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4章 狭間ノ國
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「あの集落跡は“陸の孤島”と呼ぶに相応しい場所であった。集落として機能している頃は“狭間ノ國”と呼ばれ、地図上にも載っていない……いや、地図に載せられない土地であった」
「それは、なぜ……?」
「荒唐無稽なことに聞こえるかもしれんが、狭間ノ國は、日本の中にあって日本ではない……そんな場所だったのじゃよ」
「そういう都市伝説聞いたことある。治外法権の村で『この先、日本国憲法は通用せず』って看板が立てられてるとか……」
「犬鳴村伝説か……。政府から“特別保護区”という名目で、法律の適用外という扱いになってるって噂だけど。……もしや、そのような扱いだったんですか?」
真人さんの質問に、天津さんはゆったりと首を左右に振って否定してみせた。
「狭間ノ國は、日本という国から独立を認められていた土地じゃ。その歴史は古く、平安と呼ばれる時代から存在していたらしい」
「そんな昔から……」
「どうして、独立することが認められていたんですか?」
「狭間ノ國をまとめていたのは、比類なき力を持つ呪い師一族であった。不審な死を遂げた英傑の傍には常にその一族の影があったという。必要とあらば呪いの代行者になってもいい。そのような条件で独立権を獲得したと言われておる」
「馬鹿な。そんな世迷い言しか思えない条件で独立が認められるだなんて……」
「本当のことなのだから仕方あるまい。そもそも現代の感覚で計ろうとすることが間違っておる。今でこそ呪いは胡散臭い代物のような扱いをされることもあるが、当時は例外なく神業に等しい存在であったのだからな」
「……それで、その呪い師一族というのは一体?」
「陰陽道……というものを知っておるか?」
「まあ、聞き齧った程度には……。陰陽師──安倍晴明が有名ですね」
「じゃあ、その一族は陰陽師なんですか?」
「いや……似て非なるものじゃ。陰陽道を礎としておったが、性質的には陰陽道の起源になっている道教に近いかもしれん。その中の呪術……中でも呪詛の類いを独自に極め発展させてきた一族じゃ」
私達3人は言葉を失う。
呪い師と言っていたくらいだから、呪術を生業にしているとは思っていたけれど、まさかこんなにも大きな存在だとは思っていなかった……。
さりげなく美伽と真人さんの様子をうかがう。2人とも心なしか青ざめているように見える。
その心中は、おおよそ察することができた。
『そんな強力な呪いを破ることは、本当に可能なのか?』
そんなことを考えているんだと思われる。
目が不自由であろう天津さんだ。私達の顔に濃い動揺の色が浮かび上がったことがわからないのだろう。構うことなく言葉を続けていく。
「つくづく思う。本当にあの土地は邪径としか言いようがない。呪詛の成就のために人間を犠牲にするなど……」
「え……?」
「あの地に赴いたなら気づいたじゃろう。集落を見下ろすようにして聳えるのが呪い師達の屋敷じゃ。そして、その集落に住まわされていたのが“形代”と呼ばれていた者達じゃ。あそこに住む者は皆、人間として扱われず道具として扱われておった。通常、形代は紙や藁などで作られるのだが、あろうことかあの土地を支配していた呪い師達は人間を利用しておったのだ。呪詛の対象にして贄、文字通り呪詛のための道具ということだな」
「そんな、ひどい……!」
美伽は強いショックを受けているようだが、私はあまり驚かなかった。
過去視で集落の様子を垣間見た時に、集落の人はこう言っていた。
『月宮様の御屋敷に連れていかれた者は、二度と帰ってこねえからな……』
──そういうことだったのかと、むしろ合点がいった思いだ。
「あの土地の成り立ちなどはよくわかりました。それで……少し質問させてもらってもいいですか?」
天津さんはゆっくりと頷いて承諾した。
「初めてお会いした時に、あなたは“ヤクモサマに祟られる”と言っていましたが、ヤクモサマというのは一体なんなのですか?」
「お前達も遭遇したはずじゃ。だからこそ呪いをかけられた。白い着物姿で左半身が崩れている幽鬼──あの御方が八雲様じゃ」
「一体……何者なんですか?」
「月読八雲──あの土地を支配していた2つの家の1つ。月読家の御子息じゃ」
「そんな人が、なぜ悪霊と呼ばれる存在に……」
「………………」
真人さんの呟きに、天津さんは答えなかった。
それきり口を噤み、沈黙を守っている。
多分、そこまでわからないのだろう。
そういうことであれば仕方ない。
…………と、思っていた時だ。
「……儂の……せいかもしれん……」
うめくように、天津さんは呟いた。
「それは、どういう意味なんですか? いえそれよりも、あなたの口振りは、ただ知っているというニュアンスを越えている。天津さん……あなたは一体……?」
「あの土地を支配していたのは“月宮”と“月読”という呪い師の家じゃ。その両家には、それぞれ仕える呪い師達がいた。儂は……月読家に仕える家のひとつ、天津家の末裔なんじゃ。そして、狭間ノ國の生き残りでもある……」
「あの土地に……住んでいらしたと? 失礼ですが、天津さんはおいくつなんですか?」
「そんなことは忘れてしもうたわい。なんじゃ若造、儂が何百年も生きているように見えるのか? 何を勘違いしているのか知らんが、狭間ノ國は近代──昭和初期くらいまでは存続していたのだぞ?」
私も含め、真人さんも美伽も信じられないというように顔を強張らせている。
圧倒的な力を有する一族──
その一族から人間の尊厳を奪われ“道具”として扱われる人々──
こんな……こんな……人道にもとる集団が、大昔とも言えない時代まで存在していたなんて──!
「……話を戻すぞ。儂は当時、駆け出しの呪い師ということもあって、生まれつき虚弱であらせられた八雲様の御世話を任されておった。八雲様は病の後遺症で、生前からあのような異形のお姿であったのだが、それゆえに皆から疎まれておった。実の御両親も含めてな」
「だから、あの離れ家に軟禁状態にして隔離されていたわけですね」
「そうじゃ。あの不気味な容貌ゆえに“八雲様の御体は病魔の巣窟になっておられる”とまことしやかに囁かれておった。無論、根も葉もない噂じゃ。だがあの当時、儂は若かった。若さゆえに噂を鵜呑みにしていた儂は与えられた役目を来る日も来る日も呪った。…………そこを付け込まれてしまったのだろう。だから、あのようなことに……」
天津さんの光を宿さない瞳から、さらに光が失われ、止めどなく涙が溢れてきた。
そのまましばし、沈黙する。
激しい後悔──私達は、その荒波のような感情が凪ぐまで待つ。
「それは、なぜ……?」
「荒唐無稽なことに聞こえるかもしれんが、狭間ノ國は、日本の中にあって日本ではない……そんな場所だったのじゃよ」
「そういう都市伝説聞いたことある。治外法権の村で『この先、日本国憲法は通用せず』って看板が立てられてるとか……」
「犬鳴村伝説か……。政府から“特別保護区”という名目で、法律の適用外という扱いになってるって噂だけど。……もしや、そのような扱いだったんですか?」
真人さんの質問に、天津さんはゆったりと首を左右に振って否定してみせた。
「狭間ノ國は、日本という国から独立を認められていた土地じゃ。その歴史は古く、平安と呼ばれる時代から存在していたらしい」
「そんな昔から……」
「どうして、独立することが認められていたんですか?」
「狭間ノ國をまとめていたのは、比類なき力を持つ呪い師一族であった。不審な死を遂げた英傑の傍には常にその一族の影があったという。必要とあらば呪いの代行者になってもいい。そのような条件で独立権を獲得したと言われておる」
「馬鹿な。そんな世迷い言しか思えない条件で独立が認められるだなんて……」
「本当のことなのだから仕方あるまい。そもそも現代の感覚で計ろうとすることが間違っておる。今でこそ呪いは胡散臭い代物のような扱いをされることもあるが、当時は例外なく神業に等しい存在であったのだからな」
「……それで、その呪い師一族というのは一体?」
「陰陽道……というものを知っておるか?」
「まあ、聞き齧った程度には……。陰陽師──安倍晴明が有名ですね」
「じゃあ、その一族は陰陽師なんですか?」
「いや……似て非なるものじゃ。陰陽道を礎としておったが、性質的には陰陽道の起源になっている道教に近いかもしれん。その中の呪術……中でも呪詛の類いを独自に極め発展させてきた一族じゃ」
私達3人は言葉を失う。
呪い師と言っていたくらいだから、呪術を生業にしているとは思っていたけれど、まさかこんなにも大きな存在だとは思っていなかった……。
さりげなく美伽と真人さんの様子をうかがう。2人とも心なしか青ざめているように見える。
その心中は、おおよそ察することができた。
『そんな強力な呪いを破ることは、本当に可能なのか?』
そんなことを考えているんだと思われる。
目が不自由であろう天津さんだ。私達の顔に濃い動揺の色が浮かび上がったことがわからないのだろう。構うことなく言葉を続けていく。
「つくづく思う。本当にあの土地は邪径としか言いようがない。呪詛の成就のために人間を犠牲にするなど……」
「え……?」
「あの地に赴いたなら気づいたじゃろう。集落を見下ろすようにして聳えるのが呪い師達の屋敷じゃ。そして、その集落に住まわされていたのが“形代”と呼ばれていた者達じゃ。あそこに住む者は皆、人間として扱われず道具として扱われておった。通常、形代は紙や藁などで作られるのだが、あろうことかあの土地を支配していた呪い師達は人間を利用しておったのだ。呪詛の対象にして贄、文字通り呪詛のための道具ということだな」
「そんな、ひどい……!」
美伽は強いショックを受けているようだが、私はあまり驚かなかった。
過去視で集落の様子を垣間見た時に、集落の人はこう言っていた。
『月宮様の御屋敷に連れていかれた者は、二度と帰ってこねえからな……』
──そういうことだったのかと、むしろ合点がいった思いだ。
「あの土地の成り立ちなどはよくわかりました。それで……少し質問させてもらってもいいですか?」
天津さんはゆっくりと頷いて承諾した。
「初めてお会いした時に、あなたは“ヤクモサマに祟られる”と言っていましたが、ヤクモサマというのは一体なんなのですか?」
「お前達も遭遇したはずじゃ。だからこそ呪いをかけられた。白い着物姿で左半身が崩れている幽鬼──あの御方が八雲様じゃ」
「一体……何者なんですか?」
「月読八雲──あの土地を支配していた2つの家の1つ。月読家の御子息じゃ」
「そんな人が、なぜ悪霊と呼ばれる存在に……」
「………………」
真人さんの呟きに、天津さんは答えなかった。
それきり口を噤み、沈黙を守っている。
多分、そこまでわからないのだろう。
そういうことであれば仕方ない。
…………と、思っていた時だ。
「……儂の……せいかもしれん……」
うめくように、天津さんは呟いた。
「それは、どういう意味なんですか? いえそれよりも、あなたの口振りは、ただ知っているというニュアンスを越えている。天津さん……あなたは一体……?」
「あの土地を支配していたのは“月宮”と“月読”という呪い師の家じゃ。その両家には、それぞれ仕える呪い師達がいた。儂は……月読家に仕える家のひとつ、天津家の末裔なんじゃ。そして、狭間ノ國の生き残りでもある……」
「あの土地に……住んでいらしたと? 失礼ですが、天津さんはおいくつなんですか?」
「そんなことは忘れてしもうたわい。なんじゃ若造、儂が何百年も生きているように見えるのか? 何を勘違いしているのか知らんが、狭間ノ國は近代──昭和初期くらいまでは存続していたのだぞ?」
私も含め、真人さんも美伽も信じられないというように顔を強張らせている。
圧倒的な力を有する一族──
その一族から人間の尊厳を奪われ“道具”として扱われる人々──
こんな……こんな……人道にもとる集団が、大昔とも言えない時代まで存在していたなんて──!
「……話を戻すぞ。儂は当時、駆け出しの呪い師ということもあって、生まれつき虚弱であらせられた八雲様の御世話を任されておった。八雲様は病の後遺症で、生前からあのような異形のお姿であったのだが、それゆえに皆から疎まれておった。実の御両親も含めてな」
「だから、あの離れ家に軟禁状態にして隔離されていたわけですね」
「そうじゃ。あの不気味な容貌ゆえに“八雲様の御体は病魔の巣窟になっておられる”とまことしやかに囁かれておった。無論、根も葉もない噂じゃ。だがあの当時、儂は若かった。若さゆえに噂を鵜呑みにしていた儂は与えられた役目を来る日も来る日も呪った。…………そこを付け込まれてしまったのだろう。だから、あのようなことに……」
天津さんの光を宿さない瞳から、さらに光が失われ、止めどなく涙が溢れてきた。
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