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第二章 帝国編
第33話 先帝の病②〜忠告〜
しおりを挟む伏せっている父を部屋に残して母の居室へと移動した俺達は、
まずその何もない簡素さに驚いた。
余計な物を極力排除した何もない室内。
とてもじゃないが正皇妃ー…先帝の正妃の部屋ではない。
使用人より多少部屋が広いだけ。
そんな印象すら受けるがらんとした室内の、これまた簡素で飾り気のない椅子に座った俺のもの言いたげな視線に気付いたのか、部屋の主はふふ…と小さく笑った。
『驚いたか?あんまりにも何もなくて』
『あ、ああ。前は、白磁宮にいた頃はもっとこう……色々と』
『派手な内装を好んでいたとでも言いたいんだろう?』
『その通りだが……』
趣味でも変わったのかと嘯きながらもどこか遠慮がちに話す俺をおかしそうに見つめ、
ふと遠い場所でも眺めるように視線を彷徨わせる。
『なに……私ももういい歳だしな。
周りを多くの無駄に豪華な物で飾り立てたところで、それに喜ぶのも飽きた。
それだけのことだよ』
そう言って微笑む自身の母親の、
どこか疲れた顔に俺は何か今まで感じたことのない感情が込み上げてくる。
今まで厄介事ばかりを持ち込んでは自分と周囲を振り回してきた母。
母親らしいことは何もされた覚えもなく、
見目ばかりが似通ったこの年齢不詳の女性のことを
ルードは苦手として父同様に遠ざけることしか考えてこなかったが…。
先程見た父の変わり果てた姿が頭を離れず、
遠ざけてきたことは間違いだったのかと疑念が湧き上がってくるのだ。
だがそんな俺をこの豪胆な母は一笑した。
『何かおかしな考えに囚われているようだが…。
余計な思考に囚われている暇と余裕がお前にあるのか?』
『貴女はいつもその人を喰ったような態度ばかりだな……』
『ふん、好きにいうが良いさ。
それより……今更ルドルフの見舞いになどきたということは、
なんぞ聞きたいことが出来たか、はたまた本当に病なのか。
私と一緒になってなんぞ企でもしていないかと確認でもしに来たか』
『……企んだという自覚はあるのだな』
『まぁな』
ニヤリと笑う表情が嫌になる程鏡の中に写る自分と似通っていて腹が立つ。
やはり婚約者選定などといった派手なパフォーマンスをしたのには理由があるようだ。
『おかしいとは思っていたんだ。
皇帝位を継いだ時でさえ何も言われなかった俺の婚約者を
今になって急いで作ろうとするなんて。
一体なんのつもりで』
『お前を守るために決まっているだろうが馬鹿者』
『…なんだと?』
『はぁぁ~…やっとここへ足を運んだというから
多少今回の私の意図に気付いているかと思えばこれだ。
いつからそんなに平和ボケするようになったのだ』
『全く話が見えんな』
『まぁ確かにそれだけが目的でもなかったが、大まかな目的はそれだ。
加えて言うなら……ルドルフの現状を知ってもらう為に、と言った方が早いか……』
『親父の……。
あの人はなんの病なんだ?
退位してから気力が落ちたとはいえ、
数年であそこまで衰弱するのは』
『普通ではない、有り得ない。
そういいたいのだろう?
その通り……あれは病ではなく、毒の影響だよルード』
『『毒!!?』』
『彼は、我が最愛の夫は……身内が持ち込んだ毒に今なお身体を蝕まれている。
幸いルドルフが倒れた時にすぐ気付くことが出来たから大事にならずに済んだが…あれはもう今以上良くなることはないだろうな』
『……っ!!?』
かつて帝国の頂点として国を率いてきた父が、
毒で倒れて今なお衰弱の一途を辿っている。
しかもそれを持ち込んだのが身内?
ー……両親にとっての身内といったら俺以外、現在では一人しか存在しない。
知らされたその衝撃の事実に、ガドとともに揃って声を上げる。
『証拠は……あって言ってるんだろうな?』
『いいや?物的証拠や証言は何も。
ただ知っている、それだけだよ』
『知っている?何を知っていると』
『実際にそれを私とルドルフ付きの女官が受け取るのを見たからさ。
……残念ながらその時はまだ、
まさか奴が女官と通じてそんなものを私達に盛る事など考えもしなかったのでな。
気付いた時には……というやつだ。
その女官はルドルフが倒れたすぐ後に死んだよ、目の前でな』
『そうかそれで』
証拠も証言もないと言ったのか。
毒を受け取り盛った女官は語る前に死んで、
証拠も証言も闇の中だ。
『風の噂でお前が他国で嫁を見つけてここへ連れ帰ってくると聞いてな。
歳に離れた彼奴に心を許していた風なお前が
そのまま意中の女性と何の警戒心も無しに後宮に入れていたなら……
早急にお前も、その娘も、彼奴の毒牙にかかっていたろう』
『だから無理やり選定と称して集めた令嬢達で後宮を埋めて
俺に警戒を促したと?
そうすれば少なくとも俺が直々にそばに置き、彼女から目を離さないと踏んだか』
『そうだよ。
それに……宮の外で私には監視が付いている。
この宮を出れば彼奴に全て行動は筒抜け、
どこに耳があるか分からん今となってはここでしか本音は話せぬ。
私が不審な素振りと行動をすれば、彼奴も動く。
故に茶会などと今まで招待することもなかったものにお前を呼び出して確認したというわけだ。
案の定、すぐに姿を見せよったしな』
招待されてもいないのに、俺と母の元へ姿を見せた義弟ー…リオン。
気弱に微笑んだ彼が、かつて父と母に毒を盛り、
あまつさえ自分達を害そうとしているなど。
到底受け入れがたい事実であるが、
先だってガドとも警戒と疑うことをやめないと約束した。
母にしても自分が動けば彼の警戒を煽ることも承知で行動に出たのだろう。
それによって俺がこの宮まで真意を確認する為足を運ぶであろうことまで考えて。
『病弱だの優しい心持ちだのと油断すれば食い殺されるぞ。
あれは仮にも苛烈な性格の第三妃の息子。
精々ルドルフのようにならんよう、大事な娘を守ってやることだな』
簡素な室内に人間が三人。
しかしその会話を最後に、
しばらくの間、誰一人として口を開くことはなかった。
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