出涸らし令嬢は今日も生きる!

帆田 久

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第二章  帝国編

第54話  風雲急を告げる事態④ side:ガド

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side:ガド



『ガド!!』

『了解ッッ!!』


言われるまでもないと駆け出し剣を抜き放つと、不自然な程こちらに見向きもしないで嬢ちゃんに向かうゼンに背後から一太刀を浴びせる。


『ぐはぁッッ!!』

『この愚か者がッッ自分が何してんだかわかって……!?』


背中から血を吹き出しながら床でのたうちまわる彼に罵声を浴びせかけて、彼の様子の異常に気付く。
彼・ゼンは自分より大柄で筋肉量も多く、今の一太刀にしても致命傷となるほどの深さで切ったわけではない。
血は吹き出してはいるものの、そこまで深傷ではないはず。なのにー…

『がふッッ……ああー……』

『おい……?』


床に転がる彼は口から何やら濁った泡を吹き出していた。
まるで毒にでも侵された患者のように。
目も虚で焦点が定まっておらず、やはりなんらかの薬物を!!と正気に戻せないかと屈みかけて、ルードの呼ぶ声にハッとする。


『そちらはいいっ!!
もう一人いるはずだ!!』

『ガド様っモリーが……っ!!』


次いで上がった嬢ちゃんの悲痛な声に、彼女に付いていたはずの優秀な侍女頭殿の姿がないことにどっと冷や汗をかく。
かの女史が嬢ちゃんを無用な攻撃に晒したまま離れるわけがないことはわかり切っていたはず。
そしてその姿が見えないということは、きっともう一人ー…ジョルダン嬢を手に掛けた刺客とで対峙しているはずであるということも分かり切っていたことなのに。

(何故すぐに気づかなかった!!)

そう自分を罵倒しつつ室内に雪崩れ込めばー…

今まさに床に崩れ落ちて敵に剣を振り下ろされんとしている彼女の姿が。
しかもどこか怪我でもしているのか、
全く立ち上がったり回避する素振りがないことに、酷く気が乱れる。
反射的に懐に忍ばせていた非常時用のナイフを後ろ向きの敵腹部に向かって投げつける。


『何やってるんだ馬鹿野郎モリーッッ!!』

『あぐ!!?』


ナイフは目標を外すことなく敵の背中中心ー…正面から見て腹辺りへと吸い込まれ、敵が呻き声を上げる。
が、そんな声も耳に入らず、死を受け入れるかのように床から敵を見上げているモリーに何故か腹が立ち、怒声を上げてしまう。
すると自分の登場に僅かに目を見開いた彼女は、額に汗を浮かべながらも目を細めて、


『遅いですわ、馬鹿野郎ガルディアス様


と呟いて薄く笑んだ。


………………………………………………………………………………………

(っ…!)

彼女にしてはあまりにも儚げな様子に、場違いにもドキリとした自分に動揺しそうになったが、とりあえず今はそんなことに感情を割いている時ではないと自分を叱咤する。

ちらと背後を確認すると、嬢ちゃんの側にはルードがぴったりと張り付いていて、ゼンは床を張ったまま。
ぴくりとも動かない様子に最早生きているかも怪しいが、一先ず後方の憂いはないようだと判断し、再度自分がナイフを投げつけた相手を視認する。


『どういうつもりかは知らんし、本来は知りたくもないが。
皇帝陛下の座すこの宮内で白昼堂々証人の殺害及び貴人の誘拐未遂、陛下直属の侍女への暴行・殺害未遂。
ー…極刑は免れんと知れ』


湧き上がる殺気を抑えることなく告げれば、
呻き声を上げていた敵、ヴィーダ伯爵令嬢は少し気圧されたように1、2歩モリーからよろめくように離れてこちらに向き直る。
背中に手を回し歯を食いしばってナイフを引き抜くと、
ふぅー…と息を整えて剣先を俺に向ける。


『っ淑女レディを刺すなんて酷いではないですか、帝国騎士団長・ガルディアス様?
そんなことでは女性にモテなくってよ』

『モテなくて結構、貴様のような人間を令嬢や淑女と同列に語って欲しくはないし、
第一ちゃんとした淑女レディに失礼だぞ。
今自分がどれ程醜い顔をしているかも自覚していないのか?』

『………本当に白磁宮ここ連中は…、失礼極まりない』

モリーに視線で嬢ちゃん達のところへ移動するよう促して目の前に対峙する敵を睨め付ける。
威圧プレッシャーをかけながら数歩足を進めただけで、
敵は壁際へと追い詰められた。
大柄な俺と小柄な令嬢の歩幅では違いすぎるのだ。

ヴィーダは既に満身創痍。
モリーも嬢ちゃんとルードの元へなんとか退避済み。
そして自分は全くの無傷。
誰がどう見ても詰んでいる状況だというのにチリチリと頭の中に警鐘が鳴り響く。
それに、ヴィーダ伯爵令嬢の不自然な余裕も気に入らない。
(何か見落とし……いや、何かを待っているのか?)


余裕の根源が彼女自身にないとすれば、
その他…彼女をここへ送り込んだ人間黒幕の救援を待っている?


『陛下…御注意を』

『分かっている』


ルードもどうやら彼女が醸す歪な余裕に警戒をしていたようだ。
嬢ちゃんと身体に力が入らない様子のモリーの前に立ち、こちらを注視している。

じり…じり……と自分にしては些か慎重に過ぎる距離の詰め方をしていると。

彼女の余裕の正体が姿、否、声を響かせた。


『ほっほ!!
お喋りな娘さん一人始末してもう一人娘さんをお連れするに、
何をそう手間取っているかと思うて来てみればいやはや。
大層な怪我までしてからに、困った孫ですなぁ~!!』

『……っっ!?』


嗄れた、それでいて妙にはっきりと聞こえる声。
声色は老人のそれの筈なのに、違和感を覚える声。

その声が室内に響いた途端、ぞわり……と背筋に怖気が走った。
同時に、敵が険しかった表情に喜色を浮かべたのを捉え、この声主を待っていたのか!と彼女から極力自然を外さぬままに気配を探る。


違和感を感じたのは廊下側ー…嬢ちゃん達の間近から。


『嬢ちゃん!!』


咄嗟に声を上げる。
同時にパシン!!となにかを弾く音が響いてヴィーダに剣先を向けたまま振り向けば、
部屋の入り口に、先ほどまで姿すら無かった老人が一人。
愉快げに身体を揺すりながら笑い声を上げていた。

『ああ、!!
手間取ってしまい申し訳ございません!!』


喜色も露わにそう声を上げるヴィーダの方に、好好爺然とした顔を向けた後、
再び嬢ちゃんらの方に向き直る老人。


この老人こそが、おそらくー…




『貴様が“翁”か』

ルードが嬢ちゃんを背に庇いつつ問う。
問いに対して老人はといえば……


『ほ?
いやはや、自己紹介もしておらなんだに帝国の若き皇帝陛下が儂の事をご存知とは!
恐悦至極きょうえつしごく?それとも感無量!!ですかな?』


態とらしいまでにへりくだった言い回しでははぁ~!腰を折り礼をすると、
ニタァリ……と心底気味の悪い笑みを浮かべた。


『そちらのお嬢さんお初にお目にかかりましょう。
巷では翁と呼ばれておるしがない商人の爺ですじゃ。
どうぞ、お見知り置きを?』


コテンとカラクリ人形の如きに奇妙な動きで小首を傾げながら、
老人ー…闇商人・翁は名乗りをあげた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※遂に翁が登場!
次回、“第55話 道化師の愉悦”をお楽しみに~♪

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