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第二章 帝国編
第55話 道化師の愉悦①
しおりを挟む※残酷な描写が一部入ります。
苦手な方は回避をお願いします!
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『そちらのお嬢さん以外にはお初にお目にかかりましょう。
巷では翁と呼ばれておるしがない商人の爺ですじゃ。
どうぞ、お見知り置きを?』
“まるで道化師のようだわ”
その老人を目にしてそんな印象を抱いた。
貴族の、侯爵の屋敷で目にしたときに感じた怖気と不気味さはそのままに、
歪な笑みを顔に貼り付けた道化の男。
発する言葉も、声色も、好好爺然とした顔も、仕草も。
何もかもが、胡散臭い。
100人なら100人が老人と表する彼に、
シェイラは何故か釈然としない、引っかかりを覚えていた。
『シェイラ?』
『おや、お嬢さん?
何やら判然としないご様子で??』
コトリと先ほどとは反対側に首を傾げてみせながら翁と名乗った人物が笑う。
彼の言葉に次いで、私の様子にルードが声をかけてくれるが、それすら耳を通り抜けてしまう。
モリーも私を心配げに見上げてくるが、それも同様に視界に入らない。
だからだろうか。
言う必要のないことが、口からついて出た。
『貴方……本当に、老人なのですか?』
老人のシワの寄って糸のように細まっていた目が大きく見開かれた。
室内にてヴィーダ嬢と対峙したままのガド様も、ヴィーダ嬢も、呆気にとられた様子で思わずこちらを振り返ったのがわかる段になって、何を自分は言っているのだろうかと内心で自分に言い聞かせてみるがやはり。
違和感は強くなるばかりで冗談のように聞こえる自分の言動を否定できない。
すると、
『ホッホッホ!!
愉快や愉快!!愉快な事を仰るお嬢さんじゃ!!』
特徴的な笑い声を大きく廊下全体に響かせて、身体を揺らす。
そうして一頻り笑い終えるとー…
その目には柔和さや穏やかさとは打って変わったギラついた野性を宿した。
『誠、ほんにー…愉快極まるお嬢さんじゃのぅ。
さっき儂の手を弾いた力といい、ああ…………愉しいのぉ~』
『ー…え』
愉し過ぎて、依頼も忘れて新しい孫として連れ去ってしまいたいー。
言うやするりとこちらへ手を伸ばしてくる翁。
ルードが身構えるが、幸い未だ守りの魔法は解除してはいない。
再びバチリと弾かれた手をひらひらと動かして、
“おお痛い!!”と大仰に嘆いてみせる。
『ほんに愉しいのぉ……。
お嬢さんもそれもほんに愉快じゃ。
それに比べて儂の孫ときたら……』
はぁぁ~~と態とらしくため息をついたのに対して彼の背後、室内でガド様と対峙したままのヴィーダ嬢が取り繕うように慌てて声を上げる。
『お、お爺さま!!
すぐに片付けますので少しお待ちを』
『もうその必要はないよ』
『え』
不意に、老人の姿が掻き消えた。
一瞬の出来事にえ、と声を上げる余裕もなく硬直していると、
『は?ぃ……ぁぁぁああああああッッ!!』
老人と話をしていた女性ー…ヴィーダ嬢が突如として悲鳴を上げた。
『っ!なんだ!!?』
ガド様が素早くこちらに後退して事態を把握しようとした先を見つめれば、
ヴィーダ嬢の両の腕が、無かった。
(っ!?)
肩口ですっぱりと斬り落とされたように見事なまでに。
それでいて、消えた腕は床の上のどこにも見当たらない。
完全なる消失。
束の間止まっていた時間が動きだしたが如く、遅れて大量の血液が噴き出す。
死んだジョルダン嬢の流れ出た血液と相まって、
貴族用の客間が辺り一面血の海と化し、流石に吐き気を覚える。
グッと込み上げる吐き気を堪えながら身体を揺らすと、
すかさずルードが身を支えてくれた。
『あ、ありがとうございます』
『いや、いい』
背中をぽんぽんと軽く叩いて私を落ち着かせる彼はしかし、
酷く険しい顔でヴィーダ嬢の方を凝視したままだ。
そして、消失は、腕だけに留まらなかった。
左足が腿の付け根から丸ごと。
次いで右足も同様に。
血の海の中にべちゃりと落下した両手足を失ったヴィーダ嬢だった女性は、
それでも尚まだ生きていた。
とはいえすでに虫の息、ヒューヒュー…と喉奥からか細い息を漏らしている。
『な……あ、なん、で……お、爺さ…ま……?』
『何で?そりゃあ簡単、使えんからじゃよ?
遊んでいるからそうなる。
仕事を円滑に進めるにはどうすればいいか、儂が教えたことを覚えているかの?』
『ぐ……障害となる、ものあらば、まっ先に排除…せ、よ…と』
『ほっほ、そうじゃ覚えておるではないか!
なのに実行できなかった……こうなるのは当然じゃろ?』
『し、かしっ!わ、私は…貴方の、孫………』
『じゃから些細な失敗と儂が許すとでも?
“孫”じゃから主は特別じゃとでも??
ほ!!
あり得んわ』
老人の姿はなく、声だけがあたりに反響する。
死に体の彼女は響く言葉に絶望しどんどん血の気を失っていく。
最早目は虚で、その顔色は真っ白だ。
それでも救いを求めるように虚な瞳をあたりに彷徨わせている。
まるで迷子になった小さな子供が両親や祖父母を恋しがるように。
しかし。
『使える内は孫として大切にするとも。
じゃがすでに主にはその価値すら無い。
そんな使えん人間を儂は助けたりはせんよ。
じゃが折角育てた手間の分だけ一応綺麗にはしたつもりじゃよ?』
寧ろ感謝して欲しいものじゃ!と愉しげに笑い声を上げる老人の異常性に、
言葉が出ない。
助けどころかそんな状態にされた彼女はー……
いつの間にか事切れていた。
見開いた両の目から涙を滴らせたまま。
それを目にした時、自身の中に渦巻いていた吐き気や怖気が一瞬にして吹き飛んだ。
『なんてこと、を。
どこに隠れたのかは存じませんが、貴方は、人では無い』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※明日に続きます!
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