桜姫 ~50年後の約束~

雨宮よひら

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薔薇ノ国編

8.薔薇ノ国

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フロール大陸の西に位置する薔薇ノ国には、到着するのに半月もの時間を要した。

「ここが、薔薇ノ国…」

私は輿の隙間から外を覗くと、感嘆の声を漏らす。
薔薇ノ国の王都は、煉瓦作りの家が立ち並び、街の中心には澄んだ川が流れていた。
息を飲むような美しさに感動する。

(木材で建設された桜ノ国とは、まるで別世界ね…)

遠くには高台に聳える大きな城が、街を見下ろしている。
私はすぐにあそこが、薔薇ノ国の王族が住まうブランブルス城だと確信した。

(あれは何かしら?輿…ではないわよね)

私が向ける視線の先には、馬が荷台を引いて颯爽と走っている。
荷台には人間が乗っていた。
なんて不思議な乗り物だろうか。

(それに薔薇ノ国の国民は皆、髪の毛も瞳の色も様々なのね。黒髪に黒い瞳しかいない桜ノ国とは随分と違うわ)

初めて見る異国の風景に私は、見るもの全てが新鮮で、輝いて見えた。

***

高台にあるブランブルス城に行くには、長い坂道を上っていくしかなかった。

輿を担いだ桜ノ国きっての力自慢の男達が、せっせと進んでいく。

ただひたすら進んでいくこと数十分、ようやくブランブルス城の門の前で輿は停まった。

「到着致しました」

私は、輿から降りると、
「うわぁ…なんて素敵なのかしら」
間近で見るブランブルス城の壮麗さに、圧巻される。

白壁に赤い屋根を基調とした、いくつもの塔が連なる華やかな王宮だ。
白壁には蔦が張り付いている。
城の前には、いくつもの薔薇の門が並んでいた。

「黒い瞳と黒い髪に民族衣装…もしや桜ノ国の姫君ではありませんか?」

栗色の髪の毛を三つ編みに結んだ、そばかすが印象的の少女に声を掛けられた。

「ええ。その通りよ。あなたは?」

「やっぱりそうでしたか!ずっとお待ちしておりました!私はこの度、桜姫様の身の回りの世話を任せられたマーニャと申します。桜ノ国から聞かされていた到着予定より数日遅れていたので、何かあったのかと心配してました」

「じ…実は激しい豪雨に見舞われまして、予定より遅れて出発しました」

私は、咄嗟に嘘をつく。
(とてもじゃないが、駆け落ちを企てて遅れたなんて、口が裂けても言えないわ)

「そうでしたのね。無事に到着して何よりです。さぁ、国王陛下がお待ちです。どうぞお入りください」

私はここまで送ってくれた自国の者達に別れの挨拶を済ますと、マーニャと共に薔薇の門に入る。

すると背後から--
「「桜姫様、万歳」」
と、万歳三唱の声が響いた。

(みんな…ありがとう…!!)

***

王宮の中は、いくつもの燭台が天井から吊り下げられており、どこもかしこも絢爛豪華な調度品で溢れ返っていた。

国王陛下のいる謁見の間にいく最中に、マーニャは、王室のことなどを詳しく教えてくれた。

現在の国王・ニグレット陛下には、王女・メリナ姫の他に三人の王子がいるが、誰が王太子になるかで競い合ってるという。
薔薇ノ国では、現国王が自ら王位継承者を決める習わしだ。

長男のアプローズ様は冷静沈着、成績優秀、頭脳明晰の切れ者で、とりわけ敵を
分析する能力に優れており、戦術を立てるのが得意だという。

次男のアシュラム様は人当たりがよく、人脈も広くて、人を惹きつける力を持っている。
三人の王子の中では彼が一番、国民から人気だという。

だが女とあれば誰彼構わず口説く遊び人で、アシュラム様にはくれぐれも注意しろと、マーニャに念を押された。

そして三男のオルフェオ様は剣術に長けており、剣の腕においては右に出る者はいない。
僅か十二歳で戦場に赴き頭角を現して以降、今まで切った敵の数は数知れず--
ついた異名が〝荊棘いばらの王子〟

その冷徹非道な性格は他国にまで伝わっている。
王位争いを巡っては、過去に暗殺未遂事件が起きたほど苛烈を極めていた。

***

謁見の間は真ん中に赤くて長い絨毯が敷かれており、数段高い壇上には二足の玉座が置かれていた。

玉座の左右には、王族の紋章である薔薇が描かれた大きな旗が、隙間風に揺られて靡いている。

この場所に座れるのは、現国王であるニグレット・ローズブレイド陛下ただ一人だけだ。

ニグレット陛下は、私を見るなり歓迎の言葉を述べてくれた。

「桜ノ国の姫君よ……よくぞ遥々、遠い所から来てくれた……我が薔薇ノ国・二十一代国王ニグレットだ……ゴホ…ゴボッ…」

黄金の冠を被り、赤い外套を纏ったニグレット陛下は、見せかけは王らしく立派だが、息は切れ切れで、顔色は悪く、座ってるのがやっとという状態だ。

「ニグレット陛下、お会い出来て光栄でございます。この度、桜ノ国から嫁いで参りました真桜と申します」

「なに……そんなに畏まることはない……今日からお主は私の娘も同然だ…王妃もそう思うだろう…ベスビアス……」

「ええ。娘がもう一人できたみたいで、わたくしも嬉しいですわ。ぜひ仲良くしましょうね」


ニグレット陛下の真横に立つベスビアス王妃は、ふふふと扇子で口元を隠しながら、上から下まで舐め回すように見てくる。

何だか値踏みされているようで、とても嫌な感じだ。 
そういえばここに来る途中も、城の者たちからジロジロと見られた。
私の身なりは、そんなに変なのだろうか--
確かに桜ノ国の民族衣装である着物は、薔薇ノ国の貴婦人が着用する、腰から裾に向かってふわりと膨らんだ、ドレスと呼ばれる召し物とは全くの別物だけれど。

「ところで桜ノ国は今--」

私はずっと気掛かりだったことをニグレット陛下に問う。

「なに、心配することはない……とっくに我が国の軍隊が桜ノ国に到着して、桜ノ国を守っているから安心するがよい……」

「とっくにでございますか!?」

「勿論ですわ。なんたって陛下は薔薇ノ国の中でもとりわけ足の速い馬ばかりを選んで、騎士たちを桜ノ国に向かわせのですから」

ベスビアス王妃が口を挟んで応える。

(私も馬で来れば良かったわ。そしたらもっと早く到着できたのに)

「ニグレット陛下、この度は我が祖国を守ってくださり誠にありがとうございます。これからは大恩ある薔薇ノ国に恩返し出来るように、精一杯頑張ります」

「ふむ……期待しているぞ……ところでオルフェオはどうした……せっかく花嫁が到着したというのに……彼奴は何をしているのだ……」

「さぁ?一体どこで何をしてるのでしょう。まったくオルフェオには困ったものですわ」

「桜姫よ……不甲斐ない息子ですまないな…… ゴホッ…ゲホッ…」

「いいえ。オルフェオ様にお会い出来る楽しみがより一層、増えましたわ」

「なんという健気な姫君なのだ……ハアハア……桜ノ姫よ…オルフェオのことを頼んだぞ……」

「期待に応えられるように頑張ります」

「さぁ…今日もう部屋に戻って休みなさい……ゲホッ…婚姻式は二週間後だ……それまでに長旅で疲れた身体を、存分に癒すといい……」

「はい。お言葉に甘えてそうさせて頂きます。では失礼します」

私は一礼するとその場を後にした。
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