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その刃は錆びない

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 嘘に気付いて消えたいと思っても、どうすれば良いかわからずにいた。気付いても、今までと同じように演じるしかない現実。大人たちの嘘は錆びない刃、見えない切り傷が私の空想世界を作り、私はその世界で感情を暴走させる事に成功する。
 錆びない刃を武器にして。

 そして今夜も、空想世界に感情転移する──。

 この世界の私は、薄汚い衣服で、裕福そうな奴らの館に忍び込む賊の一味。身寄りがなく、生きるためならなんでもする人たちの集まり。
 リーダーは元海賊の親を持つ、カイリ。大柄で色黒で筋肉質、瞳はブラウン、髪の色はブロンド。でも元はブラウンだったと言っている。年齢は自称三十歳、本当はもう少し若い。
 この世界で私が信用しているのはカイリと、もう一人。私を賊として生きていけるように指南してくれたヒイラギ。元貴族。爵位ある立派な家柄のお嬢様だった彼女は、若い頃、とある国の王子と婚約していたらしい。王子の実母が、国王の側室を毒殺した疑いをかけられ、ヒイラギの父親はそれを画策した罪で投獄。母親は自害し、ヒイラギは国外逃亡。逃亡先でカイリの親がいた海賊に襲われた。自暴自棄になったヒイラギは何度も死のうとしたけれど、命を落とせずにいた。仕方なく腹を括り、海賊の情婦として生きていこうとした。
「死のうとしても死ねないなら、図太く生きるしかないのさ」というのが口癖。

「さあ、メイプル。この中から気に入った武器を選べ」
 十八歳になると、女でも上等な武器を与えられる。生きていくためには自衛も必要。戦わなければいけない場面もある。
 そのために最低限の剣術や武術を習う。もちろん、自分の性別を武器にして金を稼いだり守ってもらう人もいる。たいていの女はそっちを選ぶけれど、私は武器が欲しかった。
「短刀では心許ないでしょ。かといって、ゴツゴツしたここらの立派なやつは、扱いが大変そう。持ち歩けてそれなりに殺傷能力あって、そういうのはないのかな」
 武器庫にある八割は、盗品。残りは、何らかの報酬やいわく付きのもの、らしい。
「ここいらのは、遠くの国に住んでた仲間の遺品だ。すこーし、魔力のようなものが付与されているとか聞いたけど、嘘かもしれない。聞いた話だから、話半分で聞いておいて。この立派な鞘の細剣は、刃に毒性があるらしい。ただ使うたびに疲弊するらしいから、毒の耐性が無いと使えない」
「軽そうだけど、だめだよ。私はそんな耐性ないからさ」
 ヒイラギが私の言葉を受けて、愉快そうに笑う。
「お前は言葉の毒の耐性があるだろうから、十分だよ」
「なんだよ。ヒイラギが育ての親だろ? 子は親に似るらしいじゃないか。だったらどんな剣だろうがなんだろうが、それなりに使えるんじゃねえのか」
 武器庫に居た別の仲間がチャチャをいれる。
「ついでに女の武器の使い方も、ちゃんと聞いとけ。まあ、そのナリでは使えないかもしれねえが」
「うるさいな。そんなだから、娼館で一番人気に相手されないんだろ。私はまだ、そういうのは」
「おい、カイリが帰って来たって。メイプルに土産あるならって呼んでるぞ」
 別の仲間が武器庫に呼びに来て、私はヒイラギと一緒に、カイリの部屋に向かった。
「ヒイラギだ。入るよ。メイプルも連れてる」
「入れ」
 アジトのリーダーの部屋は、本来は一番奥にあるものだった。でも、カイリがリーダーになってから、アジトの入り口近くのそんなに広くはない、寝具とサイドテーブルが置けるくらいの部屋。何かあれば、入り口近くに居た方が、みんなを守れるからという理由らしい。
 部屋の引き戸を開けると、寝具にある辺りにカーテンを新調して、そのカーテンの奥、毛布に何者かがくるまっているように見えた。それと、カイリの部屋がいつも以上に良い匂いが……。
「カイリ。土産ってまさか」
 ヒイラギが諌めるような表情でカイリを見つめる。
「いや、は、別件。というか関連してるかもだが。いやいや、それは置いとこう。まずは、メイプル。お前に話だ。武器を探してるだろ?」
 私は訝しげに頷く。毛布にくるまる何者かがもぞもぞと蠢いているのが気になるけれど、カイリの方をちゃんと見つめた。
「ひろいもの、って言うと、語弊あるんだが、まあ、聞いてくれ。メイプルの武器はこの細剣だ。特殊な素材らしい。軽いがとてもよく斬れる。それとこいつは、錆びないらしい。血を吸うとより強化するとも聞いている。そうだったよな?」
 カーテン向こうの何者かが、イエスの意思表示なのか、手で床を二度叩いた。
「ということらしくてな。なんとなくだが、メイプルが持つのが良いと思ったんだ」
 爽やかに笑顔を向けるカイリ。喜べ、というような表情で見てくる。それは嬉しい。嬉しいのだけど。
「それは、そこの女から奪ったんじゃないのかい?」
 ヒイラギが、カーテンに手をかけようとしたとき、毛布にくるまっていた何者かが飛び起きて、顔を出した。
 息をのむようは美少女?。年齢不詳。幼さと色香を持つ、不思議な雰囲気。首元には赤い印、──ああ、そういうことか、と、カイリを見る。
「カイリの、新しい女なんだね」
「いや、まあ、拾った……つうか、まあ、な。路地裏で襲われていたからさ。まあ、ほら、かわいいだろ?」
 私とヒイラギは、顔を見合わせため息をついた。
「で、これはその子が持っていたのかい?」
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