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真麻一花

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囚心

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「おまたせ」

 ボックス席に陣取り、飲み物と料理をいくつか注文すると、凉子はおもむろに雅貴を見つめて「で?」と、静かに話を促した。
 雅貴は、息を吐いて呼吸を整えると、凉子をまっすぐに見て覚悟を決める。

「実咲と話がしたい。連絡先も何もいらない。佐藤さんが納得する条件で良いから、会えるようにセッティングしてもらいたい」
「ふぅん? 連絡先、いらないんだ。……で、実咲と何を話したいの?」
「今のところは……そうだな、謝りたいだけかな。もちろん、やり直したい気持ちは変わってないけど、それは実咲が決めることだし、今はもう、言いくるめようとかは、思ってない。ただ、謝る機会が欲しい」

 それが雅貴の出した答えだった。例え謝罪が自分の独りよがりであろうとも、他にできる事などないのだから。せめて、気持ちが伝わればいいと願う。実咲からの信頼を失った自分には、それをなくして、その先はないだろうと思うのだ。

「謝らなくても、実咲は、もう、前を向いてるし、謝られても、迷惑なだけだと思うけどね」

 いつものように雅貴の頼みは拒否されるが、どこか風向きが違うように感じた。

「そうだな、謝りたいのは、俺の自己満足だ。謝ったら許されるわけでもないし、過去も消せないし、やり直せるわけでもない。懺悔して、気分良くなるのは俺だけだろうな。その代わり、というか、謝って、やっぱり実咲が俺を許せないのなら、それ以上はもう実咲には関わらない。ちゃんと諦めて、身を引く」

 どうかな? と、凉子を見た。
 本当は、嫌がられても何度でも縋りたいとも考えた。きっと未練は残るし、引きずるだろう。けれど、それを実咲に押しつける事は、きっと彼女の傷口をえぐる事になるかもしれない。そんな事をするのは、もう、一度で良い。謝らせてもらう、この機会、一回だけで良い。実咲を苦しめることは、もう、したくない。
 凉子は眉をひそめて、探るように雅貴を見つめていた。

「諦めるなんて、ずいぶんと殊勝なことを言うじゃない」
「これでも、本当に反省しているんだけど。佐藤さんの作戦がちだよ、おめでとう。……こんなに苦しいとは、知らなかったんだ」

 苦く笑って、冗談めかしていった雅貴に、凉子が楽しげに笑った。今までのどこか嘲るような笑い方とは違う、楽しげな笑い方だった。

「ざまあみろ、だわ」

 クスクスと笑いながら、心底楽しげに運ばれてきたビールを飲む。

「……実咲は、それの何倍も苦しんで、何倍の期間もそれに耐えてきたんだからね」

 その言葉に、雅貴の胸がズキリと痛んだ。
 後悔することで過ちを取り返せたのなら、どれだけ良いだろう。けれど、実咲を傷つけたという事実は、決して消すことは出来ないのだ。
 過去の自分を殴り殺せる物ならば、そうしたいぐらいだった。

「今は、佐藤さんが、どうして俺を嫌ったか分かるよ。もし、他の誰かが実咲にこんな思いさせたのなら、きっと、俺も、許せない」
「よく言うわ」

 凉子が雅貴の言葉を鼻で笑った。
 雅貴は苦くつぶやいた。

「今更、とか思ってるだろ?」

 いかにも苛立っている顔をしている凉子を見て、雅貴は苦笑した。いや、彼女の嘲るような目は、むしろ、くたばれというレベルかもしれない。非常に、心情がよく表れた表情をしている。今、雅貴自身が過去を思い出したように、凉子もまた思い出しているのかもしれない。

「よく分かってるじゃない。まだ、謝って許してもらいたいとか思っている、その根性もむかつくし、許せないわね」

 凉子が吐き捨てるように言うのを、雅貴はその言葉がまさしく自分に向けられているというのに、ただ納得して、苦笑いを浮かべるしかできない。

「あれだけのことをしておいて、やり直したいとか、片腹痛いわね。私はね、ほんとに、近づけるのも嫌なの。わかってる? 私はね、井上くんを実咲の視界にも入れたくないの。井上くんの姿を見るだけで、実咲の傷はえぐられるの。まだ、ね。井上くんの口のうまさなら、きっと、さぞ簡単にその傷につけこめるでしょうね」
「……やろうと思ったら、できる自信がある。実咲は、お人好しだからな。でも、それじゃ、傷つけて同じ事を繰り返すって言う、佐藤さんの言葉、覚えているよ。もちろん、繰り返す気はないけど、丸め込んでも、実咲の意志を無視してのやり方じゃ、実咲の不信感は、ぬぐえないだろうし。今までの自分勝手なやり方を、実咲に押しつける気はないから。謝って、説明して、やり直したいことを伝えたら、後は、実咲にゆだねる」
「……当然ね」

 さも当たり前と言わんばかりに凉子が頷く。

「でも、よ。言い訳するのは、男らしくないわね。何よ、説明って」
「言い訳がましいのは分かってるけど、多少の言い訳ぐらいは許してくれないか?」

 雅貴は苦笑いしながら、これ以上ないぐらい下手に出て凉子を見た。


 結局、その日は「考えて置くわ」と言っただけで、実咲に関して何も教えてはもらえなかった。
 けれど、凉子の今までの態度を考えると、十分すぎるほどの進展にも思えた。
 ほっとした。
 実咲と話をしたいと焦る気持ちを抑える。寝不足の頭では感情を抑えるのが難しくなる。仕事の間は何とか取り繕っているが、家に帰るとどっと疲れが襲う。しかしそれでも眠れない夜が訪れるのだ。


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