……石けんの匂い? 子ども用の。
「……まさか」
花さんが呟いて、すぐに思い出したようだった。
昨日の夕方、近所の保育園の前で、雨に濡れていた小さな女の子――ミオちゃんに、自分の傘を貸したのだ。
「ポン太、行ってみようか」
レインコートを着せられた僕は、てくてくと歩いて、保育園の前へ。
フェンスの向こう側、赤い傘を握りしめて立っていたのは、やっぱりミオちゃんだった。
「おねえさんに、ありがとう言いたくて……」
花さんがにっこり笑う。
「来てくれてうれしいよ。……今度は、ポン太にもありがとうって言ってね」
ミオちゃんは恥ずかしそうに僕の頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
その小さな手は、雨よりもあたたかかった。
その日、僕はずぶ濡れになったけれど、心はぽかぽかしていた。
忘れ物はモノだけじゃない。
届けたやさしさが、返ってくる日もあるのだ。
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