禁踏区

nami

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2章 噂の屋敷

3

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 階段がある広間へとやってきた。
 吹き抜けになっており、2階の様子を目にすることができる。
 奥に壊れかけた障子が続いている。部屋がいくつか並んでいるようだ。

 階段は昇る度にひどくたわむ。思いの外急勾配ということもあって、余計に怖い。

 昇りきってみると、かなりの高さだ。
 別に高所恐怖症というわけではないが、暗くてよく見えないから、なんとなく不安を煽られる。

 障子が続く方へ行くには、橋のような通路を渡らなければならない。
 通路の幅は狭いので、1人ずつ渡っていく。

 手すりはあるにはあるが、壊れて所々なくなっていたりもする。そんな場所でバランスを崩してしまったら──落下する危険もある。皆、慎重に渡っていく。

 最後は私だ。皆に倣い慎重に歩を進める。



 しかし、その時だった。



 鳴りを潜めていた怪異が、再び起こり始めた。



「また、ポルターガイスト!?」

 震度5以上はあるかと思われる激しい揺れ。
 それが、私達がいる場所だけに狙いを定めて襲う。

 皆、なんとか無事に向こう側へと渡りきった。
 残るは私だけ。


 どうにかして向こう側に行かなきゃ!


 だけど、揺れは激しさを増すばかりだ。
 まともに身動きすらできない状態へと追い込まれる。

 
 たまらず、私は手すりにしがみつく。

「きゃあッ!」

「凛ッ!」

 手すりがへし折れ、咄嗟に手を放した。
 前のめりに倒れそうになったが、どうにか踏みとどまる。反動で尻餅をついた。


 ──しばらくして、揺れは収まった。

 
 私はそろそろと立ち上がる。
 膝が笑いだす。危うく手すりと一緒に落ちるところだった。今頃になって落下への恐怖が込み上げてくる。

「凛、大丈夫?」

「うん、平気……」

 頭上からパラパラと何かが降ってくる。
 手を差し出すと、掌にそれは着地した。
 これは……木片?

 降ってくる木片はどんどん大きくなっていく。

「危ないッ!」

 電光石火に東海林さんが私に飛び掛かってきた。押し戻される形で一緒に倒れ込む。

 直後、轟音とともに大きな塊が降ってきた。
 ──屋根の一部であった。さっきの激しい揺れが屋根に穴を開けたらしい。

 落下地点はちょうど私が立っていたところだ。
 もし、東海林さんが助けてくれなければどうなっていたか……。考えるだけで震えが止まらなくなる。

 ぽっかりと開いた穴からは、空を拝むことができる。灰色のまだら状の曇天どんてんだ。
 別荘を出た時は晴天だったのに、あのトンネルを抜けてからはずっとこんな空をしている。
 気が滅入りそうな空模様ではあるが、早くあの空の下に出たい。

「参ったな……」

 東海林さんは苦々しく呟く。
 それも当然だ。落下した屋根はその重量をもって、通路を穿ってしまったのだから……。
 つまり、向こう側に4人、こちら側に2人と分断されてしまったということである。

 向こう側の4人は呆然と、不安げな表情でこちらを見ている。

「えっと……、飛び越えますか?」

 東海林さんに訊いてみた。
 裂け目は2メートルもなさそうだ。これなら、飛び越えられないこともない。

 しかし、東海林さんは首を横に振った。

「万が一ということもある。ここは別のルートで皆と合流しよう」
 
 東海林さんはデイバッグから塩を取りだした。それをビニール袋に半分詰める。

「ヒロ、受け取れ!」

 塩と懐中電灯を向こう側へと投げる。
 指名された荒井さんは戸惑いつつも、それらをキャッチした。

「これだけ入り組んだ屋敷なんだ。合流できる場所はあるはずだ。それまで、お前が3人を守るんだぞ。何かあったらラインを飛ばせ」

「お……、おう……」

 荒井さんは顔をひきつらせて、力なく頷いてみせた。


 △▼△


 今まで使っていた懐中電灯は4人に渡してしまったので、こちらは予備の懐中電灯を使うことになった。
 あの懐中電灯に比べると、明るさが少しばかり心許ない。

 私と東海林さんは、ひとまず物置部屋付近まで戻ることにした。

 あの時、物置部屋を出ると廊下は左右に伸びていた。
 そして皆で進んだのは右方向だったので、今度は反対側の──左方向へ進もうということだ。

 そういえば、助けてもらったお礼を言っていないことに気づいた。

「あのっ、東海林さん、さっきは、ありがとうございました……!」

「いや、間に合ってよかったよ。ほんと、間一髪だったよな」

 ……それきり、会話は途切れる。

 もっと言葉を重ねるべきかもしれないが、何を話したらいいのか思いつかなかった。
 なんとなく気まずい空気が流れているような気がしてならない。
 気まずい空気を払うように、東海林さんが会話を繋げてくれる。

「もしかして、緊張してる? 凛ちゃんって、どちらかというと人見知りだよな」

「あ……、ごめんなさい……」

「ああ、別に責めてるわけじゃないよ、ごめん」

「私、話をするのってあまり得意じゃなくて……。美伽みたいに話せたらいいのに、って思う時もあります」

「わかるよ。俺も、君くらいの時は口下手で悩んでたから」

「東海林さんが?」

 信じられなかった。
 東海林さんはクセの強いオカ研メンバーをまとめている人だ。そんな人が口下手で悩んでいたなんて。

「無理して話し上手を目指さなくてもいい。聞き上手になろう──どこかで読んだ本に書いてあって、それを実践したんだ」

「それで、克服したんですか?」

「うん。無理して話さなくてもいいんだ、って気が楽になったよ。気がついたら、会話することに苦手意識がなくなってた」

 ふと、東海林さんを見上げてみた。
 彼は、優しい眼差しを私に向けてくれている。
 
 考えてみれば、男の人とこんなに話したのは初めてかもしれない。
 意識すると急に恥ずかしくなった。思わず視線を下ろす。


 ──え?


 東海林さんの歩き方が、どこかぎこちない。
 
「もしかしてあの時、足を痛めてしまったんですか?」

「……バレたか。やっぱり現実は、映画みたいにかっこよくはキマらないようだ」

「ごめんなさい、私なんかのために……!」

「気にするな。軽く捻っただけだから」

「でも……」

「そんな泣きそうな顔をしないでくれ。……そうだな、じゃあ手当てをするから、少しどこかで落ち着いてもいいか?」

「はい、ぜひそうしてください」

 こんなこともあろうかと、東海林さんは応急手当セットを持参してきているとのことだ。
 もうすぐで物置部屋にたどり着くけど、ここには白い着物の幽霊を見たと新井さんが言っていた。
 さすがに、そんな場所で落ち着く気にはなれない。
 ここは通過して、他の部屋を当たろうということになった。
 ……もっとも、この屋敷に安全な場所はないかもしれないけど。


 物置部屋を過ぎ、そのまままっすぐ進んで左折したところに障子で仕切られた部屋があった。
 障子は派手に破れている。その隙間から中をうかがってみると、古めかしい書物がそこかしこに散らばっているのが見える。

 怪しい雰囲気は感じられないので、中へと入った。
 年代を感じさせる書架に取り囲まれ、文机があるこの部屋は、かつては書斎として使われていたのか。

 書架には数冊の書物が収まっているのみだ。
 どうやら散らばっている書物は、この書架から引っ張り出されたものらしい。



 またも、過去へと誘う耳鳴りが始まった。

 
 ──ここで、一体何が……?



 現れたのは、初めて目にする男性。
 てっきり、あのカップルの過去が見えるものと思っていたので驚いた。

 歳は……東海林さんくらいだろうか?
 だからなのか、なんとなく雰囲気が東海林さんに似ている気がする。


 男性は、書架から手当たり次第に書物を取っては乱暴にページをめくっていく。
 そして、目当てのものではないとわかると、あっさりと書物を床に放る。

 同じことを、男性は、何度も何度も繰り返す。


『違う、これも違う……!』


 男性は、ひどく焦っているように見える。


『どこだ、どこにある。──早くしないと“呪い”が完成してしまう……!』



 ここで、過去の世界から現在へと戻された。



 “呪い”──? 一体なんのことなの……?


 不穏な単語を耳にしたせいだろう。
 冷たい手で背中を撫でられたように、ぶるりと震えがきた。
 

「──凛ちゃん?」

 怪訝な顔をした東海林さんから声を掛けられる。

「あ……、すみません。ちょっと、ぼーっとしてしまって……」

「そう……?」

 取り繕っても、東海林さんの顔から怪訝さは消えない。
 けれど、それ以上は追及されなかった。
 彼は腰を下ろすと、ジーンズをめくって捻ったという箇所を出した。

 “軽く捻っただけ”というのは、私を安心させるための方便だったようだ。
 患部は、痛々しく腫れ上がっている。

 東海林さんは慣れた手つきで湿布を貼り、包帯を巻いていく。
 その様子を、私はただ見守る。

「おいおい、そんなに見つめられたら緊張するじゃないか」

「あ、ごめんなさい……!」

 慌てて視線をそらす。
 そんな私を見て、東海林さんは「冗談だよ。どうぞ、心行くまで見物してください、お嬢さん」と、おかしそうに笑った。

「もう、茶化さないでください東海林さん」

「──真人でいい」

「え?」

「俺も、名前の方で呼んでもらいたい」

 突然の願いに、面食らってしまう。
 まさか、こんなことを言われるとは思わなかった。

「ダメか? 俺としては、少しは打ち解けたかなーと思ったんだけど。さっきの『茶化さないでください』ってとこ、すごく自然だったし」

「あ……」

 言われてから気づいた。
 確かに、意識せずに言ったことだ。

「だから、今後は名前で呼んでくれると嬉しい。あ、なんなら、他の連中みたいに“マサやん”って呼んでくれても構わないけど?」

 東海林さんはおどけた顔を向ける。
 それがおかしくて、思わず吹き出してしまった。
 誘発されたように、東海林さんも笑いだす。
 
「ごめんなさい、つい。……わかりました。では、今度から名前の方で呼ばせていただきますね」
 
「じゃあ、ためしに呼んでみて」

「え……!」

 まさかの無茶振り。
 しょう……真人さん、大人で真面目な人だと思ってたけど、意外と子供っぽいところもあるんだな。

「えっと……、ま……ま……真人さん……?」

 顔が熱い。
 目を合わせることができない。
 だって、男の人を名前で呼ぶなんて、幼稚園以来だ。
 だから……すごく、恥ずかしい……。

「凛ちゃん、顔赤いよ?」

 ストレートに指摘されてしまった。顔の温度はますます上昇する。

「いや、ここまで奥ゆかしい反応をされるとは思わなかった。無茶言ってごめんな」

「い、いえ……」

 ようやく解放され、内心でほっとする。
 
 
 湿布が効いてくるまで、休むことにした。
 二人の間には、しんとした静寂が取り巻いている。

 しかし、真人さんがそれを断ち切った。

「…………あのさ」

「はい、なんですか?」

「凛ちゃんは否定していたけど、本当は霊感があるんじゃないか?」

 ──なぜ、そんなにもこだわるんだろう……。
 少しばかり困惑してしまうが、私はしっかりと否定してみせる。

「……いいえ、ないですよ」

「ほんとに?」

「はい。……あの、どうして、そう思うんですか?」

「君は時々、何もない空間を見つめているような気がするから。もしかして、俺達には見えないものが、見えてるんじゃないかと思って」

 ある意味そうだろう。
 過去の出来事を見せられているのだから……。

 でも、この力を他人に教えたところで、信じてくれるとは思えない。
 だから、言わない。
 
 
 ──違う。言えないんだ。
 もう、あんな目に遭うのは嫌だから……。
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