私が何をしたって言うんだ!

梅したら

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一章 落ちぶれた大魔道士、オークションから救出される

2 媚薬風情が生意気な……!!

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「……あの、もしつかえなければ、お顔を――」
「私は」
「! はい、どうされました?」

 フィーリが何か言おうとしたのをさえぎる。
 ――とにかく、フィーリに私の正体を知られるわけにはいかない。

「私はこれで失礼していいだろうか。見ての通りの被害者で、休息を必要としているのだが」

 私は返事をしたフィーリにではなく、背もたれとなっている団員の方を向いて問いかけた。
 団員はフィーリと私に交互に視線をやり、ためらいがちに口を開く。

「も、申し訳ありません。身柄の保護の後は、医師による診察と、事情聴取を行う決まりになっており……」
「そうか。ならば医師の元まで運んでくれ。足が弱っており、歩くのに不自由している」
「は、はい!」

 フィーリに見られないよう、毛布の中でことさらに縮こまりながら、背もたれへ囁く。
 とにかく、すぐにでもフィーリから離れる必要があった。

 今の私の無様ぶざまをかつての養い子に見せるのは、プライドが許さない。
 それにフィーリも、助けた男が私だとは知りたくもないだろう。

 ――フィーリは、私を憎んでいる。
 強く嫌っているのだ。
 だから、私とは顔も合わせたくないに違いない。

 しかし背もたれが伸ばしてきた手は、あえなく空を切った。
 手が届く直前で私の体が宙に浮いただからだ。

「ッ!?」
「では、俺が運びましょう。医師の資格も持っていますから、看病も事情聴取も、俺一人でできます」
「団長!? なにも団長みずから、そこまでしなくとも……」

 私の体は、背もたれとなっていた団員ではなく、フィーリ――どうやら魔法騎士団の団長にまでなっていたらしい――によって、横抱きに抱え上げられていた。
 咄嗟とっさに毛布を手繰たぐり寄せ、顔だけはどうにか隠す。その拍子に痩せた足が露出したが、フィーリが器用に毛布をかけなおした。

「俺は、人の世話は得意な方なんだ。さあ、第二部隊が到着したようだから、後は任せて我々は帰還しよう」

 戸惑う団員に対し、フィーリそれだけを告げる。あとは返事も待たずに、さっさと歩き出してしまった。

「ま、待て! 私は……」
「はい、なにか不都合でもありますか?」

 見下ろしてきたフィーリと、目が合った。

(しまった、顔を見られた……!!)

 いくら毛布で隠していても、至近距離で覗き込まれれば、多少は顔も髪も見えただろう。
 いや、確実に視線が合った。

「どうされました?」

 しかし、フィーリの反応は変わらない。
 軽く首をかしげ、青い瞳でこちらを見ている。

(ん……? フィーリは私の正体に、気づかなかったのか)

 そんなことがあるのかと思ったが、自分の今の容姿を思い出す。
 そういえば、今の私はかつての姿に比べ、別人と間違われるほど様変わりしているのだった。
 体は痩せこけている上、私の代名詞とも言える赤髪と赤目は、現役時代よりも大きく色褪せている。
 かつては瑞々みずみずしく輝くような髪と目だったが、今の髪は水分を失ってパサつき、目も落ちくぼんでいた。
 誘拐された時からオークションに至るまで、何度も本物かと疑われたくらいだ。最終的に魔道具での判定が必要とされた。

 その上、フィーリと最後に会ったのは10年以上前。
 私がまだ現役の魔道士だった頃のことだ。

 当時のフィーリは……何歳だったかは忘れたが、それなりに小さかったように思う。
 幼い時期にほんの数年一緒に暮らしただけの、様変わりした育ての親など、再会しても気づきはしないか。

(フィーリが私に気づいていないならば……今はこのままでいいか)

 何も問題はなくなった。私はこのまま、己の身分を隠し通せばいい話だ。
 私がレイエンダ・オラトリオだということは、いずれ下衆どもの事情聴取などから知られるだろう。
 だが、それまでに姿を消せば、全ては解決する。
 今この場で変に抵抗することは、無意味に警戒心を生ませるだけだ。

「いや、不都合はない。私は少し眠るから、必要な時に起こしてくれ」
「わかりました」

 今後の方針が決まると、途端に眠気が押し寄せてきた。今日は怒りに体力を使いすぎたから、その反動だろう。
 媚薬による腹の疼きは強まるばかりだったが、今ばかりは睡眠欲が勝とうとしていた。

 力が抜けていく体を、フィーリの腕が力強く支える。
 その寝心地は、悪くなかった。


***


「事情聴取に応じたくない……と?」
「何が起きたかは話そう。だが私の身分については一切、伏せさせてもらう」

 オークション会場に騎士団が乗り込んできた、翌日。
 王都にあるフィーリの私邸に運び込まれた私は、寝台に寝そべったまま、朝食のワゴンを押してきたフィーリと対峙たいじしていた。

 毛布を取り顔を晒しても、やはり私が誰かわかっていない様子のフィーリに、これ幸いと身分を隠す。
 本当は昨夜のうちに密かに出ていくつもりだったのだが、それは叶わなかった。
 看病と称してフィーリが夜通し傍にいたためだ。

 夜中に何度目を覚ましても、暗闇の中で青く輝く瞳がじっと私を見下ろしていた。
 そのせいで、出ていくタイミングを逃してしまった。

「しかし、名前はなんとお呼びすれば」
「あー、レンでいい。レンと呼べ」

 適当に、昔の知人に呼ばれていたあだ名を教える。
 レイエンダ・オラトリオ――私のことを、かつてのフィーリは〝レイエ〟と呼んでいた。
 縮めて『レイ』だとそのまますぎるから『レン』だ。珍しい響きでもない。私を思い出す材料にはならないだろう。

「……では、レン。身分以外は質問しても?」
「捜査に必要な情報ならば、答えよう」

 頷いてみせる。
 だがすでに犯人が逮捕されているのだから、私から得られる新しい情報は、そうないはずだ。

「話せることは全て話す。さっさと終わらせて、私を解放してくれ」

 一応、協力的な姿勢を見せてやる。
 私としては、さっさとお役御免やくごめんとなり、この邸宅を出ていきたかった。

 ――オークションで仕込まれた媚薬の効果が、限界なのだ。

 腹が疼いて仕方がない。
 あの媚薬はおそらく特殊な魔法薬で、昨夜フィーリによって行われた診察では発見されないものだった。
 もちろん、私が証言すればそれで済む話なのだが、媚薬を盛られたなどと白状するくらいなら我慢する方がマシだ。
 しかし我慢もいつまで保つだろうか。

 ――人の気配を感じるたび、尻がうずいて仕方がない。

 私に恥という感情がなければ、すぐさま後孔に指を突っ込み、かき回していたことだろう。
 理性など吹き飛びそうなほどの狂おしさが、尻を中心に、全身を襲い続けていた。

 だが私は、人一倍プライドが高いことを自覚している。
 どんなに抗いようのない魔法薬の効果だったとしても、人目のある場所で、ましてやフィーリの私邸で、我を失うことなど許せるはずがなかった。

(クソ……ッ! 媚薬風情が、私の体に生意気なまいきな……!!)

 奥歯を噛み締め、身をむしばむ屈辱に耐える。

(この程度、どうということはない……滝にでも打たれれば、治る……!! クソ、クソが……!!)

 滝行たきぎょうはしたことがないが、全身を強い水圧に晒せば、この疼きもマシになる気がした。
 そのためにも、なるべく早くフィーリの元を去る必要がある。だが今夜も見張られようものなら、脱出は不可能だ。
 ならば大人しく捜査に協力して立ち去るしかない。

「それで、私に何が聞きたいんだ。魔法騎士団の団長どの?」

 震えそうになる声を叱咤して、平然と問いかけてみせる。
 さすが私。やればできないことはない。

「……フィーリです」
「は?」
「俺はフィーリウスといいます。どうぞ、フィーリと」

 私を見つめるフィーリの青い目が、なぜか据わっていた。額の角も、朝陽を反射しているのだろうか、にぶく輝いているように見える。

「フィーリ。これでいいか?」

 生意気なガキめ、という内心は押し隠した。さっさと会話を終わらせるためだ。
 それに、相手がフィーリだから、生意気でもまだ許せた。
 フィーリは昔から反抗的な子どもだからだ。たしか反抗期というんだったか。姿形は大きくなったが、中身はあまり変わりないらしい。

「はい。ありがとうございます」

 フィーリが微笑む。どうやら返答に満足したらしい。
 だが、私の苛立いらだちは増した。

「…………ッ、~~~~!!」

 フィーリの柔らかな声を聞くだけで、頭が深く痺れたからだ。
 痺れの発生源は尻。
 媚薬にさいなまれた体が、フィーリという目の前の雄にびようとしていた。
 全身が震える。その瞬間、あることに気がついた。

(クソ……ッ! ありえない、ありえない……!!)

 昨夜フィーリによって着せられた寝間着ねまきの、股間の布が湿り気を帯びていた。
 昔から私は性欲を魔法で減衰げんすいさせ続け、その結果として勃起不全になっていたのだが、今、たないまま少量の射精をしたらしい。

 媚薬のせいだ。屈辱だ。
 だがかろうじてまだマシなことに、体は布団の中だから、フィーリには見られていない。
 私は布団の中で軽く膝を立て、股間にこれ以上刺激がいかないようにした。

「ッ、フィーリ、用があるなら、早く……っ」
「――やっぱり」

 早く済ませろと言い切る前に、フィーリによってさえぎられる。

「レン、あなた薬か何かをられていますね?」

「……盛られていないが!?」

 とりあえず大嘘をついた。
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