創煙師

帆田 久

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第1章

第4話 雫の回想〜山中 美貌の不審者との遭遇②〜

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「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

「「・・・・・・・・・。」」

「あ、あははは」
「面白くない」
「ごめんなさい」


 初めての会話から暫し、雫はその場を動かなかった。
山賊ではないにしろ、どう考えても男は胡散臭かった。長い髪は縛りもせず背に流したまま。ヒラヒラとして山歩きには適さない包衣服。極めつけは手に持つ荷物の類が小さな木箱一つ。
到底、山中で遭遇する人種ではない。

(!…まさかこの男、山賊達の囮?)

 こちらの油断を誘う為の新手の罠か!?と警戒を強めた雫をよそに、男は動かない雫を見てガックリと肩を下げると、徐に座り込み、木箱を脇に置いてあろう事か、ゴロリとその場に寝転がったのだった。

「??…何をしている」
「ふぇっ?いやだって、地元の方ではないのでしょう?道案内して頂けないようなので、不肖、私紫円はこのままこの場で夜を明かそうかと」
「は?」

 ごろり ごろぉりと収まりの良い寝姿勢を探すように草の上を転がる男の行動に 何言ってるんだこいつ、と雫にしては珍しく目を大きく見開き驚きを露わにした。

「はぁぁ~…このまま一人で山を降ろうにも先程までと変わらず迷いまくるだけですしねぇ~。そうなる位なら、この安心感溢れる大木の下でのんびりと夜を明かしたほうが・・・・・・て訳でして、少々早いですがおやすみなさぁ~い」
「ちょっと、待て」

あまりにも不自然な風体。なのに、あまりにも自然体。

「え~…なんです?あ、もしかして案内してくれる気になったんですか?」

行動も言動も、どこを取っても信用が置けない男だが、それでも雫は一つの可能性に賭けてみることにした。

「お前、私に声を掛ける前に誰かに会わなかったか」
「んー。誰か…?ああ!なんかかなり野性的な服装の男の方々ですか、3人程いた」
「!!…会ったのか。じゃあ何でお前はここに」
「ほんっとに失礼な方々ですよねぇ!?」

そんな形で山賊などと遭遇してどうして無事無傷でこの場にいるのかと問おうとした雫の言葉は、不意に大きく響いた紫円の声に遮られた。

「やっと…やっと人に会えたと喜んで道を聞こうと声をかけただけなのに!“ゆ、幽霊だぁ!!”だの“化物!!”だのと宣った挙げ句にすごい勢いで走っていなくなっちゃったんですよ!?服の性質上見えづらいにしても、ちゃんと2本の立派な足が生えてるのに…」
「…幽霊にお前を間違えて、逃げた?」
「はぁ。止める間もありませんでしたよ。退でした」
「そ‥うか。それは…、気の毒だったな」

本当ですよ、くすんとしょんぼり肩を落として一人落ち込む男の姿を見ている内に、何やら一々疑って二の足を踏んでいるのがバカバカしく思えてきた雫は、もういいかと警戒を解き、男に彼の要望である案内を了承する旨を告げたのだった。

 そうして冒頭に戻るわけであるが、元々無口な雫と胡散臭い初対面の男・紫円に、下山中お誂えの共通話題などある訳もなく。
黙々と歩いては、耐えかねたように無意味な笑い声を上げる紫円を雫が一言でばっさり叩き落とし、すかさず紫円が謝罪するという、なんとも不毛な道中となったのである。夕方になり、なんとか下山を果たした雫は、未だ今夜の宿すら決まってないという紫円を連れて妓楼へ足を急がせながらも、どうしても先程から引っかかっていたことに思考を巡らせる。

(そういえば…。幽霊だ、化物だのと騒がれたと言ってたけど、ような…)

 そんな逃げるくらい恐怖を感じて騒いだんならいくら自分が呆けていたとしても気づくはず…とつらつらと巡っていた彼女の疑問は、灯り始めた通りの行灯と己の働き場所が視界に入るや、あっという間に頭の隅へと押し流されていったのだった。

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