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一章 落ちぶれた大魔道士、オークションから救出される
1 なぜここに……!?
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(屈辱だ……。私の人生で、これほど最悪なことはない)
ひどい気分だった。
手を背中で拘束されているせいで、肩が軋む。
着せられた服……と言えるかどうかも怪しい小さく薄い布切れは、体を守らずにヒラヒラと揺れるばかり。
40歳近い男に似合うはずもないレースのリボンが肌を滑るたび、不快感が湧き上がった。
だが、なによりも神経を逆なでしてくるのは、私に向けられた視線だ。
目元を覆う華美なマスクで顔を隠した観客達。
その下劣で下品な下卑た目が、私の震える足先から屈辱に歪んだ顔までを、舐め回すように見つめてくる。
もしも視線が物理的な力を持っていたら、私は全身を串刺しにされていただろう。
――その方がよほどマシだった。これから起きると予想できることに比べれば。
『こちらが、本日最後の商品です。辺境の元・大魔道士――レイエンダ・オラトリオ。性奴隷としての出品です』
司会の男が拡声の魔道具で並べ立てたのは、私の名。
屈辱だ。屈辱すぎる。
――ここは闇オークションの会場で、私は今から競売にかけられる。
人身売買だ。奴隷制を禁じている我が国においては、許されるはずもない違法行為。
だが、裁く者はこの場に存在しない。
いるのは人間を買いに来た下衆どもと、下衆どもに私を売ろうとする下郎ども、そして私だけだ。
(この私がまさか――性奴隷として売られるなんて!! 悪ふざけにもほどがある!! 嫌がらせにしたって、私は40歳近い痩せた男だぞ!? 冗談にもならない!!)
私が出品された理由などわかりきっている。嫌がらせだ。私には敵が多かったから、そのうちの誰かの仕業だろう。
怒りで頭が沸騰しそうだった。
だが今は衝動のまま暴れるどころか、顔をわずかに逸らすことすらも、両脇に立つ屈強な男が許さない。
私は棒立ちのまま、観客席を睨みつけることしかできなかった。
『レイエンダ・オラトリオは、かつては国王直属の大魔道士、五神将の一人として活躍。この赤目と赤毛、そして今も燃え続ける砂漠を作りだした強大な魔法から〝赤熱の悪魔〟と呼ばれ、国の内外から恐れられる存在でした。しかし、ご安心ください。この男は数年前から魔力を失い、今は見ての通り、一般人よりも無力です。頬がこけるほど痩せてはおりますが、間違いなく当人であることは、魔道具による鑑定で保証されております』
司会の言葉に、会場から笑いが湧き上がる。顔を背けようとすると、近くにいた係の男に頬を掴まれ、前を向かされた。
「くそ……!! 乱暴はやめろ……!!」
怒りで頭が爆発しそうなのに、不幸にも、何も起こることはない。
『この通り、気の強さは健在です。体の方も、拡張や調教などはあえてしておりません。しかし、例の媚薬は仕込み済。落札後はいかようにも……彼は主人の情けを乞うために、なんでもすることになるでしょう』
並べ立てられるセールストークに吐き気がする。
『例の媚薬』とは、尻を洗われた後に突っ込まれた液体のことだろう。毒々しい桃色の、薬臭い粘液だった。
突っ込まれたのがそれだけだったのは幸いだが、薬の効果は厄介なものらしい。
――あまり考えたくはないが、確かに尻に違和感がある。
ありていに言うと、熱を持ち、疼いていた。
(くそ、くそ、くそ……!! 今すぐ憤死できればいいものを……!! やせた体が憎らしいっ! 食事をないがしろにしていなければ、今頃は怒りで頭を爆発させて死ねたのか!?)
胸に、わずかばかりの後悔が浮かぶ。
今の私は体力がほとんどない。長時間立っているだけでも息が上がってくるほどだ。
食事を面倒で非合理的な行為と割り切り、長年避けてきたせいだろう。
魔法が使えた頃は『栄養をとったことにする魔法』や『運動をしたことにする魔法』で健康体を維持していられた。だが魔力を喪ってからは、気が向いた時にパンを口にする程度だった。
そのせいか体はやせ細り、憤死する力すらない。
無力な私は、屈辱に震えながら、売られるのを待つしかないのだ。
――ごはんをちゃんと食べてください、レイエ。まほうにたよってばかりでは、体によくないですよ。
(……くそ、そういえば以前、あの子どもがそんなことを言っていたか)
ふいに、懐かしい顔を思い出した。
昔、拾ってしまった子どもだ。
ウェーブがかった黒髪に、意思の強い青目。そして額に二本の角が生えた、何かと面倒だった少年。
まさか今更思い出すとは。もう何年も会っていないのに。
まあ、会いたいとも思わない。
このような状況にあっては、特にだ。
こんな姿を旧知の相手に見られるくらいなら、爆散する方が千倍はマシだろう。
『それでは、入札を開始します。100万Wから。110万W、120万W……150万Wが出ました。170万、200万……』
ついに下世話な競売が始まった。上がっていく数字に吐き気がする。
私に値段がつけられている。しかもかなりの高額だ。冗談かと思っていたが、ここはスキモノの巣窟だったらしい。
(最悪だ……本当に……)
この中で一番高い数字を告げた者に、私は性奴隷として買われるのか。
舌を噛み切って死ぬという試みは、オークションに向けた仕込みをされた段階で、すでに失敗していた。
食事に積極的でない私の顎では、分厚い筋肉を噛み切ることはできなかったのだ。ただただ痛く、血の味はまずいと知っただけだった。
体力も筋力もない私にはもはや、なすすべがない。
この醜悪極まりない運命を、受け入れるしかないようだ。
(心を無にする必要があるな。魔法元素でもそらんじるか。アミス、ニュイ、サキセ――)
心の中で、とっくの昔に暗記した魔法元素を、無意味に唱える。
虚無の時間だ。だが、この先も続くであろう屈辱を乗り越えるには、虚無こそ必要だった。
心を空っぽにして、やり過ごしていくしかない。
『800万W! 800万Wが出ました! 810万W……』
拡声の魔道具でわめかれた数字に、耳を疑った。
800万Wというと、国王直属だった頃の年収くらいだ。40歳近い痩せた男の肉体に、なぜそれほどの価値を見出すのか。もの好きかつ悪趣味にもほどがある。
(テミン、スア――ああくそ、なぜ魔法元素は504種類しかないんだ。もう数え終わってしまった)
顔を歪め、舌打ちする。その直後、なぜか「900万W出ました!」とコールされた。
考えたくはないが、どうやらこの場には、舌打ちする男を辱めたがる人間が多いらしい。自分自身の先行きに暗雲しか見えず、頭を抱えたくなる。だが腕は背中で拘束されており、ビクともしなかった。
(はあ……本当に、これほど最悪なことはない……)
私は、もう何度目になるかわからないため息をついた。
――その瞬間だった。
固く閉ざされていた会場の出入り口がおもむろに、大きな音を立てて開く。
「動くな! 動けば命の保証はない!」
大きな声を上げながら、軍服の人間が十人ほど一気に、雪崩込んできた。
「我ら魔法騎士団、王の勅命により、この場を制圧する!」
白を基調とした軍服とマント、構えられた輝く剣、そして胸元の金の紋章。
――その装いの全てが、彼らが王立魔法騎士団所属の騎士であることを示していた。
「な……っ!? 騎士団だと!?」
「わ、吾輩は関係ない! 仮面を取らないでくれ! やめろ!」
会場の客どもが、そして係の者どもも、わめきながら次々に捕縛されていく。
魔法と剣技、両方を操る魔法騎士は、どの国においても最強クラスの戦力を誇る。
中でもこの国の魔法騎士は精鋭揃いで、王立魔法騎士団ともなれば、存在するだけで敵国への牽制となる存在だ。
下衆どもにも、それはわかっているらしい。先ほどまでの下卑た顔はどこへやら、まだ捕縛されていない者も怯えた様子で、ひたすらに縮こまっている。
『動けば命の保証はない』――立ち入りの際の言葉が、恐れによるパニックをも封じているようだった。
(助けが来たのか……どうやらこの国はまだ法が機能しているらしいな)
私を見張っていた者たちもまた、騎士団に怯えるばかりで、こちらに注意を払う余裕はない様子。
私はこれ幸いと、腰を落として座り込んだ。
動くなと言ってはいても、後ろ手に拘束された半裸の者を無闇に攻撃するほど、騎士団は愚かではないはずだ。
栄養失調の痩せた体では、直立しているのも限界だった。
その上――意識したくはないが、尻に注入された仕込みの薬が、私の気力体力を蝕んでいる。
プライドに賭けて顔には出さないが、腹の奥がひどく疼いていた。
ゼエ、と荒い息を吐きながら、天井を見上げる。華美で金のかかった装飾は、決して新しいものではない。
おそらくはそれなりの年月、続いてきた闇オークションだったのだろう。
現役時代からやつれて様変わりした私を、わざわざ安くはない魔道具を使ってまで本人特定したところを見るに、信用を重んじる――裏社会ではかなり大きな規模のオークションだったと推測できる。
だが、こうして騎士団に見つかっては終わりだ。ざまあない。
私を勝手に誘拐して勝手に売っぱらおうとした連中が、悲鳴を上げながら捕縛されていく様は、少しだけ愉快で気が紛れた。
「そこのあなた、もう大丈夫ですよ。今、拘束を外しますからね!」
入口から始まった捕縛が、ついに私のいるステージ付近まで及んだ。
周囲にいた者たちがどんどん拘束されていく中、私は見た目から明らかに被害者だと判断されたらしい。速やかに拘束を外され、半裸の体を隠すように毛布をかけられた。
「…………っ」
毛布がこすれるだけでも、媚薬の影響が脳を揺らし、息を呑む。
その事実に、ものすごく腹が立った。
(ええい、媚薬程度で乱れてやるものか……!!)
震えを押し隠し、助けに来た騎士を見据えて告げる。
「ステージの下に、隠し部屋が。落札された者は一旦、そこに集められるらしい」
「! 情報に感謝します。おい! ステージの下も探せ!」
「はい!」
出品される前に裏で下衆どもが話していた情報だった。脱走の糸口になるかもしれないと覚えておいたそれを告げると、騎士たちがにわかに慌ただしくなる。
隠し部屋がすぐに見つけられ、被害者たちが続々と救出された。
(ふん、どうだ。私は冷静だ。媚薬の影響など、理性でどうにでもできる)
私は頭まで毛布に包まり、適当な騎士団員にもたれかかって、その様子を眺める。
――そんな私の元へ、近づいてくる足音があった。
「あなたが隠し部屋を教えてくださったのですね。情報提供に感謝します」
「…………ッ!?」
かけられた男の声に、ひどく驚いた。
それは知り合いなどほとんどいない私が、すぐさま個体を認識できるほどに、聞き覚えのあるものだったからだ。
(ま、まさか……)
毛布の隙間から見上げる。
目の前の男はなぜか跪いており、座る私と目が合いそうになった。咄嗟に顔をそらす。
そのため、見えたのはほんの一瞬だけ。
しかし見間違えようもない。
(最悪だ……最悪の更に上を行く最悪だ……!!)
非常に見慣れた男だった。
いや、私が知っているのは、もう少し小さかった頃だが。
身長も体格も、最後に見た時より2倍か3倍は成長している。
だが、それ以外に大きな違いはない。
ウェーブがかった黒髪に、意思の強い青目。
そして、額から生えた強靭な二本の角。
(フィーリ、なぜここに……!?)
そこにいたのは、フィーリ。フルネームはフィーリウス・カノン・ウェントゥス
――かつて私が家においていた、半龍半人の男だった。
ひどい気分だった。
手を背中で拘束されているせいで、肩が軋む。
着せられた服……と言えるかどうかも怪しい小さく薄い布切れは、体を守らずにヒラヒラと揺れるばかり。
40歳近い男に似合うはずもないレースのリボンが肌を滑るたび、不快感が湧き上がった。
だが、なによりも神経を逆なでしてくるのは、私に向けられた視線だ。
目元を覆う華美なマスクで顔を隠した観客達。
その下劣で下品な下卑た目が、私の震える足先から屈辱に歪んだ顔までを、舐め回すように見つめてくる。
もしも視線が物理的な力を持っていたら、私は全身を串刺しにされていただろう。
――その方がよほどマシだった。これから起きると予想できることに比べれば。
『こちらが、本日最後の商品です。辺境の元・大魔道士――レイエンダ・オラトリオ。性奴隷としての出品です』
司会の男が拡声の魔道具で並べ立てたのは、私の名。
屈辱だ。屈辱すぎる。
――ここは闇オークションの会場で、私は今から競売にかけられる。
人身売買だ。奴隷制を禁じている我が国においては、許されるはずもない違法行為。
だが、裁く者はこの場に存在しない。
いるのは人間を買いに来た下衆どもと、下衆どもに私を売ろうとする下郎ども、そして私だけだ。
(この私がまさか――性奴隷として売られるなんて!! 悪ふざけにもほどがある!! 嫌がらせにしたって、私は40歳近い痩せた男だぞ!? 冗談にもならない!!)
私が出品された理由などわかりきっている。嫌がらせだ。私には敵が多かったから、そのうちの誰かの仕業だろう。
怒りで頭が沸騰しそうだった。
だが今は衝動のまま暴れるどころか、顔をわずかに逸らすことすらも、両脇に立つ屈強な男が許さない。
私は棒立ちのまま、観客席を睨みつけることしかできなかった。
『レイエンダ・オラトリオは、かつては国王直属の大魔道士、五神将の一人として活躍。この赤目と赤毛、そして今も燃え続ける砂漠を作りだした強大な魔法から〝赤熱の悪魔〟と呼ばれ、国の内外から恐れられる存在でした。しかし、ご安心ください。この男は数年前から魔力を失い、今は見ての通り、一般人よりも無力です。頬がこけるほど痩せてはおりますが、間違いなく当人であることは、魔道具による鑑定で保証されております』
司会の言葉に、会場から笑いが湧き上がる。顔を背けようとすると、近くにいた係の男に頬を掴まれ、前を向かされた。
「くそ……!! 乱暴はやめろ……!!」
怒りで頭が爆発しそうなのに、不幸にも、何も起こることはない。
『この通り、気の強さは健在です。体の方も、拡張や調教などはあえてしておりません。しかし、例の媚薬は仕込み済。落札後はいかようにも……彼は主人の情けを乞うために、なんでもすることになるでしょう』
並べ立てられるセールストークに吐き気がする。
『例の媚薬』とは、尻を洗われた後に突っ込まれた液体のことだろう。毒々しい桃色の、薬臭い粘液だった。
突っ込まれたのがそれだけだったのは幸いだが、薬の効果は厄介なものらしい。
――あまり考えたくはないが、確かに尻に違和感がある。
ありていに言うと、熱を持ち、疼いていた。
(くそ、くそ、くそ……!! 今すぐ憤死できればいいものを……!! やせた体が憎らしいっ! 食事をないがしろにしていなければ、今頃は怒りで頭を爆発させて死ねたのか!?)
胸に、わずかばかりの後悔が浮かぶ。
今の私は体力がほとんどない。長時間立っているだけでも息が上がってくるほどだ。
食事を面倒で非合理的な行為と割り切り、長年避けてきたせいだろう。
魔法が使えた頃は『栄養をとったことにする魔法』や『運動をしたことにする魔法』で健康体を維持していられた。だが魔力を喪ってからは、気が向いた時にパンを口にする程度だった。
そのせいか体はやせ細り、憤死する力すらない。
無力な私は、屈辱に震えながら、売られるのを待つしかないのだ。
――ごはんをちゃんと食べてください、レイエ。まほうにたよってばかりでは、体によくないですよ。
(……くそ、そういえば以前、あの子どもがそんなことを言っていたか)
ふいに、懐かしい顔を思い出した。
昔、拾ってしまった子どもだ。
ウェーブがかった黒髪に、意思の強い青目。そして額に二本の角が生えた、何かと面倒だった少年。
まさか今更思い出すとは。もう何年も会っていないのに。
まあ、会いたいとも思わない。
このような状況にあっては、特にだ。
こんな姿を旧知の相手に見られるくらいなら、爆散する方が千倍はマシだろう。
『それでは、入札を開始します。100万Wから。110万W、120万W……150万Wが出ました。170万、200万……』
ついに下世話な競売が始まった。上がっていく数字に吐き気がする。
私に値段がつけられている。しかもかなりの高額だ。冗談かと思っていたが、ここはスキモノの巣窟だったらしい。
(最悪だ……本当に……)
この中で一番高い数字を告げた者に、私は性奴隷として買われるのか。
舌を噛み切って死ぬという試みは、オークションに向けた仕込みをされた段階で、すでに失敗していた。
食事に積極的でない私の顎では、分厚い筋肉を噛み切ることはできなかったのだ。ただただ痛く、血の味はまずいと知っただけだった。
体力も筋力もない私にはもはや、なすすべがない。
この醜悪極まりない運命を、受け入れるしかないようだ。
(心を無にする必要があるな。魔法元素でもそらんじるか。アミス、ニュイ、サキセ――)
心の中で、とっくの昔に暗記した魔法元素を、無意味に唱える。
虚無の時間だ。だが、この先も続くであろう屈辱を乗り越えるには、虚無こそ必要だった。
心を空っぽにして、やり過ごしていくしかない。
『800万W! 800万Wが出ました! 810万W……』
拡声の魔道具でわめかれた数字に、耳を疑った。
800万Wというと、国王直属だった頃の年収くらいだ。40歳近い痩せた男の肉体に、なぜそれほどの価値を見出すのか。もの好きかつ悪趣味にもほどがある。
(テミン、スア――ああくそ、なぜ魔法元素は504種類しかないんだ。もう数え終わってしまった)
顔を歪め、舌打ちする。その直後、なぜか「900万W出ました!」とコールされた。
考えたくはないが、どうやらこの場には、舌打ちする男を辱めたがる人間が多いらしい。自分自身の先行きに暗雲しか見えず、頭を抱えたくなる。だが腕は背中で拘束されており、ビクともしなかった。
(はあ……本当に、これほど最悪なことはない……)
私は、もう何度目になるかわからないため息をついた。
――その瞬間だった。
固く閉ざされていた会場の出入り口がおもむろに、大きな音を立てて開く。
「動くな! 動けば命の保証はない!」
大きな声を上げながら、軍服の人間が十人ほど一気に、雪崩込んできた。
「我ら魔法騎士団、王の勅命により、この場を制圧する!」
白を基調とした軍服とマント、構えられた輝く剣、そして胸元の金の紋章。
――その装いの全てが、彼らが王立魔法騎士団所属の騎士であることを示していた。
「な……っ!? 騎士団だと!?」
「わ、吾輩は関係ない! 仮面を取らないでくれ! やめろ!」
会場の客どもが、そして係の者どもも、わめきながら次々に捕縛されていく。
魔法と剣技、両方を操る魔法騎士は、どの国においても最強クラスの戦力を誇る。
中でもこの国の魔法騎士は精鋭揃いで、王立魔法騎士団ともなれば、存在するだけで敵国への牽制となる存在だ。
下衆どもにも、それはわかっているらしい。先ほどまでの下卑た顔はどこへやら、まだ捕縛されていない者も怯えた様子で、ひたすらに縮こまっている。
『動けば命の保証はない』――立ち入りの際の言葉が、恐れによるパニックをも封じているようだった。
(助けが来たのか……どうやらこの国はまだ法が機能しているらしいな)
私を見張っていた者たちもまた、騎士団に怯えるばかりで、こちらに注意を払う余裕はない様子。
私はこれ幸いと、腰を落として座り込んだ。
動くなと言ってはいても、後ろ手に拘束された半裸の者を無闇に攻撃するほど、騎士団は愚かではないはずだ。
栄養失調の痩せた体では、直立しているのも限界だった。
その上――意識したくはないが、尻に注入された仕込みの薬が、私の気力体力を蝕んでいる。
プライドに賭けて顔には出さないが、腹の奥がひどく疼いていた。
ゼエ、と荒い息を吐きながら、天井を見上げる。華美で金のかかった装飾は、決して新しいものではない。
おそらくはそれなりの年月、続いてきた闇オークションだったのだろう。
現役時代からやつれて様変わりした私を、わざわざ安くはない魔道具を使ってまで本人特定したところを見るに、信用を重んじる――裏社会ではかなり大きな規模のオークションだったと推測できる。
だが、こうして騎士団に見つかっては終わりだ。ざまあない。
私を勝手に誘拐して勝手に売っぱらおうとした連中が、悲鳴を上げながら捕縛されていく様は、少しだけ愉快で気が紛れた。
「そこのあなた、もう大丈夫ですよ。今、拘束を外しますからね!」
入口から始まった捕縛が、ついに私のいるステージ付近まで及んだ。
周囲にいた者たちがどんどん拘束されていく中、私は見た目から明らかに被害者だと判断されたらしい。速やかに拘束を外され、半裸の体を隠すように毛布をかけられた。
「…………っ」
毛布がこすれるだけでも、媚薬の影響が脳を揺らし、息を呑む。
その事実に、ものすごく腹が立った。
(ええい、媚薬程度で乱れてやるものか……!!)
震えを押し隠し、助けに来た騎士を見据えて告げる。
「ステージの下に、隠し部屋が。落札された者は一旦、そこに集められるらしい」
「! 情報に感謝します。おい! ステージの下も探せ!」
「はい!」
出品される前に裏で下衆どもが話していた情報だった。脱走の糸口になるかもしれないと覚えておいたそれを告げると、騎士たちがにわかに慌ただしくなる。
隠し部屋がすぐに見つけられ、被害者たちが続々と救出された。
(ふん、どうだ。私は冷静だ。媚薬の影響など、理性でどうにでもできる)
私は頭まで毛布に包まり、適当な騎士団員にもたれかかって、その様子を眺める。
――そんな私の元へ、近づいてくる足音があった。
「あなたが隠し部屋を教えてくださったのですね。情報提供に感謝します」
「…………ッ!?」
かけられた男の声に、ひどく驚いた。
それは知り合いなどほとんどいない私が、すぐさま個体を認識できるほどに、聞き覚えのあるものだったからだ。
(ま、まさか……)
毛布の隙間から見上げる。
目の前の男はなぜか跪いており、座る私と目が合いそうになった。咄嗟に顔をそらす。
そのため、見えたのはほんの一瞬だけ。
しかし見間違えようもない。
(最悪だ……最悪の更に上を行く最悪だ……!!)
非常に見慣れた男だった。
いや、私が知っているのは、もう少し小さかった頃だが。
身長も体格も、最後に見た時より2倍か3倍は成長している。
だが、それ以外に大きな違いはない。
ウェーブがかった黒髪に、意思の強い青目。
そして、額から生えた強靭な二本の角。
(フィーリ、なぜここに……!?)
そこにいたのは、フィーリ。フルネームはフィーリウス・カノン・ウェントゥス
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