創煙師

帆田 久

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第1章

2話 『赤狼』

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 ー赤々と地を照らしていた太陽が西へと沈み、暗闇が静寂を連れてくる時間。
赤煙国に数多あまた連なる山々は、野生の獣の鳴き声や、国内での居場所をなくして山に住み着いた※流人るにんや山賊の立てるイビキ以外の音がしない、闇と静けさが支配するのが常の夜。

本日もまた常の通りー…というには些か、赤煙国城下を囲むこの山『赤霧山あかぎりやま』山中は慌ただしさに溢れていて、いつもの静けさとは無縁むえんとなっていた。

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~赤霧山山中 中腹部山道にて~


 山中を覆う暗闇に複数の松明たいまつが灯り、その炎がパチパチと音を立てて燃えさかる度、照らされ山道に伸びる人影が妖しく揺らめく。伸びた影の主たちは、見れば一様に赤を基調とした包衣に身を包み、山道に松明を掲げてたちならんでいる。この特徴的な包衣は赤煙国城下から関所まで巡回や犯罪の取締の任を担っている警邏隊「赤狼せきろう』の隊服であり彼らが隊員であることの証である。が、心なしか皆顔の色が優れない。
 彼らの顔色を今なお悪化させているの前に一人のすらりと長身の男が歩み寄り、立ち止まった。
艶のある肩ほどまで伸びた黒髪を結わえて背に流したその男の面差しは整っているが、眇めた切れ長の両の眼と一文字に引き締め閉じた薄い唇が、常であれば色男と言って差し支えない男の『艶』を消し、ひどく怜悧れいり且つ酷薄こくはくな人物にみせていた。
 この男だけ周囲の者たちと違い、黒地に赤い狼が背に刺繍された包衣をまとっているのもそんな印象を与える一因となっているのかもしれない。
ともあれ、鋭い眼差しを保ったまま目の前のを矯めつ眇めつ検分した後、男は己の背後に声をかけた。

一佐いちざ
「はい、やなぎ隊長」
どうみる?」

 声をかけられ男の背後に走り寄った一佐と呼ばれた短い茶髪の青年は、常であれば好青年とさんじられる涼し気な面持ちを、やはり他の者達と同じく、同時にひどく不快そうに歪めている。
さもありなん、彼らの眼前には山賊の身なりをした男たち三人が、三体の不気味な像と化し固まってその場に鎮座しているからである。

「・・・・・・おそらく、何らかの”術”を行使された結果の産物かと」
「ほう。
ー『』が関与しているとでも?」
 
ざわり…と一佐を含む赤包衣の男たちの間に動揺が広がり、場の緊張が高まった。

”術”の行使。それが意味するもの。

この赤煙を含む創煙五国において、”術”なるものを行使して非常識な現象を引き起こせる使い手はそれぞれの国に一握り。それも各国の〈創具〉の継承者にして国主たる創氏、及びその眷属として生み出された〈武具〉の使い手である数少ない『創煙師そうえんし』達のみ。
 
 ゆえに、『他国のもの』の『”術”の行使』であり、それが明らかになった場合に彼ら赤煙国の者たちに待つ未来はー、他国との戦争。
だからこその男達の過剰な反応である。
 一佐は再度を睨み倒す勢いで眺めた後、ゆるく首を横に振った。

「"無い”でしょう」
「そう思う根拠は?』
「幾度か他国の”煙武祭えんぶさい”を偵察してきましたが、このような”術”を宿す武具を扱う他国の創煙師がいるなど聞いたことも見た覚えもありませんし、ここ数年、自国を含めた各国の武具の数は変わっていませんので可能性は限りなく低いかと。最も」
「ああ…」

無いと初めに断言しながらも一佐が言葉を濁した可能性に思い至り、柳と呼ばれた黒衣の男は皮肉げに口を歪める。
秘密裏に作り上げた武具とその使い手が存在する可能性もゼロではない、か」
「・・・・・・考えたくはありませんが、万に一つとも」
「ふむ…」
ゼロに近い可能性の話は一佐にのみ聞こえる小声で呟くと小さく頷き、おもむろに手を伸ばし触れた。

「!!っ…、柳隊長っなりません!」
「案ずるな、問題ない」

 慌てて手をから離させようと声を上げる一差を尻目に、表面を軽くなでた。
触れている手のひらにわずかながら脈を感じる。
(脈がある…するといまだ『生きて』はいる、が、動けんか。まるでようだなぁ…) 
なんとも奇っ怪な、と心中で呟きながらも一瞬後一佐達己の部下に向き直った表情には一切の困惑も、焦燥も、恐怖も伺えない。

「一佐」
「は。」
「今いる半数を松明を掲げたまま目立つように帰らせ、次いでを何らかの荷物に偽装して人目に触れずに隊舎奥の牢に運び込め。秘密裏に、なるべく迅速に、だ」
「…触れても害はないのでしょうか?」
「?少なくとも俺は平気だぞ?…ふ。なんだ、怖いのか?」
「!!いえっ、決してそのようなことは!…笑わないでください!!」
「ふふ…悪い悪い。で、
出来るのか出来ないのか、どっちだ」
「…了解しました。すぐに行動を開始します。して、柳隊長はどのように」
動かれますか、と問おうとした一佐に向けてああ、と相づちを打つと、にやり、と色艶たっぷりに口角を持ち上げて笑み、

「ちょいと花街名物はなまちめいぶつ妓楼ぎろう火車かしゃ”にな」
「は、…え?」
「妓楼だ妓楼。女の園だよ」
「!?いや、だってあの隊長っ!!?今そんなとこ行ってる場合じゃ」
「すまんな、野暮用だ♪」
言うが早いか、困惑顔の部下を放置して素早く獣道に身を躍らせた柳。ざざざざ・・・・と草木がなにかに擦れ合う音にハッと気を持ち直した一佐だったが、時すでに遅く。
 赤煙国警邏隊総隊長・柳 観世やなぎかんぜの姿はその場から消えていた。


「ッッッ・・・・・・・・・隊長ぅぅぅぅぅぅぅ!」
「ふ、うっせえよ一佐。秘密裏にっつったこともう忘れてんのかねぇ」

尋常で無い速度と足運びで道無き獣道をかけ下る柳は軽口をひとりごちながら、その双眸と口元を口調とはまるで不釣り合いな、獰猛な狼のようにぎらつかせ歪み笑んでいた。

 そうして下山し。
城下花街の入り口には、黒に狼刺繍の包衣の警邏隊長の姿はあらわれず、代わりに黒染めに鬼灯ほおずき柄の着流しに下駄履きの遊び人風の黒髪の色男の姿があった。


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※流人:元は罪人、及び他国への逃亡者などの一処に留まれない者たちを侮蔑を込めて呼ぶ蔑称。ただし近年では生活困窮者の総称のようなものに変化しつつある。

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