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浸食される~カルティ王国第2王女・ステラ・カルティ~

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  彼と――シン・ヤマトノと初めて出会ったのは、お互いに6歳だった頃。
婚約者になると引き合わされた時、大きい眼鏡が印象強い私よりもチビでヒョロリと頼りない彼を一目見て最初に決意したのは、
この婚約、絶対にぶち壊してやる! 
だった。
 こんな軟弱そうなヤツと結婚なんて、冗談じゃない。せめて私より強い男でないと。
 物心ついてから、淑女などとは縁遠く、男のように剣ばかり振り回していた。将来の夢は武者修行の旅に出ること。
 こう言うと周りの者は、“なんて野蛮な”“お姉様や女王陛下を見習え”“王女としての使命を……”などと怒られるか呆れられるかだった。
 だからあえて、彼に話した。縁談を断らせるために。
話し終えてからジッと、反応を待つ。
 ――さぁ呆れなさい。そしてこんな奴と結婚なんてイヤだ! って思いなさい。
けど、予想に反し彼はキラキラと目を輝かせ、
「すごいね、ちゃんと夢に向かって頑張ってるんだ!」
「――? 変だと思わないの?」
まさかの反応に、言った方が面食らう。しかし気付かないように目の前の少年は
「どうして? その為に一生懸命頑張ってるんでしょ? スーちゃんなら出来るよ、僕も応援するね」
 夢を初めて……肯定された。
安心感と喜びが、胸の奥に広がっていった。それに合わせるように、鼓動が早くなる。

 思えばあの時、もう一つの夢が生まれたのだ。
彼と一緒になりたい。2人で幸せになるんだと。

 「……我ながら単純だったな」
当時の事を思い出し、クスッと笑う。
 今にして思えば、“婚約なんてイヤだ!”と母親達に言ってみても良かったのだ。しかしまだあの頃は、他の子供と同じく自分も親や乳母達を恐れていた。だからシンの方から言わせたかった。今思えば卑小な考えだった。
 あれから時が経ち……。騎士団の団長を務められる程には強くなった。変われたと、思う。 
 でも今のように、シンの来るのをソワソワしながら待っているところは、昔と変わらない。“魔導馬車が故障して遅くなる”との連絡は来ていたが……遅すぎるのではないだろうか? こちらから早馬を出そうか? いや私が直接お迎えに――。
 などと考えていたら、1人の男が自分に近付いてくるのに気がついた。がっしりした体格に、軽薄そうではあるが整った顔立ち。着崩した正装が、野生の獣のような魅力を醸し出している。
 ……こいつは確か、アーリア・コーニー男爵令息。妹の婚約者だ。
それがなぜ、ここに? と言うか私に用なのか?
 訝しく思っている間にも、ドンドン距離を詰めてきた。いい加減近付き過ぎだと思った時……。
「……ずいぶんと浮かない顔だな、らしくもない」
不遜な口調で、話しかけられた。
…………は? 
 更に的を外れた事を言われてしまう。どう見ればそんな風に見えるんだ? 呆れたままにそれを言おうと口を開いた。が、
「……お前には関係ない」
口から出たのは、そんな一言だった。
…………私はなぜ、こんな事を……?
そんな私の戸惑いに気付かず、アーリアは話し続けている。
「まぁ……仕方ねぇよな。親同士に決められた相手と一緒になるなんて悲劇でしかねぇし。それも責任だとか、言うんだろうけどなぁ」
 それは違う。責任なんかで嫌々シン様と婚約者になった訳じゃない、最初はそうだったけど、今は心から……。
「私は王女だ、相手がどなたでも役目を果たすのみの、な」
でもまた出て来たのは、まるで思ってもみない言葉だった。
 何だ、これは? 私はこんな事を言いたいんじゃない。“どなたでも”なんて思った事なんか無い。シン様でなくてはイヤだ、私は……。
 早くこの勘違い男の言葉を否定しないと。そう思うのに何故か、それを言う事が出来ない。
 異変はそれだけではなかった。真っ直ぐに自分を見る瞳に、鼓動が高まる。はだけた襟元からチラリと見える肌や大きな手に誘われるように目が吸い寄せられていく。
――あの手で撫で回されたら……自分はどう、なるだろう?
 そう考えてから、慌てて首を振った。
 ――コイツは妹の婚約者だぞ! 
 何故先程から、言う気のない言葉ばかりが口から出て来るんだ。そしてどうして私はこの不遜な男を、追い払わない? これからシン様が来るというのに、こんなヤツの相手をしている暇は……!
「……役目、ね。でも王族も人間なんだ。一時位解放されても、良いんじゃねぇか」
 ああ、解放されたい。……と、思った時、
「……第2王女殿下、シン・ヤマトノ第5王子殿下がご到着です」
「スーちゃん! 迎えに来てくれたんだ、嬉しいなぁ♪」
従者らしき声がして、そちらの方を見ると……。従者とシン様がこっちに歩いてくるのが見えた。……面倒だけど、お迎えしなくては。
……って、面倒??
さっきから私は、どうしたんだ……?
流れ込んでくる感情が、どちらが本当なのか分からない。
シン様が……面倒? そんな筈は無いいや本当は心の奥ではずっと我慢をずっと会いたくて、待ち遠しく、思っているのになんでそんないや違う、私は王族の義務で仕方なくいや私はずっとシン様を待っていていやウンザリしていて違う久しぶりに会えるからどんな話をしようとか前日から色々と……。

「スーちゃん、どうし……?」
 戸惑うような表情のシン様の姿に、霞がかかったように見えたと思った瞬間、グラッと体から力が抜ける。
「ステラ!!」
 シン様の叫ぶ声を聞きながら、私は意識を失っていった。
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