胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり

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第一章

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 あの一件以来、鉄堅を避けまくって、俺は一人で職員室へ向かった。


 退部届けを陸上部顧問の先生にだすと、先生は辞める理由を聞いた。

「どうして辞めるんだ、お前はこれからだと思っていたが」
「足が痛くて」
「成長痛じゃないか? 少し我慢すれば痛くなくなる」
「我慢してまでやりたくなくて、すみません」
「そうか、残念だ」

残念と言ってもらえるだけでありがたいと思った。残念がられる程のタイムを自分は持っていないし、この先も出せそうにない。一礼して、職員室をでると、鉄堅が立っていた。本当に気持ち悪いくらいに何処からでも出てくる。

「葉月ちゃん、部活やめるの? 」
「あぁ、だからもう一緒に帰らないから」

鉄堅は、俺の横を通り過ぎて、ずかずかと職員室へ入っていくと、陸上部顧問の先生に突然宣言した。

「先生、僕も部活辞めます」
「は? 暮、何を」
「じゃ、そういうことで」
「くれっ!! 暮、馬鹿を言うな、もうすぐ大会があるんだぞ、お前は駅伝の選手なんだから」
「どうでもいいです」

捕まれた腕を冷たく振り払って、鉄堅は葉月の元へ帰ってきた。

「これで一緒に帰れるね」

葉月は目を見開いて固まった。何を言ってるんだ? 混乱で固まってると、陸上部の先生が、こちらにきて、鉄堅の肩を掴んだ。

「こら暮、今は辞めちゃいかん」
「僕の自由です、別に陸上なんかやりたくなかったし」
「え? いや、しかし」
「葉月ちゃんと帰るから、もう離してください」

「葉月って、戸村のことか? 戸村、お前からも説得してくれ、こいつには約束された未来が有るんだ突然辞めるなんてもったいない」

顔がカッと赤くなった。俺が辞めるときは残念で、鉄堅が辞める時は未来があるからだめなんだ、悔しい。なんなんだよ、俺に格の違いでも見せ付けたいのかよ。ギリギリと噛み締めた奥歯が痛い。涙が競り上がってきて、身体が怒りで震えた。

「知りません」

どいつもこいつも馬鹿にしやがって。プイッと歩きだすと、ヒタヒタという何時もの鉄堅の足音が後をついてくる。腸が煮え繰り返る。

「ついてくるな」

怒鳴ると、足音が止まった。でもどうせ、俺がそこの角を曲がったらついてくる。鉄堅の行動なんか簡単に予測できてしまう。だけど……陸上部を辞めるとは思わなかった。葉月は、きゅっと胸を押さえた。この妙な罪悪感はなんなのか。

「あいつが勝手に辞めるって言うんだ、知るか」

俺と帰りたいから辞めるなんて、陸上部のエースの癖に軽い理由を憎々しく思った。でも自分だってあいつと居たくないから辞める。軽さは似たようなものなのかもしれない。ただ、アイツは必要とされていて、俺は必要とされていないだけ。俺の方が先に陸上をやってたのに。

勉強もスポーツもアイツだけどんどん出来るようになっていく。アルファだからだ。憎い。うちの家庭を壊したアルファは、こんなに簡単に俺から大切なものを奪っていく。一緒に居たくない。

それ以来、俺は鉄堅とは頑なに喋らなかった。学校の帰りも行きも露骨に避けた。最初の方は鉄堅も無理に合わせようとして遅刻ギリギリになったり、朝早く出掛けたりと葉月の行動に合わせようと必死な様子だったが、次第に諦めて、距離は自然と出来ていった。



中学三年の三学期の最後の進路希望面談で、葉月は、先生に1つ質問をした。

「先生、鉄堅はどこを受けますか? 」
「なんだ、お互い同じことを聞くなら直接聞けば良いだろ」
「俺は……てっけんと同じ高校へ行きたくないんです、先生お願いです、違う高校へ行きたい、協力してください」

葉月の声が思いの外切羽詰まって暗かったので、先生は成績表から目を離して葉月をじっと見詰めた。

「お前たち何か有ったのか? 」

「アイツはアルファで、俺はオメガです、先生に言えない事もあります」

屈辱的な告白だったが、これを言えば先生は察してくれるだろうと思った。思惑通り先生は、困惑気味に頷く。

「そうか、まさかと思うが暮に何かされたとか? 」
「……離れられれば良いです」
「そうか、うん、ま、そうだな、暮はこのままだと仰暒高校だ、私立は受けないと言っていた」

「そうですか」
「ただ、お前と同じ高校を受験したいとも言っていてな、これは、その、できれば暮には、仰暒を受けて欲しいから」
「僕もそれを望んでます、暮には俺の成績がよくなって仰暒を受けると言えばあいつも受けるはずです」

 まぁ、それは騙すのには無理が有るかもしれないが、俺が仰暒に憧れていることは鉄堅は知っている。

「騙すことになりますが、お互いの為と思って先生協力してください」
「で、お前は何処を受けるんだ」
「俺は、東青高校を受験します」
「お前の家から1時間弱か、遠いが大丈夫か?」
「はい」
「仰暒と真逆の方向だな……解った、もし何かこの先も困ったことがあったら先生を頼るんだぞ、部活も突然やめたし、お前はちょっと心配なやつだな」

 大きな手でガシガシと頭をなぜられた。生徒思いの良い先生だと思う。

「ありがとせんせーー」

鉄堅と違う高校へ行けそうな目処がたって、ほっとした。これであの影の様に追いかけてくる存在から離れられる。後、数が月我慢すれば。

◆◇◆

  とうとう受験日当日まで、葉月は鉄堅を避け続け、無事に受験を終え、東青高校へ合格することができた。

  最近は高校の掲示板を見に行かなくても、ネットで合否が解る仕組みになっていてスマホの画面をみて葉月は、ガッツポーズを天へ向けた。

  何もかも上手くいったことを先生に報告するために、学校へ行こうと家を出ると、なんと、家の外に鉄堅が立っていた。まだ寒い三月、いつからそこに居たのか。一気に葉月の気持ちが塞ぎ込む。門の前からこちらを見ている鉄堅、今にも何かを訴えて来そうで、葉月は露骨に目を反らし、家の扉の鍵をかけて、無言で鉄堅の横を通り過ぎようとした。

「葉月ちゃん、仰暒高校受けなかったよね」
「あ、ぁぁ、うん、ギリギリに志望校変えたんだ」

「へぇ、何処へ?」
「東青」

  沈黙が、怖い。恐る恐る葉月は鉄堅の顔をみた。暫く会わない間にまた背が高くなって、葉月の後ろを歩く弱々しげだった顔は、どちらかといえば凛々しい涼やかな顔に変わっていた。

  だが、その瞳は怒っていた。無言だが解る。いや、無言で有るがゆえにその怒りは本物だと葉月は顔をひきつらせた。もういっそ逃げようとしたところ、ぱっと腕を捕まれた。仕方なくうつむいて、用意してた言い訳を口にする。

「し、仕方ないだろ、受かる所へ行きたかったんだ」
「良いよ別に、でも、僕から離れるなら、ツガイになって欲しい」

  ぎゅっと、捕まれている腕に力が籠る。引き寄せられ、鉄堅の腕の中へ閉じ込められた。咄嗟に胸を押すがびくともしない。ここにきて、体格差を思い知る。すっぽりと抱き締められて葉月はわたわたともがいた。

「なっ! はなせ」
「暴れないで、お願いだから」
「何を言って」
「葉月ちゃん、お願い、聞いて」
「嫌だ聞きたくない」

 離れようともがくが、鉄堅はさらに力をこめて葉月を腕の中へ封じ込めた。

「痛い、やだっ! 」
「ごめん、葉月ちゃん、でも、聞いて」
「離したら聞く」
「嘘だ」
「え」
「葉月ちゃんは、平気で嘘をつく、離したら逃げるくせに」
「にげ、ない」
「嘘つき」

  ショックだった、胸を矢で射られたような衝撃を受けた。そうだ、俺は嘘つきだ。鉄堅から逃れる為にあらゆる嘘をついた。これまで何度も心のなかで嘘をついてきた。罪悪感で胸が苦しくなる。

「平気で嘘をつけるくらい、僕のこと、そんなに嫌いなの?」

「……」

  嫌いかと、問われればそれは、解らない。憎いと思ったことは何度もある、側にいることで悔しい思いも何度もした。だけど。

「僕は葉月ちゃんが好き」
「……」

「ずっと好きだった、これからもずっとずっと好き」
「……」

「葉月ちゃんと離れたくない、離したら葉月ちゃんはきっと僕を忘れちゃう、お願い葉月ちゃん、離れたくない、でもどうしても離れるなら、ツガイになりたい、葉月ちゃんと将来結婚したい、約束が欲しい」

「む……りだ、無理」

  もっと沢山の言葉で拒絶をしないといけないのに、葉月の口からはたった一言しか出なかった。

  しがみついてる鉄堅の肩がふるふると揺れる。可哀想に思う、良いよといってやりたい気持ちも沸く、だけれど、無理だった。覆い被さるような一方的な想いを受け入れる事ができない。

  小さい頃から積み重ねてきた鉄堅の自分への想いを、同じだけ返すことは到底できない。

  嫌いな訳じゃない、ただ自分の中のアルファへの憎しみが鉄堅と重なって、受け入れられない。拒絶する方が楽だから。

「ごめん、てっけん」
「ひどいよ、葉月ちゃん」

  苦しげな声が耳元に届く。ひどい、ひどい、と泣く鉄堅をどうにもできず、ごめんと言うしかなかった。

  確かにひどい、自分が鉄堅にしてきたことを思い返して、こんなことを誰かに、まして好きな人にずっとされたら自分なら耐えられない。

「ごめん、てっけん、ごめん」

  許さなくていい、嫌いになっていい、憎んでいい、お前の気持ちに答えられない俺を、恨んでいい。俺がアルファをどうしても受け入れられないように、鉄堅もオメガなんか好きにならなきゃ良い。

  鉄堅は、長い間、葉月にしがみついていたが、のろのろと葉月から身体を離すと、ぽたぽたと涙を流しながら、さよならと言って、もう振り返ることなく学校とは反対の道へ歩いていった。そんな薄着で何処へ行くと、引き止めたくなったが、ぐっと我慢した。

  せっかく別れたのだ。やっと引き離したのだ。ずっとべったりとくっついていた半身の様な鉄堅を、今日、葉月は失った。












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