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第四話 騎士の熱心な誘い
しおりを挟む最近、店に立つミラの表情はげんなりとしていた。
いつも笑顔を絶やさない看板娘と評判のミラの表情が曇る理由、それは目の前の男にある。
「君の素晴らしさをより多くの者のために、そして君自身のために使わないか?」
「甘い話には近寄らない主義なので」
「それは素晴らしい! 貴重な存在だ。保護すら必要なのではと思えるな」
「あたしにはそんなの必要ありませんから! 会ったばかりのあなたを簡単に信用できると思う?」
「それはそうだな……。慎重な点は美徳と言える」
赤茶の髪に華やかな顔立ちの騎士ギルバート、彼はここ数日この店に通っていた。騎士の装いも彼の顔立ちを引き立て、道を行きかう女性の目は彼に集まる。
周囲の目にはギルバートが一人の少女に熱心にアプローチしているかのように映るだろう。ある意味ではそれは当たっている。
ギルバートはミラの持つ付与の力に気付いてしまったのだ。
先程の言葉も全て、優れた付与の力を国のため、人々のために活かさないかという誘いでしかない。付与という言葉を使えば、彼女に危険が及ぶであろうと伏せているため、異なる意味を持って聞こえてしまうのだ。
隠していた付与の力に気付かれたミラはうんざりした表情でギルバートの誘いを拒む。
「あたしの気持ちはもうわかって頂けましたか?」
「あぁ、もちろんだ。これ以上、仕事の邪魔をしてはいけない」
「わかったなら、今後は……」
「では、明日また来ることにしよう」
そう言って微笑むとひらひらと手を振ってギルバートは去っていく。むっとした表情を浮かべるミラだが、彼は気にした様子もない。
少し離れた場所からニマニマと見ていたエルザがミラの元に近付く。
「今日も口説きに来たね、あの騎士様!」
「口説きに来たって……違いますよ!」
確かにギルバートはミラの付与の力をかっているようで、熱心である。その能力を活かせと口説きに来ているので、あながち間違いでもないのだが、皆が想像するような甘いものではない。
「だけどさ、あれから頻繁に通ってくれるじゃないか。うちとしてはありがたいお客様だねぇ」
「……まぁ、そういう点ではそうなんですけどね」
こうして訪れるたびに、ギルバートは必ずなにか買っていってくれる。
特に妹ジルの作ったものを購入してくれるのは、ミラとしてもありがたいことではあるのだ。
もちろん、それはミラが施した小さな付与の力を試したいという理由があるのだろう。だが、それでもなにも購入しないよりミラの印象を良くしていた。
「単純すぎるとは思うんだけどね」
「ん? なにか言ったかい?」
「いえ! 仕事の続きをしなくっちゃ!」
自分の中で少しずつ印象が良くなるギルバートのことを振り払うように、ミラは仕事へと意識を傾けるのだった。
「気まぐれで市井の者に声をかけるべきではありません」
「そうだな。お前はいつだって正しいよ、アレックス」
「そうやって適当に話を流さないでください」
街を歩きながら、ギルバートはアレックスの小言に肩を竦める。
アレックスの小言が多いのはいつものことだが、最近はもっぱらミラのことで注意を受けているのだ。
「彼女があなたに気がないからいいようなものの、ご自身の立場をもう少しお考え下さい」
「立場というが、俺はどうせ家を継ぐことはない。魔力なしだからな」
「……ギルバート様。そのようにご自身を軽んじないでください。ギルバート様がご自身の御力のみで副長になられたのは周知の事実なのですから」
「はいはい。ありがとうな」
貴族に生まれながら魔力がない――それは一族の恥と言われることすらある。だが、ギルバートは己の能力で若くして騎士団副長に上りつめた。
そんな彼をアレックスは心から尊敬していた。
だからこそ、気軽に街の少女を口説こうとするその姿勢に憤りを感じるのだ。
「しかし、お前にも彼女自身にもこの素晴らしさが理解できないことが問題だな」
「……随分とご執心のようですが、避けられていらっしゃいますね」
「うっ! それは彼女が奥ゆかしい少女だからで……」
「かなりはっきりと拒絶なさっておりましたね。やはり、ギルバート様の外見がその……」
「なにを言う! 俺の顔立ちは整っていると巷では評判だぞ?」
たしかに顔立ちが整っているのだが、華やかな容姿は騎士としてはくだけた印象になる。言葉を選ばずに言うと少々軽薄にも見えてしまう。
これは魔力を持たないことによって、一時的に貴族の世界と距離を置いたせいでもあるだろう。つくづく、損な人だとアレックスには思えるのだ。
「まぁ、いい。俺はあの子のことを諦めないからな」
彼女の力は本物である。アクセサリーや小物には小さな付与がかけられている。それがどれも異なった付与なのだ。
魔力の付与にも属性による影響を受ける。属性の数が多い程、付与をかけられる属性も増えるのだ。
店に足を運ぶたびに、込められた付与の多様さにギルバートは驚かされる。
彼としてはなぜ、この付与に皆が気付かぬのか不思議で仕方ない。
まだまだ少女にアプローチを続けると言うギルバートの言葉に、アレックスは尊敬する人物の残念な一面を知った気持ちになるのだった。
*****
翌日もまた現れたギルバートに呆れた表情を隠さないミラ、そんな様子にもめげることなく彼は話しかける。
「また来たんですね」
「これで俺の誠意を信じてもらえるか?」
はたから見れば、ミラという少女とギルバートという騎士の恋が始まる予感に満ちている光景だろう。
しかし、実際は付与という能力を買う騎士とそれを周囲に知られまいとする少女の必死の攻防である。
「まだ無理です。というか、始めからずっと断ってるでしょう?」
「はは、俺は諦めが悪い性分なんだ」
笑うと存外爽やかなギルバートだが、ミラはむっとした表情のままである。
ミラが心を許さないのは別にギルバートを警戒してだけのことではない。
家族から離されて過ごした6歳以降の日々、全属性と期待された結果、力が顕現出来なかったあの日、叔父一家からも婚約者からも見捨てられたのだ。
その不信感はなかなか消えることはない。付与の力に目覚めたときも、ジル以外に伏せたのはそんな事情があるからだ。
「――どうした? 顔色が悪いぞ」
「なんでもない。ちょっと、考え事していただけで……あ!」
みゃうみゃうと小さな鳴き声を上げ、てとてとと二匹の子猫が近寄って来る。
どちらもミルクのように真っ白で青い瞳が愛らしい。
最近、顔を出さないため心配していたのだが、二匹とも健康そうでミラはほっと胸を撫で下ろす。
「そっくりでしょ? オスとメスの双子なの」
「そうか」
「……平気なの?」
「そんな小さな猫を恐れる必要はないだろう」
オスとメスの双子だと告げたのはあえてのことだ。
この国では双子は不吉の象徴、特に男女の双子を忌み嫌う者が多いのだ。
子猫の状況をミラが心配していたのにはそんな事情もある。家に連れて帰ろうかと何度も悩んだものだ。
「そうじゃなくって……男女の双子って縁起が悪いでしょう?」
「そんな迷信、気にするものか。当代のお妃さまは双子の女児を授かった。今後、そのような迷信は払拭されていくだろう」
「……ならいいね」
騎士と言えば貴族の生まれ、そんなギルバートが言うのであれば本当なのだろう。
二人の姫が双子であるという事実は驚きを持って民に受け入れられた。だが、まさか王族に向けて公に不吉であるなどと言う者はいない。
それが今後の人々の考えを変える可能性があるのは小さな希望である。
「あ! ねぇ、待って!」
こちらに近付いてきた子猫達は、歩く人々の足音に驚いて走り出してしまった。
今度こそ保護しようと考えていたミラの表情は曇る。
そんなミラにギルバートが気遣いつつ、声をかける。
「なぁ、これは提案なんだが……君に依頼をしてもかまわないだろうか?」
「依頼?」
ミラを見て微笑むギルバートの眼差しは真剣なものだ。
騎士であるギルバートの突然の言葉に戸惑うミラだが、先程の子猫を前にした彼の反応が頭によぎる。
迷信などに惑わされない心を目の前の男は持っている――ほんの少し、ミラの心の中でギルバートへの信頼が増していた。
とりあえず、彼の話を聞こうとミラは思うのだった。
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