アクセサリー

真麻一花

文字の大きさ
49 / 53
囚心

16

しおりを挟む

「おまたせ」

 ボックス席に陣取り、飲み物と料理をいくつか注文すると、凉子はおもむろに雅貴を見つめて「で?」と、静かに話を促した。
 雅貴は、息を吐いて呼吸を整えると、凉子をまっすぐに見て覚悟を決める。

「実咲と話がしたい。連絡先も何もいらない。佐藤さんが納得する条件で良いから、会えるようにセッティングしてもらいたい」
「ふぅん? 連絡先、いらないんだ。……で、実咲と何を話したいの?」
「今のところは……そうだな、謝りたいだけかな。もちろん、やり直したい気持ちは変わってないけど、それは実咲が決めることだし、今はもう、言いくるめようとかは、思ってない。ただ、謝る機会が欲しい」

 それが雅貴の出した答えだった。例え謝罪が自分の独りよがりであろうとも、他にできる事などないのだから。せめて、気持ちが伝わればいいと願う。実咲からの信頼を失った自分には、それをなくして、その先はないだろうと思うのだ。

「謝らなくても、実咲は、もう、前を向いてるし、謝られても、迷惑なだけだと思うけどね」

 いつものように雅貴の頼みは拒否されるが、どこか風向きが違うように感じた。

「そうだな、謝りたいのは、俺の自己満足だ。謝ったら許されるわけでもないし、過去も消せないし、やり直せるわけでもない。懺悔して、気分良くなるのは俺だけだろうな。その代わり、というか、謝って、やっぱり実咲が俺を許せないのなら、それ以上はもう実咲には関わらない。ちゃんと諦めて、身を引く」

 どうかな? と、凉子を見た。
 本当は、嫌がられても何度でも縋りたいとも考えた。きっと未練は残るし、引きずるだろう。けれど、それを実咲に押しつける事は、きっと彼女の傷口をえぐる事になるかもしれない。そんな事をするのは、もう、一度で良い。謝らせてもらう、この機会、一回だけで良い。実咲を苦しめることは、もう、したくない。
 凉子は眉をひそめて、探るように雅貴を見つめていた。

「諦めるなんて、ずいぶんと殊勝なことを言うじゃない」
「これでも、本当に反省しているんだけど。佐藤さんの作戦がちだよ、おめでとう。……こんなに苦しいとは、知らなかったんだ」

 苦く笑って、冗談めかしていった雅貴に、凉子が楽しげに笑った。今までのどこか嘲るような笑い方とは違う、楽しげな笑い方だった。

「ざまあみろ、だわ」

 クスクスと笑いながら、心底楽しげに運ばれてきたビールを飲む。

「……実咲は、それの何倍も苦しんで、何倍の期間もそれに耐えてきたんだからね」

 その言葉に、雅貴の胸がズキリと痛んだ。
 後悔することで過ちを取り返せたのなら、どれだけ良いだろう。けれど、実咲を傷つけたという事実は、決して消すことは出来ないのだ。
 過去の自分を殴り殺せる物ならば、そうしたいぐらいだった。

「今は、佐藤さんが、どうして俺を嫌ったか分かるよ。もし、他の誰かが実咲にこんな思いさせたのなら、きっと、俺も、許せない」
「よく言うわ」

 凉子が雅貴の言葉を鼻で笑った。
 雅貴は苦くつぶやいた。

「今更、とか思ってるだろ?」

 いかにも苛立っている顔をしている凉子を見て、雅貴は苦笑した。いや、彼女の嘲るような目は、むしろ、くたばれというレベルかもしれない。非常に、心情がよく表れた表情をしている。今、雅貴自身が過去を思い出したように、凉子もまた思い出しているのかもしれない。

「よく分かってるじゃない。まだ、謝って許してもらいたいとか思っている、その根性もむかつくし、許せないわね」

 凉子が吐き捨てるように言うのを、雅貴はその言葉がまさしく自分に向けられているというのに、ただ納得して、苦笑いを浮かべるしかできない。

「あれだけのことをしておいて、やり直したいとか、片腹痛いわね。私はね、ほんとに、近づけるのも嫌なの。わかってる? 私はね、井上くんを実咲の視界にも入れたくないの。井上くんの姿を見るだけで、実咲の傷はえぐられるの。まだ、ね。井上くんの口のうまさなら、きっと、さぞ簡単にその傷につけこめるでしょうね」
「……やろうと思ったら、できる自信がある。実咲は、お人好しだからな。でも、それじゃ、傷つけて同じ事を繰り返すって言う、佐藤さんの言葉、覚えているよ。もちろん、繰り返す気はないけど、丸め込んでも、実咲の意志を無視してのやり方じゃ、実咲の不信感は、ぬぐえないだろうし。今までの自分勝手なやり方を、実咲に押しつける気はないから。謝って、説明して、やり直したいことを伝えたら、後は、実咲にゆだねる」
「……当然ね」

 さも当たり前と言わんばかりに凉子が頷く。

「でも、よ。言い訳するのは、男らしくないわね。何よ、説明って」
「言い訳がましいのは分かってるけど、多少の言い訳ぐらいは許してくれないか?」

 雅貴は苦笑いしながら、これ以上ないぐらい下手に出て凉子を見た。


 結局、その日は「考えて置くわ」と言っただけで、実咲に関して何も教えてはもらえなかった。
 けれど、凉子の今までの態度を考えると、十分すぎるほどの進展にも思えた。
 ほっとした。
 実咲と話をしたいと焦る気持ちを抑える。寝不足の頭では感情を抑えるのが難しくなる。仕事の間は何とか取り繕っているが、家に帰るとどっと疲れが襲う。しかしそれでも眠れない夜が訪れるのだ。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

ワンナイトLOVE男を退治せよ

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVE男を退治せよ

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

処理中です...