桜姫 ~50年後の約束~

雨宮よひら

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薔薇ノ国編

10.薔薇ノ迷路

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翌日--
私はブランブルス城の中をマーニャに案内して貰っていた。
けれどいつの間にか、マーニャとはぐれてしまったのだ。

「ここは、どこ?」

私は帰り道も分からず、途方に暮れる。
とりあえず適当に、城の中を歩いてみることにした。
だが王宮内はあまりにも広くて、歩けば歩くほど更に迷う一方だ。

「どうしょう……」

頭を抱えて嘆いていると、前から声がした。
顔を上げると、男女が話をしている姿が見えた。

(人だわ!なんてついてるのかしら!)

私はあの人達に、帰り道を聞くことに決めた。
二人に近づくと、会話が鮮明に聞こえてきた。

「ユリイカ、髪の毛切ったんだね。似合っていて素敵だよ」

「まぁ、王子様ったら!お世辞は辞めてくださいませ」

「お世辞じゃないさ。さっきから僕の心臓がドキドキしてるのが分からないのかい?触ってみる?」

「もうっ、王子様ったらぁ!!」

私は、歩みを止めた。
なんて甘ったるい会話だろうか…
あの二人の空間だけ、とろけるような空気に包まれていた。
とてもじゃないが、話し掛けられる雰囲気ではない。

(ちょっと待って!今、あの人…王子様って言わなかったかしら?ってことは、もしかして隣にいる男性がオルフェオ様!?)

私が驚き固まっていると、女中の格好をした女性と目が合った。
女性は焦った顔をすると「では、私はこれで…」と慌ててその場を立ち去る。

すると王子と呼ばれたその男性は、私の方に向かってきた。

「君は、もしかして噂の桜姫?」

「はい、あなたは……」

「僕はこの国の第二王子、アシュラムさ」

(アシュラム……ってことは、この方がマーニャの言ってた遊び人!?)

太陽を彷彿させる橙色の癖毛に、琥珀色の瞳をした、とても見た目麗しいお姿だ。
白地に金色の豪華な刺繍が施された、煌びやかな衣装を纏っている。
アシュラム様の周りだけキラキラと輝いて見えた。

「初めまして、アシュラム様。私は桜ノ国から嫁いで参りました、真桜と申し上げます」

「もう、桜っちは堅苦しいなァ。僕のことは呼び捨てでいいよ。それから敬語も禁止ね」

「さ、桜っち!?」

私は、思わず聞き返した。
何てふざけた呼び名だろうか--

「うん。だってそっちの方が、親しみがあっていいだろう?」

そう言って得意げに笑うアシュラム様に、私はただ苦笑いを返す。

「ところでアシュラムさ……いいえアシュラム、ここはどこだかわかるかしら」

「ここは、中庭に続く回廊だよ。もしかして、迷っちゃった?」

アシュラムは首を傾げながら、意地悪そうな顔で聞く。
図星を突かれて、私は視線を泳がす。

「ご…ご察しの通りよ」

「アハハハハ。そういう、おっちょこちょいな桜っちも僕は好きだよ。まったく桜っちは可愛いなァ。オルフェオには勿体ないくらいだよ」

「んなっ……」

全身を寒気が駆け巡る。
平然と甘い言葉を並べる アシュラムは手馴れた感じで、常習犯だというのが窺い知れた。

(なんて女たらしな人のかしら。初対面なのに信じられないわ。アシュラムは女の敵よ)

私は、アシュラムには気を付けようと誓った。

***

「アシュラム、ここまで送ってくれてありがとう」

私は部屋の前につくと、ここまで連れて来てくれたアシュラムにお礼を告げる。

「また何か分からないことがあったら、遠慮なく聞いてね。僕はいつでも桜っちの味方だから」

片目を瞬かせて、白い歯をニカッと見せて、どこまでも屈託のない笑顔でアシュラムは言った。

その笑顔で見つめられたら、世の中の女性の大半は、アシュラムの虜になってしまうだろう。

今日アシュラムと初めて会って、アシュラムと接しているうちに、なぜ彼が三人の王子の中で、誰よりも人気なのか私は少しだけ分かった気がした。

王子という高貴な立場でありながら、偉ぶったりせず、誰に対しても分け隔てなく気さくに接するアシュラムに皆、心が惹かれるのだろう。


(女たらしなのは、置いといて……)



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