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転生者・杉下光が押し込めていた思い(後半・リオ)

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 頭にふわっと何かが乗る。
暖かくやわらかなそれは、クシャっと髪を絡めるように頭上を回る。
その感覚にほわんと胸が暖かくなったと同時に、長い間押し込めていた記憶が沸き上がった。――メリアの記憶では実の母親から、光の記憶だと前世の家族から与えられた記憶。いや思い出。

『偉いな、光は』
『良い子ね、光』
『ねーちゃぁん…!』


 褒められながらされたそれ。自分も誰かを褒めながらした…それ。ずっと思い出せないでいた、いやあえて辛い思いをしないよう封印した……答えが、勝手に溢れ出してくる。そして形になって胸に落ちた。

――撫でられたんだ、私。

 込み上げてくる暖かさと安心感。

 メリアになってからは一度としてされた事はなかった。死んだ実母はともかく、義妹がされているのを遠目で見る事はあったけど心が動く事はなかった。いや動かないよう、制していたのかも知れない。
思い出さなければ良かった。けれど………思い出してしまった。
誰かから与えられる 温もりを。


 「………ん?」
瞼を開くと、そこには見覚えのない天井。外はもはや薄暗い。
更にベッドに寝ていて、上に布団が掛けられている。寝起きでぼんやりしていた頭が覚めてきたところで、自分が部屋に他人様の家に来ていた事に気が付いた。そして……更に寝てしまったみたいだ。
「熟睡しちゃってたなぁ…」
うーん、と伸びをする。
 ちゃんとしたベッドで寝るのは久しぶりだった。もっと言えば熟睡できたのは初めてかも。メイデン家じゃあおちおち寝ていられない。というかこの体がそうなっていて、少しの物音でも過剰に反応し委縮してしまう。

 これは本来のメリアのものだろう。散々受けてきた痛みや恐怖が、体に染みついているからだ。
――そこまでの目にあっていても、私が彼らに危害を加えようとしたら拒否反応を起こす。“旦那様からのご指示です”とかさにかけ、罰と称した労働を課し、それすら邪魔をしせせら笑うメイドに罠を仕掛けようとしていた時にも、阻もうとする声が内から聞こえた。

“お願い、やめて!”
“誰も傷つけたくない!”

ギュッと自分の体を抱きしめる。どこまでこの体の主は優し過ぎるのか。
やり方は分からないし、どうしてこうなったのかも分からないけどこの体を彼女に返したい。
「けど、今はダメ」
ゲームが大幅に狂ってしまっている。攻略対象者達に頼れない今、メリアを守れるのは私しかいない。
消えるのは彼女に安全な場所と能力を与えてからだ。
罪は全て、悪霊(私)が背負って消えていく。


「起きてる?」
声がした後にカチャリ、と扉が開き、長身の女が入ってきた。手には食器が乗った盆。
「起きたんだね」
 低いのになぜか伝わりやすい声。この国では珍しいショートカット。だからかスラリと見えるプロポーション。まだ寝ぼけたままの声で、その名を呼んだ。
「…ジョルジュさん……」

 リオ・ジョルジュ。
騎士科の1年。父親が第3騎士団長で母親が魔法研究省の職員。兄弟は20歳になる兄が1人で第3の騎士団員。
協力してもらうにあたって、私なりに少し調べた。学生だけどすでに第3の訓練に参加していて、任務にも臨時で参加している実践経験ありの実力者。それが今の評価だ。
――でも、昔は真逆で、年相応の甘えたがりだったらしい。それが変わったのはある事件が切欠だった。

 リオは毒キノコを食べて中毒を起こし1週間、生死をさまよっていた事があった。
それを乗り切って覚醒した途端、彼女は甘えたがりから打って変わって、両親を助ける模範的な子供になった。ただ眼だけが後遺症で視力が落ちたらしく、常に眼鏡をかけている。
『メガネが邪魔してるけど、リオちゃんは美人なんだよ』
と、私に言ったのはジョルジュ家の近所に住むおばちゃんだ。……ってかそれ、前世で散々読んだ、少女漫画のパターンだね!? 

 ……とにかくその事件で、前世を思い出したんだろうな。いきなり豹変し、大人顔負けの対応を知ってる。……ってとこでほぼ確定で良いよね?

 だからリオに、私のカードを晒した。
結果、無事に協力を取り付けれたんだけど、リオが求めた見返りの内容は一点の曇りもないもので、私にも利があった。だから選択に後悔はない。
リオがモブだとかはどうでもいい。重要なのはリオの人となりと彼女の知識だから。

「家に連絡した方が良いかな?」
問いにはひらひらと手を振って返す。
「ああ、いらないよそんなの」

 あいつら―メリアの家族―は、自分がどこでどうなろうと興味はない。野垂れ死ぬかいっそ問題行動でも起こせば良いと思っている。それを理由に修道院に更迭出来るから。
 本当は今でもそうしたいみたいだけど“悪霊”の報復が怖くて出来ないだって! 
毎日コツコツトラップ張って、屋敷の一角燃やしてやった甲斐があったよ! やっぱり継続は力だね!
悔しそうにしているのを陰から見て、ちょっとスッキリしたわ。なんて思い出してたら、柑橘系の匂いが漂うカップがサイドテーブルに置かれる。…私に?
「………飲んで良いの?」
駄目だったら暴れるよ?
「甘めのレモネード。嫌いじゃないなら」
わぁい♪
「こんな状態で好き嫌いなんて無いよ。腐ってないなら上等だ。いただきまぁす♪」
 ささっとカップを取って口をつけた。吸い込むと暖かさの中に爽やかな酸味と甘みが広がる。
「…………」
うまっ♪ って、めったに口に入らない甘味を堪能していたら
「さっきは……立ち入り過ぎて、悪かったね」
伏目勝ちに謝ってきと、た。ん? さっきって何だったっけ……と首をひねってからああ、と気が付く。
“なぜメリアを悪霊憑きなんかにしたんだ”ってやつか。
「べっつにー? メリアの事心配しての発言っしょ?」
腹が立たないと言えばウソになるけど、知らないからと思えば仕方がないとも思える。
 私、転生してから寛大になったんかね? 
いや違うね。屋敷の屑どもと比べたら、大半の人類は善人だってだけだ。
 さっきの発言で、ジョルジュがメリアの敵になる可能性が低い事は分かった。その前に私にした願い事も含めて、攻略対象に手を出そうとも思っていないと確信できた。

 ………、なら、私のする事は決まっている。
この転生者(お人よし)を有効に利用する事だ。


―――こいつなりにメリアを、大事にしてはいるみたいだ。

 レモネードを大事そうに飲んでいる目の前の相手に、とりあえずそう結論付ける。
それにしても……さっきはどうしたんだろう? 眠るこいつ――メリアじゃなく……ヒカル、だったっけ―――の頭をなでて、言葉をかけてしまった。
『よく頑張ったね』
右手をジッと見つめ……やがてグ、と握り込む。
 自分と同じ立場――前世同じ世界にいた人間――という同胞意識や先程芽生えた同情心は、この状況では邪魔、だ。
 さっきした個人的な願いや、今の行動も含めて彼女――今はメリアと呼ぶ――に、お人よしとして印象づけられたはず。
ならこれから、出来る限りお人よしとして接しよう。そしてアイテムを探す中で信頼を定着させていこう。
 
―――そのほうが……見張るって意味でも、都合が良い。

 人間、便利なものを手に入れたら欲が湧いてくるもの。今はメリアを大事にしているけどこれから、アイテムを吸収した後までは分からない。メリアを乗っ取って、攻略対象達を篭絡しようとするかも知れない。
 もしその手段が非道なものなら? 攻略対象達は国にとって重要な人物たちだ。もし危害になるようなら……何かしら、手をうつ必要があるだろう。なら近くで信頼させておいた方が良い。


――メリアの為にこいつを利用するんだ。
――この国に災いが起こらないよう、見張らなくては。
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