出涸らし令嬢は今日も生きる!

帆田 久

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第二章  帝国編

第10話  優先順位

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ー白磁宮内・執務室ー



side:ルード



執務室へと戻り、政務を再開した俺の元へと戻ってきたガドの第一声を聞いた時、
思わず顔を顰めてしまった。



『……つまりお前は、リオンには俺に対して何か含みがあると。
そう言いたいのか、ガド?』

『遺憾ながらな。
正確には、お前に、なのか、かは分からんが。
あの表情を見るに、とにかく注意をしておくに越したことはないと俺は思っている。
お前が……陛下が身体の弱い殿下を実の兄弟として大切にしていることぐらい
見ていればわかるが、ありゃあちょっとばかりでなく厄介な存在かも知れんと言っているんだ』

リオンだぞ?
あり得ん、見間違いではないのか?

……俺とて今まで表裏のある人間は山と目にしてきたし、
他の兄弟が兄弟だったからな。
同じ皇族だからとか、病弱だからと単純に甘く見ているつもりは』

『本当にそうか?』

『………何?』


頭から自分の言い分を疑問視してくる年上の部下に思わずムッとするも、
彼のー…ガドのあまりにも真剣な眼差しに口を噤んだ。

仕事は出来るし信頼しているが常にその物言いは軽く、
なんだかんだと最終的に自分の言い分を尊重してくれる筈の男が、
厳しい顔をしていることに気づいたからだ。


『俺だって伊達にお前より歳も喰ってなければ、
近衛と騎士団長を兼務しているわけじゃない。
第一にお前を、第二に国を守る者として
は何か腹に一物のある人間の表情だと言っているんだよ。
ー…唯の病弱で気の優しい純粋な若者の浮かべる表情ではない。
あまり良くない質の感情か企みを抱えた人間のそれだ』

『……だがな…』

『他ならぬお前が、俺の言葉を信ずるに値しないと本気でそう思うのならそれでもいい。
だがな、ー…お前はこの帝国を統べる皇帝だ。
頂点に立つことの意味と責務を忘れたわけでないのなら、
僅かな綻びや疑問、疑惑もそのまま放置するべきじゃない。
実際今までのお前であったならもっと脇を締めて事に当たっている筈だ』

人を信じたい、信頼して心を添わせたい。
人としては真当な感情なのは充分理解できるが、立場を忘れるなよ
お前が今優先しなければならないのは家族に対しての情か?
それとも嬢ちゃんへの情か?
後者なら、この非常時に気を緩めず隙も作るな。
嬢ちゃんを支持する仲間として、俺も、モリー達も協力を惜しまないと約束する。
だが前者を取るのなら……
悪いが、俺はお前の近衛から外させてもらう』

『!!……ガドお前……』


そこまでガドに言わせて初めて、
自分が気を緩めていたことに気付き、奥歯を噛む。
どんな無茶をする時も、
血生臭い後継争いの時でさえ付き従って自分を守り続けてきたこの男が
己に見切りをつけるという。
そんなことは到底許容できないことでありまた、
常になく甘えた考えを抱いていた自分の横っ面を思いっきり殴られたように感じた。

(…頭のネジが完全に緩んでいたか)


争いの中、情を捨てて生き抜いてきた。
なのに。
皇帝としての地位を確固としたものにした後、シェイラと出会って情を思い出した。
帰還し、母親と対面したことで感情的になった。
挙句、柔らかく笑む、義弟を理由もなく擁護しかけていたのだ。

こんな甘いざまでは、到底皇帝としてやっていくことは出来ない上、
今までついてきてくれた部下も失うだろう。
現に今、一番の腹心といっていい男に見切りをつけられそうになっているのがいい証拠だ。

厄介事を引き起こす母親からの態々の茶会への呼び出し。
招待されてもいない義弟の出現。

常であれば僅かでも疑問を抱いていたこと全て、
感情に流されるままに簡単に処理をしようとした。
甘すぎて自分に反吐が出そうだ。
グッと一度目を閉じると、目を開けて真っ直ぐガドを見据え、指示を出した。

『……影に、探らせよう。
悪いがガド、すぐにでも繋ぎをつけておいてくれ。
あいつらは今全員再教育中なんでな、そばにいないんだ。
母上のことも、少し気になっていることがある。
親父のも含め、
リオンの…リオン自身と彼の周りにいる人物、調べられること全て、調べるように』

『ー…了解。
くく……。それでこそルー…我らが敬愛する皇帝陛下だ』

『茶化すな、馬鹿者』


俺の答えを得てニヤリと悪い顔で笑ったガドは、
今度こそいつもの軽い調子に戻って命令を受け入れた。


(何もなければそれでいい。だがが見つかった場合には……)


先程言葉を交わした、少女めいた義弟の顔を脳裏に思い浮かべて、
ルードは疲労の籠もったため息をつくのだった。


………………………………………………………………………………


side:ガド



(餓鬼に過度な期待をするのもな……)


パタン……と執務室の扉を閉めて白磁宮内の廊下を歩く。
迷いのない足取りで歩く俺は、先ほどまでの己の不敬な発言の数々に苦笑を漏らした。

実際これまで、ルードは良くやっていると思う。
十を数える頃には凄惨を極めた後継者争いに巻き込まれ、
裏切りや兄弟間の冷め切った関係、狂った人間の最期を見、耐えて生き抜いてきたのを側で見続けてもきた。
皇帝となってからも、政乱によって荒れた国を持ち直し、
他国との交流も怠らないその手腕には大したものだと舌を巻きさえする。



だがー…

なんだかんだと言ったところで、彼はまだ22になったばかりの若者なのだ。
国でいえばとっくに成人した一人の大人。
だが同時に果たしてどれ程の人間が、
22やそこそこで国をまとめる重責に耐え続けることが出来るというのか。

ましてや幼い頃より厄介極まる性分の親とも疎遠、兄弟ともいがみ合って過ごしてきた男が、
女に惚れたことで本来の心のあり様ー…
“情”を周囲に抱いたとて、誰が責められよう。
心の支えを一つでも多く、そう思ってしまったとしても…。

しかしそれでは駄目なのだ。
皇帝として国の頂点に立つ以上、情にかまけて本来見るべきこと、やるべきことから目を逸らすことは許されない。
のか。
それを明確に決めて、それを邪魔しうる全ての可能性を疑い、潰していかなければ。
皇帝としても、また、ベルナードという一人の皇族の男としても、この国で生き残ることは出来ない。


ーそれがたとえ、唯一生き残った義弟を疑ってかかる行為だとしても。




(まぁ、疑いだしたのは俺だし…精々協力するとしますか)

部屋を出る前にルードが見せた目は、強い意志を湛えたものだった。

それで良い。

そうでなくては、が仕える主じゃない。

先ほど餓鬼に過度な期待を……などと考えていたガドの心はしかし。
昔も今も、強く己の意思を貫き生きる年下の上司へ全幅の信頼を寄せ、
また、傲慢にも聞こえる己自身への自負と誇りを掲げるのであった。


そうすることが、かの年若い青年を皇帝たらしめると信じて。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※長くなりました。
次回は幕間です!!
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