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6章 済度
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「ああ、時間か……」
「一体どういうことだ、これは?」
「心配するな、別に消滅するわけじゃない。見えなくなるだけさ。俺達霊体は、こうして姿を現すだけでも凄まじく消耗するんだ。こんなこと、生きてるうちは知らなかったよ。霊も大変ってことだな」
「そう……なんだ……」
「完全に見えなくなってしまったら君達に干渉することができなくなる。一気に伝えるからしっかり聞いてくれ」
ゆっくり消えていくように見えて、そのスピードはなかなか速い。2人は、もう膝の辺りまで消えてしまっている。
「魔封じの筐だが、代用品を用いるということで本来のものよりも効力は低いと思われる。やはり最後は八雲さん本人に抗ってもらわなければならないだろう。そのためにも、彼の最愛の女性であった月宮沙雪さんの遺骨を手に入れるんだ。八雲さんは操られていながらも彼女を求めて屋敷内をさまよっている。彼女と再会させることは、きっと力になるはずだ」
「……わかった」
見えなくなる──という浸蝕は、もう腰を過ぎてしまっている。
消えてなくなるわけではないらしいけど、それでも見ていて不安になってくる。
「月宮伊吹を引き剥がしたら、八雲さんを丁重に弔ってあげてくれ」
「ああ、わかってる。でも、彼の亡骸がどこにあるかわからないんだ」
「彼の亡骸は、月宮家の東玄関付近にある詰所の収納庫──そこから通じている隠し部屋のさらに隠された牢の中だ」
「そうだったのか……」
浸蝕はとうとう首の辺りまで来てしまった。
もう間もなく、2人は見えなくなってしまう。
「3人とも、頼んだよ」
その言葉を最後に、澄人さんと栄一くんは見えなくなってしまった。
真人さんは澄人さんがいた場所を呆然と見つめている。澄人さんは真人さんにとって肉親なのだから、ショックも大きいのかもしれない。
声をかけていいものか。
逡巡していると、真人さんの方が先に口を開いた。
「兄貴達の意思を無駄にしないためにも、言われた通りにしよう」
言い切る彼の顔には、曇りが一片も見られない。
──それが、余計に哀しかった。
「……あの、真人さんは本当にそれでいいんですか?」
訊いてはいけないかもしれない。けれど、訊かずにはいられなかった。
既に亡くなっているといっても、肉親を犠牲にすることには変わりない。そんな辛い思いをしてもらいたくないから。
「心配してくれてありがとう。でも、兄貴が示した案よりいい方法は、俺には思い浮かばない……」
「それは……」
言いかけて私は口を噤んだ。
人間の心臓の代わりになるもの──何が当てはまるのかは私だって見当もつかない。
いや、思い当たるものがあったとしても、やはり犠牲となるものが必ず出てくるだろう。
「とにかく月宮邸に戻ろう」
どこか割り切れない思いを抱えたまま、私達は再び月宮邸へ引き返した。
いよいよ私達の生命の灯火は尽きようとしている。
というのも、八雲さんに遭遇したことにより呪いの刻印を刻まれてしまったからだ。
これで痣は4本──あと1つ刻まれたら……。
いや、天津さんの作ってくれた数珠がなければ既に呪いは完成していたのかもしれない。
痣が増えただけで済んだことに感謝しなければ。
しかし、いただいた数珠が壊れてしまったのは痛手である。
今の私達は丸裸にされてしまった状態といってもいい。身を守るものはといえば、残りわずかな塩くらいしかない。
けれど、その塩も八雲さんには通用しない……。
「ま、また八雲さんが現れたらどうしよう……」
美伽が不安げに呟いた。
「多分、すぐには現れないと思うよ。兄貴が言ってただろ。『霊は姿を現すだけでも消耗が激しい』って。悪霊だって霊であることには変わりないんだ。そこら辺は同じなんじゃないのかな」
時間がかかればかかるほどに八雲さんと遭遇するリスクが高まるということだ。
迅速に行動しなくては。
何世帯も住んでいたということで仏間は何ヵ所かある。
まずは最寄りの仏間で指定された材料を揃えることにした。
そこは、とても立派な仏壇がある仏間だった。
かつては荘厳な佇まいであっただろうと思われる仏壇は、廃墟になってした今、荒れて見るも無惨な姿に変わり果てている。
噎せ返るほどの闇に浮かび上がる仏間は、それだけで怖い。そこらじゅうに霊が漂う場所にいて、今さら怖がるのもおかしなことだけど。
首の後ろ辺りにチリチリとした違和感。……視線?
振り返ってもそこには誰もいない。
ただ、壁にモノクロの遺影が3枚掛けられていた。湿気で滲んでしまったのかひどくぼやけてしまっている。それが不気味さに拍車をかけていた。
──先程の視線は、彼らだったんだろうか?
「白檀の香炭ってこれかな?」
仏壇の下にある引き戸に入っていた煤けた木箱には、かろうじて“白檀香”と記されているのが読み取れる。
蓋を開けると布や和紙で厳重にくるまれた物体。包みをすべて取り去ると、縦横2センチ程度の正方形で平たいお香が姿を現した。
真人さんは1つ手に取ると、匂いを嗅いで確認する。
「これで間違いないようだ」
「じゃあ次は桐の箱ですね」
筐の本体となる桐の箱は天袋の中にあった。
先程見つけた白檀の香炭を入れる。
「あとは鏡が必要だったな。さすがに俺は持ってないぞ」
「ご心配なく。これ、使ってください」
私が提供しようと思っていたが、美伽が先に名乗りをあげた。彼女はバッグから手鏡を取り出し桐の箱に入れた。
「とりあえず揃えられる材料は全て集まったな。次は……」
天津さんからいただいた古地図と手書きの地図を照らし合わせて位置を確認する。
八雲さんの亡骸があるという東玄関付近の詰所よりも月宮家霊廟の方が近い。
そういうわけで、沙雪さんの遺骨を回収することにした。
仏間を出ようとした時であった。
『お……おおぉぉ…………』
背後から聴こえる唸り声が、私達の足を止めた。
振り返ると1人の霊。ちょうど遺影の下に佇んでいる。もしかすると、あの視線はこの霊のものだったのかもしれない。
黒い法衣姿ということは、月宮家側の呪い師ということだ。
「一体どういうことだ、これは?」
「心配するな、別に消滅するわけじゃない。見えなくなるだけさ。俺達霊体は、こうして姿を現すだけでも凄まじく消耗するんだ。こんなこと、生きてるうちは知らなかったよ。霊も大変ってことだな」
「そう……なんだ……」
「完全に見えなくなってしまったら君達に干渉することができなくなる。一気に伝えるからしっかり聞いてくれ」
ゆっくり消えていくように見えて、そのスピードはなかなか速い。2人は、もう膝の辺りまで消えてしまっている。
「魔封じの筐だが、代用品を用いるということで本来のものよりも効力は低いと思われる。やはり最後は八雲さん本人に抗ってもらわなければならないだろう。そのためにも、彼の最愛の女性であった月宮沙雪さんの遺骨を手に入れるんだ。八雲さんは操られていながらも彼女を求めて屋敷内をさまよっている。彼女と再会させることは、きっと力になるはずだ」
「……わかった」
見えなくなる──という浸蝕は、もう腰を過ぎてしまっている。
消えてなくなるわけではないらしいけど、それでも見ていて不安になってくる。
「月宮伊吹を引き剥がしたら、八雲さんを丁重に弔ってあげてくれ」
「ああ、わかってる。でも、彼の亡骸がどこにあるかわからないんだ」
「彼の亡骸は、月宮家の東玄関付近にある詰所の収納庫──そこから通じている隠し部屋のさらに隠された牢の中だ」
「そうだったのか……」
浸蝕はとうとう首の辺りまで来てしまった。
もう間もなく、2人は見えなくなってしまう。
「3人とも、頼んだよ」
その言葉を最後に、澄人さんと栄一くんは見えなくなってしまった。
真人さんは澄人さんがいた場所を呆然と見つめている。澄人さんは真人さんにとって肉親なのだから、ショックも大きいのかもしれない。
声をかけていいものか。
逡巡していると、真人さんの方が先に口を開いた。
「兄貴達の意思を無駄にしないためにも、言われた通りにしよう」
言い切る彼の顔には、曇りが一片も見られない。
──それが、余計に哀しかった。
「……あの、真人さんは本当にそれでいいんですか?」
訊いてはいけないかもしれない。けれど、訊かずにはいられなかった。
既に亡くなっているといっても、肉親を犠牲にすることには変わりない。そんな辛い思いをしてもらいたくないから。
「心配してくれてありがとう。でも、兄貴が示した案よりいい方法は、俺には思い浮かばない……」
「それは……」
言いかけて私は口を噤んだ。
人間の心臓の代わりになるもの──何が当てはまるのかは私だって見当もつかない。
いや、思い当たるものがあったとしても、やはり犠牲となるものが必ず出てくるだろう。
「とにかく月宮邸に戻ろう」
どこか割り切れない思いを抱えたまま、私達は再び月宮邸へ引き返した。
いよいよ私達の生命の灯火は尽きようとしている。
というのも、八雲さんに遭遇したことにより呪いの刻印を刻まれてしまったからだ。
これで痣は4本──あと1つ刻まれたら……。
いや、天津さんの作ってくれた数珠がなければ既に呪いは完成していたのかもしれない。
痣が増えただけで済んだことに感謝しなければ。
しかし、いただいた数珠が壊れてしまったのは痛手である。
今の私達は丸裸にされてしまった状態といってもいい。身を守るものはといえば、残りわずかな塩くらいしかない。
けれど、その塩も八雲さんには通用しない……。
「ま、また八雲さんが現れたらどうしよう……」
美伽が不安げに呟いた。
「多分、すぐには現れないと思うよ。兄貴が言ってただろ。『霊は姿を現すだけでも消耗が激しい』って。悪霊だって霊であることには変わりないんだ。そこら辺は同じなんじゃないのかな」
時間がかかればかかるほどに八雲さんと遭遇するリスクが高まるということだ。
迅速に行動しなくては。
何世帯も住んでいたということで仏間は何ヵ所かある。
まずは最寄りの仏間で指定された材料を揃えることにした。
そこは、とても立派な仏壇がある仏間だった。
かつては荘厳な佇まいであっただろうと思われる仏壇は、廃墟になってした今、荒れて見るも無惨な姿に変わり果てている。
噎せ返るほどの闇に浮かび上がる仏間は、それだけで怖い。そこらじゅうに霊が漂う場所にいて、今さら怖がるのもおかしなことだけど。
首の後ろ辺りにチリチリとした違和感。……視線?
振り返ってもそこには誰もいない。
ただ、壁にモノクロの遺影が3枚掛けられていた。湿気で滲んでしまったのかひどくぼやけてしまっている。それが不気味さに拍車をかけていた。
──先程の視線は、彼らだったんだろうか?
「白檀の香炭ってこれかな?」
仏壇の下にある引き戸に入っていた煤けた木箱には、かろうじて“白檀香”と記されているのが読み取れる。
蓋を開けると布や和紙で厳重にくるまれた物体。包みをすべて取り去ると、縦横2センチ程度の正方形で平たいお香が姿を現した。
真人さんは1つ手に取ると、匂いを嗅いで確認する。
「これで間違いないようだ」
「じゃあ次は桐の箱ですね」
筐の本体となる桐の箱は天袋の中にあった。
先程見つけた白檀の香炭を入れる。
「あとは鏡が必要だったな。さすがに俺は持ってないぞ」
「ご心配なく。これ、使ってください」
私が提供しようと思っていたが、美伽が先に名乗りをあげた。彼女はバッグから手鏡を取り出し桐の箱に入れた。
「とりあえず揃えられる材料は全て集まったな。次は……」
天津さんからいただいた古地図と手書きの地図を照らし合わせて位置を確認する。
八雲さんの亡骸があるという東玄関付近の詰所よりも月宮家霊廟の方が近い。
そういうわけで、沙雪さんの遺骨を回収することにした。
仏間を出ようとした時であった。
『お……おおぉぉ…………』
背後から聴こえる唸り声が、私達の足を止めた。
振り返ると1人の霊。ちょうど遺影の下に佇んでいる。もしかすると、あの視線はこの霊のものだったのかもしれない。
黒い法衣姿ということは、月宮家側の呪い師ということだ。
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