12 / 17
12
しおりを挟むのぼせ上がっていたのは、私だけなんだと思い知る。
ああ、私は、彼を信じていたんだ、と私は自分を嘲り笑う。
彼の誠意と好意は、唯一人の女性に向けての物だと、信じたいと思っていたのだと。
そして、その女性は私なのだと。
再会から今まで考えないようにして、自分の気持ちを否定し続けて、なのに心はもうそのつもりだったのだと。
無様だと思った。滑稽すぎて、もう涙も出ない。
一番最初に、見ていたのに。彼は、左の薬指に、指輪をしていた。それは日焼けして跡が付くぐらい長い間していたのが分かるほどだった。
外して、まさか首にしていただなんて。
滑稽すぎる。別れた彼女とのペアリングなんて。あんな言葉を信じただなんて。
その時の彼の言葉を思い出して、私の口端が、弧を描くようにゆがむ。
……裏切られてない?
私は気付く。
違う、私は、まただまされていた。
彼は言った「前の彼女とのペアリング」だと、もう、別れたと。
嘘は言っていないかもしれない。奥さんがいないなんて言った訳じゃない。奥さんとのマリッジリングなら、確かに「ペアリング」で、結婚する前は「前の彼女」かもしれない。
そのこじつけに、もう笑うしかない。
元カノに、会いたい会いたいと言っておいて、その気が全くなかっただなんて後出しするのは、欺瞞じゃなくてなんなのだ。
滑稽だと思った。屈辱的だと思った。
「奥さん」だなんて。
あんまりだ。
確かに私との逢瀬は浮気ではないのだろう、彼の基準では。体の関係もなく、ただ世間話をして食事をするだけの関係だ。手が触れることさえもない。
彼は、私がほだされていくのを、楽しんでいたのだろうか。さぞかしおもしろかっただろう。あれだけ拒絶していた女がだんだんとその気になっていくのを見るのは。
怒りに震える。
彼が私に、意図的に、フリーだと思わせたのは確かだ。私に、何かを期待させることは、全くなかったなんて、言わせない。
あんなに寄り添うように側にいて、あんなに真摯に見える誠意を向けられて。
どんなに礼儀正しくしていたとしても、私に女性としての何かを全く求めてなかったなんて、絶対に、言わせない。たとえそれを私が表向きは拒絶していたとしても。
怒りで心の中がどす黒く染まっていくようだった。
どこまでも、どこまでも落ちていくような、暗いくらい心の奥底。
もう、会いたくない。
結局、私はだまされた。
体が震えるのは、のどの奥が痛いのは、胸が軋むように痛むのは、怒りのせいだと言い聞かせた。
今日は行けなくなったと連絡をいれた。
それから、送られてくるメッセージを無視した。
次に電話の着信拒否をした。
私は静かな部屋の中で布団をかぶる。頭まで、すっぽりと。
一度は忘れられたんだから、今度だって忘れられる。
何も考えたくて眠ろうと思うのに、頭の中は彼とあの男性の会話がグルグルと回る。
考えるな、考えるな、考えるな。
眠れない、長い夜だった。
そうして、世界が、砂を噛むような、味気ない物になった。
何もかもが、どうでも良いような。私の周りで、勝手に時間が過ぎてゆく。
そして、ときどきぶり返すように吐き気のような苦しさがこみ上げてくる。彼に会いたくて、いっそ問い詰めたくて、なじりたくて。
……あんなの嘘だって、言って欲しくて。いつかのように、「留衣だけだよ」って抱きしめて欲しくて。
彼を拒絶した電話は、ならない。
着信拒否が良かったのか悪かったのか。彼からの電話が鳴らないこともまた苦痛だった。
私は、五年前と同じ、いや、それ以上の苦しさを味わっていた。
会いたくて、会いたくなくて、悲しくて、苦しくて……でも、あの頃と違って、どこか心が麻痺をしている。
涙も出ない。ただ、ぼんやりと、苦しさが私を覆う。
何もかもどうでも良いけど、おなかはすくし、生活をしなくちゃいけないから会社にも行く。淡々と日常が過ぎていって、私はあの頃のように忘れる努力も特にすることもなく。ぼんやりと苦しさに浸る。
彼は一体どう言うつもりだったんだろう。彼は私をどうするつもりだったんだろう。
思い出す彼は、どこにも他の女の影はなかった。せいぜいあの指輪程度。
いつも私を最優先にしてくれているのが分かった。
本当に奥さんなんているのだろうかと考えたりして、でも、あのときの会話を思い返し、やっぱりいるのだろうと溜息をつく。
もしかしたら、二人の関係はうまくいっていないのかもしれない。そこに私が現れた、とか?
勝手に想像しては、想像で勝手にまた落ち込んで。
押しつぶされるように痛む胸を押さえて、深く、深く息を吐く。
それでも、と私は一つだけ確信があった。
きっと彼は、また私の目の前に現れるだろう。会うことに執着していたようだから。
その時、私はどうすればいいのだろう。
考えるが、答えは出なかった。
五年前のあのときのように逃げようかとも思った。会社は知られていないだろうし、引っ越せば切ることが出来るだろう。
けれど今はそんな気力さえわかなかった。
そして私も心のどこかで、もう一度彼と会わなければいけないと、このまま逃げたらいけないのだと思っていた。
逃げるのは、きっと、解決にはならない。
けれど彼と顔を合わせたとき自分がどうなるのかと思うと、どうしようもなく恐ろしく思えて、縮こまるように彼がやってくるのを待っていた。
来て欲しくて、来て欲しくなくて。
会いたくて、会いたくなくて。
好きで好きでたまらなくて、だからこそだいっきらいで。
認めたくなかった。だけど、もう、認めよう。
逃げずに、前に進もう。
私はやっぱり、彼が好きなのだ。だからもう一度、今度ははっきりと、彼にさよならを。
0
あなたにおすすめの小説
初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日
クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。
いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった……
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新が不定期ですが、よろしくお願いします。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
走馬灯に君はいない
優未
恋愛
リーンには前世の記憶がある。それは、愛を誓い合ったはずの恋人の真実を知り、命を落とすというもの。今世は1人で生きていくのもいいと思っていたところ、急に婚約話が浮上する。その相手は前世の恋人で―――。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
いい加減こっち見ろよ!〜見た目だけだとフラれ続ける私は、どうやら幼馴染の執着愛に気づいていなかったようです。〜
こころ ゆい
恋愛
保育士の八重と外科医の一生は、小学生の頃からの幼馴染。
傍から見れば、儚く清楚に見えるらしい八重は、実は外見にそぐわぬ性格をしていた。
そのせいで、見た目につられて告白してくる男性たちは、ことごとく彼女の中身を知って離れていく。
フラれる度に、やけ食いややけ酒に付き合ってもらっている一生は優しいが、懲りずに同じような恋愛を繰り返す八重に呆れている....と思っていたら?
「....八重の可愛さは、そんなもんじゃないんです。....誰も気付かなくていい。俺だけが知ってればいい」
ーーどうやら、かなり愛されていたようです?
※じれじれ・執着・溺愛 ラブストーリー。🌱
※この物語は、全て作者の想像で描かれたフィクションです。実際の場所・建物・人物とは関係ありません。🌱
【完結】私の好きな人には、忘れられない人がいる。
Rohdea
恋愛
───あなたには忘れられない人がいる。だから私はー……
厳しい入学試験を突破したエリートだけが入学出来る王立学校に通っている、元・男爵令嬢で平民のマリエール。
この学校を首席で卒業すると、陛下から一つだけ何でも願い事を叶えてもらえるという夢のようなご褒美がある。
そんな褒美の為に、首席卒業を目指すマリエールの最大のライバルは公爵令息のルカス。
彼とは常に首位争いをする関係だった。
そんなルカスに密かに恋心を抱くマリエール。
だけどこの恋は絶対に叶わない事を知っている。
────ルカスには、忘れられない人がいるから。
だから、マリエールは今日も、首席卒業目指して勉強に励む。
たった一つの願いを叶えてもらう為に───
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる