16 / 18
二章 落ちぶれた大魔道士、騎士団本部に連れて行かれる
5 俺、もしかして
しおりを挟む
「ジエン・ドゥ――あの男は、その容疑者なんです」
「容疑者? かなり捜査が進んでいるんだな。私の協力は不要だろう」
「魔道書読みたさで適当に返事していません?」
「…………」
とりあえず口をつぐむ。
半分真実だった。だが、別に嘘も言っていない。
フィーリは魔法騎士団の団長。
ともなれば、捜査の魔法に長けているはずだ。
あざむける者は、そういない。例外は国王直属の魔道士である五神将ぐらいだろう。
五神将と同等の腕を持つ下手人がいれば話は別だが、その可能性は低い。
五神将のみが立ち入りを許される王宮の禁書庫――あそこで読める魔道書がまず素晴らしい。思い出しただけでも心が踊る、秘められた智の数々。
更には同僚同士の研鑽によって、通常の天才より数段上の高みへと至るのが五神将だ。野生の天才が太刀打ちできる領域ではない。
つまり、フィーリならば一人で捜査は可能なはずだ。
相手が五神将でもない限りは。
「……ん? フィーリ、まさか……」
そこまで考えたところで、ふと思い当たる。
――さっき、『この国を揺るがすほどの事件』と言っていたな?
「そう。ジエンは、敵国に情報を売るスパイの容疑がかかっています。そしてその背後には黒幕として――五神将がいる可能性が高い」
「……なるほどな。五神将の裏切りか。考えにくいことではあるが……」
五神将は、国王に絶対的な忠誠を誓う。私も一応誓ってはいた。
その忠誠に揺らぎがあれば、かの王はお気づきになるだろう。国王陛下は、なんでも見通す不思議な目をお持ちだからな。
フィーリとて、それは知っている。
その上で五神将が裏切っていると言うならば、根拠はあるのだろう。
「いくつかの現場で、俺でも慎重に魔法を展開しなければ発見できないほどの、わずかな魔力の痕跡を発見しました。どれも、その場の情報を別のどこかへ送るものです。特定はできませんでしたが、黒幕は五神将級の魔道士だとわかりました」
「ふむ。陛下へ報告は?」
「していません。この件は騎士団のみで捜査してきました。陛下に謁見を申し込んだ時点で怪しまれる可能性が高かった――手口からみて、黒幕はそれくらい狡猾な人物です。しかし、一回だけ例外がありました。それが先日のオークションです」
「ム……」
先日のオークションというと、私が思い当たるものは1つだけだ。
思い出したくもない、腹立たしい記憶。
だがフィーリの申し訳なさそうな表情を見るに、まさしくあのオークションのことを言っているのだろう。
つまり――私が性奴隷として競売にかけられた、あの忌まわしいオークションだ! 思い出すだけでも本当に腹が立つ!!
「黒幕の痕跡を追う中で発見できたのがあのオークション会場でした。秘密裏に捜査したところ、入札予定の客の一人として『とんでもない大物』が来ると噂されており――その大物こそが黒幕である可能性が高かった。だから俺が、立ち入り捜査の指揮をとったのです。
ですが、現場に大物はいませんでした。痕跡だけを残して、立ち入り捜査の直前に姿を消したようなのです。――代わりに、あなたを見つけることができましたが」
「…………ッ!!」
それは忘れろ、という思いでフィーリを睨みつけると、苦笑だけ返ってきた。
「恥ずかしながら、身内を……騎士団の団員を疑ったのはそれからでした。黒幕が姿を消したのは、立ち入り捜査の状況が漏れていたとしか思えなかった。俺はあなたの保護と治療の名目で10日間の休みを確保し、一人で密かに全員の過去を洗いました」
「器用なまねができるようになったものだな」
フィーリは10日間ずっと屋敷で、私の傍にいた。逃げだす隙もなかったのだから間違いない。
その裏で、魔法で捜査を進めていたのか。魔法の遠隔操作は、対象から一歩離れるごとに複雑さが倍になると言われている。魔力だけではなく思考力やセンス、そして経験が必要な技術だ。
それを顔色ひとつ変えずにこなしていたとは、フィーリの腕は凄まじい。その魔法の腕前ならば、望めば五神将入りも可能だろう。
「あなたにはまだ敵いません」
「ふ、目標が私なら、まだまだだな」
「そうですね。励みます」
魔法は物量。最終的には経験がものをいう。
生まれてからずっと、歩行や生存に関わることさえもほぼ全て魔法で片付けてきた私に、フィーリが敵うはずがない。
まあ、もう数年もすれば違うかもしれないが。
「……捜査の結果浮上した容疑者が、ジエン・ドゥでした。あの男は一定時期以前の過去が完全に抹消されていた。どこで生まれたか、どう育ってきたか定かでないまま、経歴を詐称して魔法騎士団に入団しているんです」
「ム。たしかにそれは奇妙だな」
魔法騎士団へ入団する際は、厳しい審査が行われる決まりだ。生まれ、育ち、過去の素行全てが白日の下に晒される。昔、その過程を効率化するための魔法開発を依頼されたから間違いない。
そういった決まりを捻じ曲げられるのは、それこそ陛下か五神将くらいだろう。
「つまり五神将がスパイの黒幕で、手先がジエンというわけか」
「ええ。その可能性が現在、最も高い」
「ジエンを取り調べたところで、黒幕の情報は吐かないだろうな。そのような手抜かりをする者は五神将にはいない」
「はい。ジエンを逮捕したところで、黒幕には届かないでしょう」
ジエンが本当に五神将の誰かによるスパイならば、口を割ろうとしても割れないように精神魔法をかけられているはずだ。
違法なだけで、五神将ほどの使い手ならば難しくはない魔法だからな。
「だからお願いです、レイエ」
フィーリが、ソファに寝そべる私の前で跪いた。大きな手が、私の痩せた手を取る。
青い瞳が真っ直ぐに、こちらを見つめた。
「俺と一緒に、黒幕を見つけてもらえませんか」
「……なぜ私なんだ。その理由を先に話せ」
少し考えてから、そう告げる。
するとフィーリは眉を下げ、嬉しそうに微笑んだ。
「〝嫌だが〟じゃないんですね」
「正直、そう言いたい気持ちはあるが……今のところすぐに断る理由もない。だが、一緒に行く理由もない」
私がいなくてもいいだろうと断れたら楽だった。
しかし副団長であるジエンが疑わしい以上、騎士団に信頼できる者はいない。
私は裏切る可能性がない上に、五神将のことはある程度知っており、魔法の知識もある。
丁度いい存在だということはわかる。
だがわざわざ団長補佐とかいう立場になってまで、同行する理由はないんじゃないだろうか。
実地調査ならフィーリだけで十分だ。私はこの部屋か屋敷にいるから、質問があれば聞きに来ればいい。
「――一緒に来てほしい理由は色々あります。でも」
フィーリは掴んだままの私の手を、弱くはない力で胸に抱いた。
「一番は、あなたに傍にいてほしいからです」
青い目を伏せた男が、小さくつぶやく。
(……傍にいてほしい? こんなに大きくなってもか)
ふと、引っかることがあった。
少し前にフィーリから言われたことが脳裏をよぎる。
――『なぜ俺がレイエを嫌いながらも構うのか、教えてもいいけれど……もう少し、考えてみてくれませんか? あなたのことだから、俺に憎まれ、嫌われている理由を、気にしたこともないのでしょう?』
その件について、あれから何度か考察を試みていたが、さっぱりわからなかった。
だがついにわかったかもしれない。
フィーリは昔から、やたらとくっついてきたがる子どもだった。私が傍にいないと泣き出すこともあった。
10歳になる頃にはその癖もなくなったと思っていたが、まさか今も残っていたとは。
「……これか!? くっつき癖を発揮したい時に私が傍にいなかったから、憎んだのか?」
「え……あ、もしかして。俺があなたを憎んでいる理由、考えてくれていたんですか?」
「君が考えろと言ったんだろう」
「言いましたけど……あと、外れです」
「ぐぬ……」
あっさりと否定され、私は奥歯を噛みしめる。対して、フィーリはなぜか嬉しそうにニコニコと笑っていた。
「あなたと一緒にいたい理由は、くっつき癖じゃありませんよ。あなたは目を離すとオークションにかけられるし、媚薬を我慢するし、危なっかしすぎる」
「……もしかして、この私に売っているのか、喧嘩を」
「まさか。事実ですよ」
「やはり売っているんじゃないか……?」
売っているように聞こえるが、フィーリにそんな気はないらしい。憎らしいほど笑顔のまま、堂々としている。
と思えば、その笑顔が近づいてきた。
フィーリがソファに乗り上げ、私に覆いかぶさってくる。
(……やはりくっつき癖は健在じゃないか?)
体重はかかっていないが、ほとんど密着していて暑苦しい。
顔をそむけると、私の耳元に、唸るような低い声がささやいた。
「二度とあなたを、あんな目に遭わせたくない。そして一刻も早く黒幕を見つけ出して、その目を引き裂いてやりたい。あなたの記憶ごと、消し去ってやりたいんです」
だから協力してください、レイエ――と、待っていれば言葉が続いたのだろう。
しかしそんなものは必要がない。私はフィーリを押しのけて、ソファから降りた。
「なんだ、それならそうと早く言え」
「え?」
「騎士団も黒幕の存在を知っている以上、君がいなくても調査は進む。その前に黒幕を捕まえて、私刑がしたいんだな。ならば急ぐべきだろう」
「え……え? 一緒に来てくれるんですか?」
「その方が効率的だろう。……違ったのか? 私刑は必要がない?」
「い、いえ。したいです」
「じゃあさっさと行くぞ。立ちなさい」
面倒だが、断らない理由が断る理由を上回った。
国のためや騎士団のためであれば、後回しにしてもよかった。面倒すぎるからな。
だがフィーリ個人がやりたいことがあるのならば、面倒だが叶えてやるのが養い親の義務だろう。
残っていたサンドイッチの紙包みをいくつか掴み、ソファから立ち上がったフィーリの団服に詰め込む。昼食は終わっていないが、歩きながら食べればいいだろう。
「ま、待ってください。なんで急に、そんなに乗り気に? あなた他人の血を見るのとか嫌いですよね」
血は嫌いだ。あんな汚いもの見たがるやつの気が知れん。
「乗り気もなにも、君が望んだんだろう。ならば叶えてやるのが、養い親の義務だ」
「…………ッ!」
フィーリはなぜか絶句し、硬直した。その隙にサンドイッチを全て団服のポケットや隙間に詰め込む。
「これでお腹が空いても問題ないな。では行くぞ」
「ま、待ってくださいっ」
部屋のドアの方へと歩き出そうとすると、フィーリに腕を掴まれた。
振り向くと、片手で口元を覆ったフィーリが私を見下ろしている。
青い目と額の角が、煌々と輝いていた。
「……俺、もしかして結構、あなたに大事にされてます……?」
「容疑者? かなり捜査が進んでいるんだな。私の協力は不要だろう」
「魔道書読みたさで適当に返事していません?」
「…………」
とりあえず口をつぐむ。
半分真実だった。だが、別に嘘も言っていない。
フィーリは魔法騎士団の団長。
ともなれば、捜査の魔法に長けているはずだ。
あざむける者は、そういない。例外は国王直属の魔道士である五神将ぐらいだろう。
五神将と同等の腕を持つ下手人がいれば話は別だが、その可能性は低い。
五神将のみが立ち入りを許される王宮の禁書庫――あそこで読める魔道書がまず素晴らしい。思い出しただけでも心が踊る、秘められた智の数々。
更には同僚同士の研鑽によって、通常の天才より数段上の高みへと至るのが五神将だ。野生の天才が太刀打ちできる領域ではない。
つまり、フィーリならば一人で捜査は可能なはずだ。
相手が五神将でもない限りは。
「……ん? フィーリ、まさか……」
そこまで考えたところで、ふと思い当たる。
――さっき、『この国を揺るがすほどの事件』と言っていたな?
「そう。ジエンは、敵国に情報を売るスパイの容疑がかかっています。そしてその背後には黒幕として――五神将がいる可能性が高い」
「……なるほどな。五神将の裏切りか。考えにくいことではあるが……」
五神将は、国王に絶対的な忠誠を誓う。私も一応誓ってはいた。
その忠誠に揺らぎがあれば、かの王はお気づきになるだろう。国王陛下は、なんでも見通す不思議な目をお持ちだからな。
フィーリとて、それは知っている。
その上で五神将が裏切っていると言うならば、根拠はあるのだろう。
「いくつかの現場で、俺でも慎重に魔法を展開しなければ発見できないほどの、わずかな魔力の痕跡を発見しました。どれも、その場の情報を別のどこかへ送るものです。特定はできませんでしたが、黒幕は五神将級の魔道士だとわかりました」
「ふむ。陛下へ報告は?」
「していません。この件は騎士団のみで捜査してきました。陛下に謁見を申し込んだ時点で怪しまれる可能性が高かった――手口からみて、黒幕はそれくらい狡猾な人物です。しかし、一回だけ例外がありました。それが先日のオークションです」
「ム……」
先日のオークションというと、私が思い当たるものは1つだけだ。
思い出したくもない、腹立たしい記憶。
だがフィーリの申し訳なさそうな表情を見るに、まさしくあのオークションのことを言っているのだろう。
つまり――私が性奴隷として競売にかけられた、あの忌まわしいオークションだ! 思い出すだけでも本当に腹が立つ!!
「黒幕の痕跡を追う中で発見できたのがあのオークション会場でした。秘密裏に捜査したところ、入札予定の客の一人として『とんでもない大物』が来ると噂されており――その大物こそが黒幕である可能性が高かった。だから俺が、立ち入り捜査の指揮をとったのです。
ですが、現場に大物はいませんでした。痕跡だけを残して、立ち入り捜査の直前に姿を消したようなのです。――代わりに、あなたを見つけることができましたが」
「…………ッ!!」
それは忘れろ、という思いでフィーリを睨みつけると、苦笑だけ返ってきた。
「恥ずかしながら、身内を……騎士団の団員を疑ったのはそれからでした。黒幕が姿を消したのは、立ち入り捜査の状況が漏れていたとしか思えなかった。俺はあなたの保護と治療の名目で10日間の休みを確保し、一人で密かに全員の過去を洗いました」
「器用なまねができるようになったものだな」
フィーリは10日間ずっと屋敷で、私の傍にいた。逃げだす隙もなかったのだから間違いない。
その裏で、魔法で捜査を進めていたのか。魔法の遠隔操作は、対象から一歩離れるごとに複雑さが倍になると言われている。魔力だけではなく思考力やセンス、そして経験が必要な技術だ。
それを顔色ひとつ変えずにこなしていたとは、フィーリの腕は凄まじい。その魔法の腕前ならば、望めば五神将入りも可能だろう。
「あなたにはまだ敵いません」
「ふ、目標が私なら、まだまだだな」
「そうですね。励みます」
魔法は物量。最終的には経験がものをいう。
生まれてからずっと、歩行や生存に関わることさえもほぼ全て魔法で片付けてきた私に、フィーリが敵うはずがない。
まあ、もう数年もすれば違うかもしれないが。
「……捜査の結果浮上した容疑者が、ジエン・ドゥでした。あの男は一定時期以前の過去が完全に抹消されていた。どこで生まれたか、どう育ってきたか定かでないまま、経歴を詐称して魔法騎士団に入団しているんです」
「ム。たしかにそれは奇妙だな」
魔法騎士団へ入団する際は、厳しい審査が行われる決まりだ。生まれ、育ち、過去の素行全てが白日の下に晒される。昔、その過程を効率化するための魔法開発を依頼されたから間違いない。
そういった決まりを捻じ曲げられるのは、それこそ陛下か五神将くらいだろう。
「つまり五神将がスパイの黒幕で、手先がジエンというわけか」
「ええ。その可能性が現在、最も高い」
「ジエンを取り調べたところで、黒幕の情報は吐かないだろうな。そのような手抜かりをする者は五神将にはいない」
「はい。ジエンを逮捕したところで、黒幕には届かないでしょう」
ジエンが本当に五神将の誰かによるスパイならば、口を割ろうとしても割れないように精神魔法をかけられているはずだ。
違法なだけで、五神将ほどの使い手ならば難しくはない魔法だからな。
「だからお願いです、レイエ」
フィーリが、ソファに寝そべる私の前で跪いた。大きな手が、私の痩せた手を取る。
青い瞳が真っ直ぐに、こちらを見つめた。
「俺と一緒に、黒幕を見つけてもらえませんか」
「……なぜ私なんだ。その理由を先に話せ」
少し考えてから、そう告げる。
するとフィーリは眉を下げ、嬉しそうに微笑んだ。
「〝嫌だが〟じゃないんですね」
「正直、そう言いたい気持ちはあるが……今のところすぐに断る理由もない。だが、一緒に行く理由もない」
私がいなくてもいいだろうと断れたら楽だった。
しかし副団長であるジエンが疑わしい以上、騎士団に信頼できる者はいない。
私は裏切る可能性がない上に、五神将のことはある程度知っており、魔法の知識もある。
丁度いい存在だということはわかる。
だがわざわざ団長補佐とかいう立場になってまで、同行する理由はないんじゃないだろうか。
実地調査ならフィーリだけで十分だ。私はこの部屋か屋敷にいるから、質問があれば聞きに来ればいい。
「――一緒に来てほしい理由は色々あります。でも」
フィーリは掴んだままの私の手を、弱くはない力で胸に抱いた。
「一番は、あなたに傍にいてほしいからです」
青い目を伏せた男が、小さくつぶやく。
(……傍にいてほしい? こんなに大きくなってもか)
ふと、引っかることがあった。
少し前にフィーリから言われたことが脳裏をよぎる。
――『なぜ俺がレイエを嫌いながらも構うのか、教えてもいいけれど……もう少し、考えてみてくれませんか? あなたのことだから、俺に憎まれ、嫌われている理由を、気にしたこともないのでしょう?』
その件について、あれから何度か考察を試みていたが、さっぱりわからなかった。
だがついにわかったかもしれない。
フィーリは昔から、やたらとくっついてきたがる子どもだった。私が傍にいないと泣き出すこともあった。
10歳になる頃にはその癖もなくなったと思っていたが、まさか今も残っていたとは。
「……これか!? くっつき癖を発揮したい時に私が傍にいなかったから、憎んだのか?」
「え……あ、もしかして。俺があなたを憎んでいる理由、考えてくれていたんですか?」
「君が考えろと言ったんだろう」
「言いましたけど……あと、外れです」
「ぐぬ……」
あっさりと否定され、私は奥歯を噛みしめる。対して、フィーリはなぜか嬉しそうにニコニコと笑っていた。
「あなたと一緒にいたい理由は、くっつき癖じゃありませんよ。あなたは目を離すとオークションにかけられるし、媚薬を我慢するし、危なっかしすぎる」
「……もしかして、この私に売っているのか、喧嘩を」
「まさか。事実ですよ」
「やはり売っているんじゃないか……?」
売っているように聞こえるが、フィーリにそんな気はないらしい。憎らしいほど笑顔のまま、堂々としている。
と思えば、その笑顔が近づいてきた。
フィーリがソファに乗り上げ、私に覆いかぶさってくる。
(……やはりくっつき癖は健在じゃないか?)
体重はかかっていないが、ほとんど密着していて暑苦しい。
顔をそむけると、私の耳元に、唸るような低い声がささやいた。
「二度とあなたを、あんな目に遭わせたくない。そして一刻も早く黒幕を見つけ出して、その目を引き裂いてやりたい。あなたの記憶ごと、消し去ってやりたいんです」
だから協力してください、レイエ――と、待っていれば言葉が続いたのだろう。
しかしそんなものは必要がない。私はフィーリを押しのけて、ソファから降りた。
「なんだ、それならそうと早く言え」
「え?」
「騎士団も黒幕の存在を知っている以上、君がいなくても調査は進む。その前に黒幕を捕まえて、私刑がしたいんだな。ならば急ぐべきだろう」
「え……え? 一緒に来てくれるんですか?」
「その方が効率的だろう。……違ったのか? 私刑は必要がない?」
「い、いえ。したいです」
「じゃあさっさと行くぞ。立ちなさい」
面倒だが、断らない理由が断る理由を上回った。
国のためや騎士団のためであれば、後回しにしてもよかった。面倒すぎるからな。
だがフィーリ個人がやりたいことがあるのならば、面倒だが叶えてやるのが養い親の義務だろう。
残っていたサンドイッチの紙包みをいくつか掴み、ソファから立ち上がったフィーリの団服に詰め込む。昼食は終わっていないが、歩きながら食べればいいだろう。
「ま、待ってください。なんで急に、そんなに乗り気に? あなた他人の血を見るのとか嫌いですよね」
血は嫌いだ。あんな汚いもの見たがるやつの気が知れん。
「乗り気もなにも、君が望んだんだろう。ならば叶えてやるのが、養い親の義務だ」
「…………ッ!」
フィーリはなぜか絶句し、硬直した。その隙にサンドイッチを全て団服のポケットや隙間に詰め込む。
「これでお腹が空いても問題ないな。では行くぞ」
「ま、待ってくださいっ」
部屋のドアの方へと歩き出そうとすると、フィーリに腕を掴まれた。
振り向くと、片手で口元を覆ったフィーリが私を見下ろしている。
青い目と額の角が、煌々と輝いていた。
「……俺、もしかして結構、あなたに大事にされてます……?」
12
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる