出涸らし令嬢は今日も生きる!

帆田 久

文字の大きさ
76 / 161
第一章  出会い編

第57話  狂人(前)

しおりを挟む
※残酷なシーンが登場するかもなので、
不快な気分になるのがNGな方は回避して下さい。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ー城内地下2階 尋問部屋ー





『ぎゃあああああぁぁぁ!!ッッがぁっっひぎッッ……ぁぁあああーー!!』



大夜会が終わり、招待客が帰宅して城が静寂を取り戻した、深夜。
朝から忙しく働いていた侍従や城の使用人、王すら寝静まるこの夜遅く。
安らかな眠りを貪る地上とは逆に、その地下では聞くに耐えない絶叫が響き渡っていた。
城の地下、牢の存在する更に下階にある密室の一つには、全身黒尽くめの人間達に囲まれて『尋問』を受ける男が延々と与えられる苦痛にあらん限りの声を上げて喉を枯らしていた。
目は血走り涙や鼻水、開き切った口から垂れ流されるよだれで歪んだ顔と合わせてすでにぐちゃぐちゃ。密室のためか男の垂れ流した糞尿の匂いが籠り、血の匂いと交わって強烈な臭気を辺りに放っている。

そんな『尋問』と称するには些か過激にすぎる取り調べを受けて泣き叫ぶ男を、密室の扉付近で三人の男達が眺めている。

一人は大柄の男。纏う軽装とは裏腹、腰にはずっしりと重そうな剣を提げている。
一人は長い赤髪を後ろでゆったりと結んでいる眼鏡をかけた青年。
一人は銀髪に深い蒼色の瞳の男。

それぞれが異なる魅力のある美丈夫であれども、拘束された男を見据えるその眼差しは銀髪の一人を除いて険しい。
手足にはそれぞれバラバラに鎖が繋がる厚い木枠の枷を嵌められてはいるものの、すでにあらぬ方向に曲がっていたり、潰れていたり、千切れかけていたりとあまり拘束の意味をを成していない。
……訂正。右腕に関してはたった今べちゃりと枷・鎖諸共汚物に塗れた床の上に着地したところのため、千切れかけではなく千切れた、というのが正しいだろう。

次いで出血多量による死亡を防ぐために炉で熱された焼きごてが男の傷口に押し付けられる。
じゅうぅぅぅ……と肉の焼ける音と独特な臭いが更に加わり、見学する男達の眉を更に顰めさせた。

「……ヒ、ひぎっ………ふ、ふ……」

すでに痛覚が麻痺してきたのか、はたまた声が枯れ切ったのか。
小さく呻くばかりの男、ケインを見つめて赤髪の青年、ロイドが言葉を発した。

「……大した証言も証拠についても引き出せないまま死なせてしまいそうですね。
煩いだけで面白くもない」

「くく……。
気持ちはわからんでもないが、頑張っている方じゃないか?普通の小悪党程度だったら早々に何もかもペラペラ喋って死んでるところをここまで持ち堪えているんだからな」

「ただの時間の無駄とも言いますけどね。
翁とかいう闇商人も結局捕らえられなかったのでしょう?皇帝直属とはいっても所詮諜報は諜報、調査と盗み聞きが精一杯なのですね」

「ふん、言ってろ」

「……この尋問に異議を唱えたい常識人は俺だけなのか?
ルー…陛下はまだしも何で文官畑の宰相様はこの光景を平然と見ていられるのか…寧ろ不満げだし」


銀髪の男、ルードが軽口を叩き、
大柄の男、ガドが若干引き気味で二人に文句をつける。

倫理が狂った空間の中、果たしておかしいのは犯罪者か尋問官か、それとも見学者か。

おおよそ人が拷問を受けている目の前でなされる会話でないことに、突っ込む者はこの場にいない。

しかしながらその軽口に反応した者がいたー…ケインである。


「ふ、ふくく…ははは」

「……何がおかしいのでしょう?」

「ついに壊れたんじゃないか?」

怪訝な面持ちで一同が瀕死の男を見つめる中、ヒ、ヒ、とひきつり笑いをあげながら男は尚も笑う。
精神が壊れた人間の様でいて、その目は爛々と異様な光を湛えていた。


「お、俺をいくらい、痛めつけても…っ、彼女はもう貴様のところには、戻らないという、のに、こんな手間を、かけるなんてっ……ご苦労な、ことだ!ロイド・レイランド、ルフ!!く、くひ…っ」

「“彼女”?……誰のことを言ってるのです」

「……まさかシェイラのことではあるまいな」

「くく、くはは!!シェイラ?シェイラだと!?
あの様な、異物、など、どうでも良いわッ!!エリー、は、もう、おれの、ものだ。
貴様のような屑にはも、勿体ないから、9年、前に、解放してやって以来……ずっと、ずぅぅっっと!
俺が愛、愛してきたんだからなぁ、ぁぁぁ~?」

「…………何ですって?」

「おいロイド、誰なんだエリーって」

「ガド、やめろ。影から聞いた。確かエリーシェ、……亡きロイドの妻だ」

「……はぁ!!?ちょっ、は??
解放してやっただ?こいつが殺したってことが確定したのはわかるが、何だよそれ以来ずっと愛してきたって……!?」

「答えなさい、彼女が、何ですって?」


ひひひ、と目を剥く一同を嘲笑うケインに射殺しそうな視線で睨みつけて答えを迫るロイド。
その様子に更に愉快になったのか、醜悪な笑みを浮かべながら男は語り出す。
半ばうっとりと、何か違う物でも見ているかのように、視線を宙に彷徨わせながら。


「っふふ、ああ……あああ!!
可愛い可愛い、俺の、エリー…。
ずっと、ずっとずっとほしくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて堪らなかった、俺の、最愛の女神。
なのに貴様に汚されて、あまつさえ、あんな忌々しい異物、なんかをう、産むだなんて!
で、でも大丈夫……彼女は解放され、て、箱から救い出し、今も変わらぬ姿で、俺の帰り、を、待っているんだぁ……
領地の、端にある俺達、二人の屋敷で、この9年ずぅっとんだから、もう貴様には返さんよ!!くくく……っっ」

「……箱から……。棺か!!」

「げぇ!!……こいつ墓暴きやがったのかよ!?
しかも愛し合ったって………まさか死体と」

「ッガド!!」

「……あ。」


「……………っっ」


ルードの注意で慌てて振り返ったらそこには、ー…顔面から血の気を無くし蒼白のロイドがいた。
拷問の様子を見ても全く顔色を変えなかった男が、今にも倒れそうなほどに青褪めている。
狂気に当てられ、亡き妻の遺体を嬲られたことを聞かされれば、さしもの宰相と言えど限界だった。

小さい、本当に小さい声でルードらに呟く。

「……あとは、お任せしても………?」

「………ああ。……早く見つけ出して今度こそ…

「気遣い、有り難く」


ルードの言葉に頭を下げると、脇目も降らずに部屋から立ち去った。

突然露呈した、吐き気を催す事実に拷問をしていた尋問官すらも言葉を失ったようでー。

静かな室内に、狂った男の歪にすぎる笑い声が暫く響き続けた。
夜はまだ、長い。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※もう1話続きますが、すんません!
誤って後編削除してしまった為、続きは明日になるかもしれません:(;゙゚'ω゚'):
しおりを挟む
感想 608

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

【完結】見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 この国では、王太子が10歳の時に婚約者が二人選ばれ、そのうちの一人が正妃に、もう一人が側妃に決められるという時代錯誤の古いしきたりがある。その伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかしーー 「私の正妃は、アンナに決めたんだ。だから、これからは君たちに側妃の座を争ってほしい」 微笑ながら見つめ合う王太子と子爵令嬢。 正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))

処理中です...