大日本帝国海軍56sアイディールタクティクス

【第一話】日米開戦に思う

　





　「やはり、対米戦を止める事は無理だったか・・・」

　
　1941年初頭、連合艦隊司令長官を務める山本五十六は、従卒の同行を断って一人で長官室に入ると、肩を落としドッカリと、椅子に崩れ落ちる様に座った。

　ドイツがポーランドへの侵攻を開始した1939年９月、帝国政府は1936年に締結された日独防共協定に、参加国としてイタリアを加えた日独伊軍事同盟へ発展させたと思いきや、イギリスとフランスがドイツへ宣戦布告したと同時に、日本からイギリス・オランダ・フランスへ宣戦布告して始めてしまった。
　第二次世界大戦とも言える今回の戦争に際し帝国陸海軍は・・・オランダ領インドシナとフランス領インドシナの他、東南アジアと南太平洋のイギリス領の占領をほぼ終えてしまい、次の段階の方針として、年内にもアメリカ合衆国へ宣戦布告する事が御前会議にて決定されてしまったのだ。
　それでも、開戦する期日を明確化されなかった事だけは、不幸中の幸いである。

　山本五十六は、アメリカへ駐在武官として赴任していた経験を根拠として、会議中はアメリカとの開戦について、終始反対を主張している訳である。
　それは、イギリス・フランス・オランダと戦端を開いて戦況が有利に進んでいる今でも、その姿勢を崩しておらず、開戦派に対して一歩も妥協する気はない。

　しかし皮肉というか、今現在、大日本帝国海軍が保有している戦力は、アメリカ海軍が保有している戦力と比較したとしても、質にしろ量にしろ、今の時点では決して劣っている訳ではない事、所謂・・・自分が推進していた事そのものが、開戦派の主張を勢いづけてもいるのである。

　因みにアメリカ海軍の1941年1月1日時点での主な戦力として・・・
　戦艦：コロラド級3隻16インチ砲8門搭載（コロラド・メリーランド・ウェストヴァージニア）、テネシー級2隻14インチ砲12門搭載（テネシー・カリフォルニア）、ニューメキシコ級3隻14インチ砲12門搭載（ニューメキシコ・ミシシッピー・アイダホ）、ペンシルバニア級2隻14インチ砲12門搭載（ペンシルバニア・アリゾナ）、オクラホマ級2隻14インチ砲10門搭載（オクラホマ・ネバダ）、ニューヨーク級２隻14インチ砲10門搭載（ニューヨーク・テキサス）の合計14隻だが、年内にノースカロライナ級2隻16インチ砲9門搭載（ノースカロライナ・ワシントン）が就役して16隻となる。
　航空母艦：ヨークタウン級3隻（ヨークタウン・エンタープライズ・ホーネット）レキシントン級2隻（レキシントン・サラトガ）ワスプ級1隻（ワスプ）レンジャー級1隻（レンジャー）の合計7隻。
　ただ、空母ホーネットは完成したばかりで、これから習熟航海を含め、実戦配備までにはそれなりの年月を必要とするであろう。
　しかしながら、年末近くなれば最新鋭の16インチ砲9門搭載の戦艦ノースカロライナ級２隻（ノースカロライナ・ワシントン）が完成する予定である。
　他に予備戦力として、戦艦：アーカンソー級2隻12インチ砲12門搭載（アーカンソー・ワイオミング）、航空母艦：アーガス級1隻（アーガス）も就役している。

　対して、1941年1月1日現在、大日本帝国海軍の主な国産の現有戦力として・・・
　戦艦：大和級2隻18インチ砲9門搭載（大和・武蔵・信濃）、加賀級2隻16インチ砲10門搭載（加賀・土佐）、長門級2隻16インチ砲8門搭載（長門・陸奥）、伊勢級2隻14インチ砲12門搭載（伊勢・日向）、扶桑級2隻14インチ砲12門搭載（扶桑・山城）、金剛級4隻14インチ砲8門搭載（金剛・比叡・榛名・霧島）の計15隻
　航空母艦：赤城級2隻（赤城・天城）、蒼龍級2隻（蒼龍・紅龍）、飛龍級2隻（飛龍・舞龍）、翔鶴級2隻（翔鶴・瑞鶴）の８隻
　これに加えて・・・
　イギリス・フランスとの開戦劈頭、シンガポールとハノイ、サイゴンの占領時にイギリスの巡洋戦艦フッド、レナウン、レパルス、空母アークロイヤル他、タウン級と呼ばれる軽巡10隻と、フランスの巡洋戦艦ダンケルク、ストラスブール他、軽巡数隻を鹵獲しており、どのように活用するか調査をしながら検討中である。
　ちなみに・・・オランダ東インド艦隊は、インド洋方面のイギリス東洋艦隊の根拠地である、セイロン島のコロンボへ撤退した模様。

　この現状を見て帝国陸海軍の対米開戦派の者達は、山本五十六を指して「この様に勝ち戦が続いているにも拘らず、早くも停戦を訴え続ける臆病者」と周囲にわめき散らして気勢を上げている。

　だが、五十六には志を同じくする先輩の米内光正や後輩の井上成美にも伝えていない思いがある。

　「悪夢で見せられている帝国の戦の推移と較べれば幾分かはマシな状況ではある・・・しかし、決して余裕がある訳ではない。必ずや勝利する側とは言えなくとも、好い方向へ辿り着いて貰いたい！」

　自分が未だ若かりし頃に海軍兵学校に入校して以来ずっと・・・毎夜毎晩、1日も途絶えることなく「入隊してから、ブーゲンビル上空で米軍機に撃墜され、自分が死ぬ瞬間まで」を走馬灯の様に、夢で見ているのだ。

　ただ、見させられている夢の中での事態の推移と、現在までの現実の事象の流れは、段々と細かくではあるものの、違いが出てきた様に感じている。

　今の時の流れで重ねてみると、悪夢で見た内容では、未だイギリス・フランスとは、1941年元旦の時点で開戦していないはずであるが、自分が生きている現実の世界では、ヨーロッパで戦争を開始したドイツに義理立てして、イギリス・フランス・オランダへの宣戦布告と進み、北東アジア・東南アジア方面に限るものの、イギリスとフランス・オランダの勢力を駆逐し、完全に追い出した上で、再占領を許すことなく抑え込んでいる。
　おまけにドイツはフランス艦隊をほぼ無傷で手に入れている。

　現時点の大日本帝国にとって太平洋方面の難敵は、オーストラリア、アメリカ領フィリピン、大陸の中華民国、中華共産党、中華各地の軍閥・・・と、まだまだ散らばった状態で残っているが、悪夢で見させられている情景よりは、日本と自分の身一つにとって好ましい方向へ大きく違ってきている。

　まぁ今の状況は、山本五十六自身少しでも良い状況になる様に足掻いてきた結果でもある。

　五十六は自分と大日本帝国が、夢で見させられている悲惨な状態へ追い込まぬ様、机の一点を見つめながら、今迄の経過に思いを馳せる・・・

　そして、イギリス・フランス・オランダのオーストラリア・インド方面で残存している、それぞれの陸海軍の戦力を思い浮かべて、気を引き締めるべく、思いが強くなるのである。