私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花

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 好きだから中途半端は苦しい。そのうち好きになってくれるかもなんて希望と期待があった頃と違うから。全部打ち砕かれて、それでもただ待つのは苦しすぎるから、それならいっそ関わりを切った方がずっとマシだった。
 なのに謝るとか、中途半端な距離を続けるのは辛すぎる。
 たぶん高崎君はその残酷さを分かっていない。だから嫌いな私に謝るとか言えるんだ。いっそそのまま切り捨ててくれた方が優しいというのに。嫌われたって思って忘れる方がずっと幸せなのに。希望も期待も打ち砕いて、そのくせ中途半端な距離で、得ることの出来ない餌を目の前にぶら下げられて。目の前にあるのに求めることも許されず、得ることも出来ないと知っているそれを渇望する苦しみを突きつけるなんて、あまりにも残酷だ。
 それとも嫌いな人間にアピールされ続けた彼の意趣返しか。だとしたら、どれだけそれを我慢したら彼は許してくれるのだろう。どれだけ私が苦しんだら、彼は許してくれるのだろう。

「鈴! 違う! 嫌いじゃない!」

 切羽詰まったような声が追いかけてきて、もう一度私の腕が掴まれる。

「離して!」

 腕をもう一度振り切ろうとしたけれど、今度は出来なかった。痛いぐらいに掴まれて、本気で抗っているのにふりほどけない。

「も、やだぁ…」

 泣きながら、彼の手を離そうと体を引く。
 体を突っぱねて、馬鹿みたいに一生懸命腕を引く。関節も掴まれたところも痛くて、でも逃げたくて引き続ける。

「鈴っ」

 高崎君はそんな私を更に引っ張ってくる。

「離してよぉ……お願い、もう、離して下さい……お願い……お願いします……」

 泣きながら座り込む。少しだけ掴む力が弱まって、けれどそれでも離してくれずに、私の手は彼に掴まれて持ち上げられたまま。
 座り込んでわあわあ泣く私の前で彼は立ち尽くしている。
 お願いだから、こんなめんどくさい女ほっといて、もうあっちへ行って。こんな惨めな姿をいつまでも見ていないで。

「鈴、来て。話そう」

 歩道の真ん中で声を上げて泣く私に、周りを気にしている様子で彼が言う。少し引っ張られた腕を私はぐっと引っ張り返して高崎君をにらんだ。

「話なんてない。恥ずかしいなら一人で行って。こんな恥ずかしい女と一緒にいなくていい!」

 分かってる、八つ当たりだって。私だってこんなのじろじろ見られたら恥ずかしい。でも、高崎君に恥ずかしいと思われているのが、恥ずかしいよりもっとずっと悲しい。

「……っ、ぅうー……っ」

 言ってしまうと、また涙が込み上げてきて、しゃくりを上げてまた泣いて。
 さすがにもう私を放って行ってしまうと思っていたのに、おもむろに彼は溜息をついて、座り込む私の隣にしゃがんで、頭をぽんぽんと撫でて「ごめん」と呟いた。
 なんで。何で今頃そんな事するの。そんな事されたら忘れられない。諦めきれない。もっともっと好きになって、好きじゃなくなる日がまた遠ざかってしまう。

「うぁ……」

 バカみたいに、後から後から涙が出てきて、高崎君は困ったように背中やら頭やらを撫でたり、ぽんぽんと叩いたりと落ち着かない様子で、なのにずっと一緒にいてくれて、私はうれしいのか悲しいのかよく分からないままに泣く。もう、どうしたらいいのか分からなかった。

 結局私が泣いている間中、高崎君はそばにいてくれた。
 早くあっちへ行って、帰ってって思う気持ちの片隅にある「でも行かないで」って気持ち。
 まるでそれを見透かしているみたいに、どんなに「ほおって置いて」って言っても、「何で帰らないの」ってなじっても高崎君はそばにいてくれた。
 さんざんわめきちらしてようやく泣き止んだときは、喉も、目もひどいことになっていた。

 ひりひりする。
 私が手に握っているのは高崎君が渡してくれたタオル。
 ぐずっと涙も鼻水もふいて、ぎゅっと握りしめて顔を隠す。
 目の端に映る高崎君は、すっかり長期戦を決め込んでいる様子で腰を下ろして私の背中をぽんぽんと叩いている。

「……涙、止まった?」

 低い声がして、ひとまず肯く。
 そう聞かれたのは四度目だった。泣き止みかける度にそう聞かれ、涙がその度に込み上げてまた泣いてを繰り返して、四度目でようやく込み上げてくる涙がないことに気付いた。

「そうか」

 少しほっとした低い声と、変わらないぽんぽんとゆっくり背中を叩くリズム。不器用な優しさが感じられる。
 私はもう一度肯いた。

「じゃあ、ちょっと移動するか」

 立ち上がった高崎君が私の手を取って。
 繋がれた手をじっと見つめて、でもその手は私を引っ張ることはせずに、ただ私が動くのを待っていた。
 肯いてから、ゆっくり私が立ち上がりはじめると、握られていた手がはじめて引き上げるように動いた。

「……あり、が、と……」

 引きつるような声で返したけど、返事はない。うつむいている私には見えなかったけど、高崎君はきっと声に出す代わりに小さく肯くぐらいはしていたかもしれない。
 手を繋いで、無言のままゆっくりと歩く。高崎君が歩く斜め後ろを、繋がれた手に促されるまま。
 さんざん泣きわめいて、なぜか心はすっきりとしていて、心が空っぽになったような気持ちになっていた。怒りも、悲しみも今はわき上がってくることすらなく、残ってるのは、やっぱり好きだなって気持ちだけで。

 彼がどういうつもりなのか分からない。
 でも、繋がれている手を見るのも、私に歩調を合わせてゆっくり歩いてくれているのも、嬉しいなと思う私がいた。
 謝りたいというのなら聞こうと思えた。その上で、私も付きまとったことを謝って終わりにしたらいい。

 これで今度こそ終わりにしよう。

 覚悟を決めると身体が勝手に緊張して、ぴくりと自分の手がこわばるように震えた。するとそれに応えるように、繋がれた高崎君の手が少し強く握り返してくる。
 連れてこられたのは、人気のない広場の片隅だった。
 沈黙のまま、そこに突っ立って長い時間が過ぎた。
 実際はほんの数十秒程度だったのかもしれないけれど、重い空気のせいでとても長く感じた。


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