桜姫 ~50年後の約束~

雨宮よひら

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桜ノ国編

7.桜ノ別れ

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「桜姫、着きました」

「ええ、そうね」

この橋を渡ったら、もう二度と大和と会うことはないだろう。
そう思うと、涙が込み上げてきた。
(駄目よ。最後くらい笑顔でいなきゃ…)
私は、涙が溢れそうになるのを必死に堪える。


「大和、ここまで送ってくれてありがとう。大和がいたから私、今まで笑っていられた。すべて大和のお陰よ。本当にありがとう……さよなら……」

私は笑顔でそう言うと、大和の手を振り解いて走った。

「お待ちください!桜姫!」

私は、思わず足を止める。

「感謝するのは僕の方です。桜姫と一緒にいられて、僕はとても幸せでした!例え離れていても、僕はずっと桜姫の幸せを願っております!」


大和の大きな声が、背後から聞こえた。
堪えていた涙が、一気に溢れ出す。
(私も、幸せだったわ…)

--『知っていますか?この桜の木の前でお祈りすると、どんな願いも叶うらしいですよ』

--『だから僕は今、桜姫とずっと一緒にいられますようにとお祈りしました』

--『これでもう大丈夫です。僕と桜姫はこれからもずっと一緒です!』

大和と過ごした宝物のような思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
その幸福だった思い出を胸に、私は歩いていこう。
例えこの先どんな苦難が待ち受けてようとも、決して諦めないで立ち向かってみせる。

(大和、私もあなたの幸せを心から願っているわ。あなたに出会えて、本当に良かった)

私は振り返らずに、ただ前だけを向いて歩き出した。


***

--場所が変わって宮殿・玉座の間

父上は厳しい面持ちで、私を見下ろしていた。
その威圧感に、圧倒されそうになる。
流石は王者の風格といったところだ。


「そなたには失望したぞ。いったいどの面下げて、儂の前にいけしゃあしゃあと現れたのじゃ」

「申し訳ございませんでした」

私は膝まつき、頭を深く下げる。

何故なにゆえ、戻ってきた!!」

「私は何も知りませんでした。外に出て初めて民の苦しみを知り、考えを改めました。父上、浅はかな私をどうかお許しください」

「ふむ。そなたも曲がりなりにも姫だったという訳か。ところで--はどこにおる?」


張り詰めた空気が玉座の間に走る。
--ドクンドクン
私は爆発しそうな鼓動を抑え、必死に冷静を装う。

「何のことでしょうか?私は一人で脱走を試みました。大和など知りませんわ」

「あくまでしらを切るつもりか。まぁよい。自らの意思で戻ってきたことに免じて、大和のことは目を瞑ってやる。わかっておるな?そなたには明日の朝一に薔薇ノ国に出発して貰うぞ」


「はい。至急、用意致します」

(良かった…これ以上追求されたら身が持たなかったわ…)

***

玉座の間を後にして渡り廊下を歩いていると、突然、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「これはこれは、桜姫やあらしませんか」

「紅華妃…」

目を向けると豪華な衣を身に纏った、紅華妃が立っていた。
後ろには多数の侍女を引き連れている。
紅華は低い身分でありながら正室にまで上り詰めただけあって、野心家で欲深い性格だ。
その姿は毒々しくもあり、とても美しい。

「使用人と夜逃げしたて聞いたけど、たった一日でへこたれて、のこのこと舞い戻ってくるとは、とんだ笑い者どすなぁ。よくもまあ恥ずかしげもなく平然としていられる。その厚顔無恥な性格は、亡き母上である吉野ヨシノ様譲りどすか?」

容赦なく悪意ある言葉を放つ紅華妃。
普段なら何を言われても無視するが、母上の名前を出されて、私は黙ってはいられなかった。

「紅華妃、私のことは何とでも仰っても構いませんが、母上を侮辱するのはお辞めください」

「王妃であるこのわたくしに口ごたえするとは、なんと生意気な!相変わらず礼儀がなってまへんで!」

「明日からはもうその生意気な顔を見ることはございませんので、どうか御安心ください」

「ようもまぁ、次から次へと減らず口が……いつまでそないな強気な態度でいられるのか楽しみどすなぁ。なんでも噂によると薔薇ノ国の第三王子オルフェオは、えらい冷徹な男で、許嫁やった貴族令嬢をも殺したそうな。せいぜい桜姫も殺されへんよう気ぃつけるんどすなぁ」

「行くで!!」と声を掛けると、紅華妃は歩き出した。
お付きの者達も後を追うように動き出す。
桜ノ国一の美貌と謳われた紅華妃は、その美しさを父上に見初められ宮殿入りしたが、低い身分だった故に正室にはなれず、母上が亡くなるまでは側室という立場だった。

そのため、桜ノ国の中でも屈指の貴族出身だった母上を妬んでいた。
そしてその娘でもある私も当然快く思わず、小さい頃からそれはそれはいじめ抜かれたものだ。

***

翌朝--

『桜姫、どうかお元気で』

『桜姫がいないと寂しくなりますわ』

『桜姫様のことは、絶対に忘れません』

薔薇ノ国に旅立つ私を見送るために、宮殿前には、大勢の使用人たちが集まっていた。
なかには、目を腫らして泣いてる者までいる。

「みんなありがとう。私、薔薇ノ国に行っても頑張るわ」

こんなにも大勢の者たちが、私のために集まってくれたのかと思うと、感激で胸がいっぱいだった。

「姉上、どうか道中お気をつけてください」

この精悍な顔をした少年は、私の腹違いの弟・桜之助オウノスケ
とてもあの紅華妃から産まれたとは思えぬほど、心優しくてしっかりしている。

「桜之助、桜ノ国のことは任せましたよ」

「はい…!必ずや立派な王になって、姉上が守ってくれたこの国を、今度は余が守ってみせます」

とても頼もしい跡継ぎだ。
今はまだ子供だけど、桜之助はらきっと素晴らしい国王になると私は信じている。

「父上…」

「そなたのお陰で我が国は救われた。次期に薔薇ノ国の強靭な軍隊が送られてくるだろう。婚姻の話はすぐに梅ノ国にも伝わり、桜ノ国から撤退せざるを得なくなる。礼をいうぞ」

「良かった……これで安心して旅立てます。父上、どうか体調には気をつけて、長生きしてください」

私は輿に乗り込んだ。
鍛え抜かれた男数人の手で、ゆっくりと輿は持ち上げられて、周りを馬に乗った護衛が囲む。

もう二度と、ここには戻ってくることはないだろう。
辛いことも多かったが、楽しいこともあった。
私は、愛しき人の顔を思い浮かべる。

(大和、私…行ってくるわ)

心の中で、そっと呟く。
満遍なく咲き誇る桜を背に、輿は動き出す。

桜雲橋を渡り、城下町を抜けて、私は薔薇ノ国に向けて出発した。
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