創煙師

帆田 久

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第1章

第8話  宴

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「あの、雫。
さっきのってなんだったんですか?」

「ん?あれって……ああ。
“華札”のこと?」

「ええ。
何やら皆さん、物凄い剣幕で取り合ってましたけど。
しかもあれだけごねていたのにニコニコ笑って帰ってしまいましたし……」

「無理もないかも……。あれは」

「おいおいおいなぁに二人して隅で乳繰り合ってんだ二人とも!!
特に紫円、おめぇ主役だろぉが」

「…………」

「あ、あはは……」




閉楼した火車の二階では、楼総出で盛大な宴会が開かれていた。
三太夫は勿論のこと、他の女衆総出で歌を奏で、舞を踊り、酒を振る舞う。
ただ一人、雫を助けた恩人である紫円のために。
色気たっぷりに自身へ酌をする女達の押しの強さに尻込みした紫円が部屋の入り口付近隅に陣取って座る雫に逃げていったのも無理からぬこと。
しかしながらこの宴の主催者たる楼主がそれを許すはずもなく。


「で?何をこそこそと話をして…ああ、さっきの“華札”のことを言っているのか?
まぁ知らないのも無理はねぇ…ってぇことでこの楼主たる鹿火さまが丁寧且つわかりやすくお上りさんに教えてやろうじゃあないか、喜べ紫円果報者!」

「い、いえ私は雫に教えてもらえればそれでことはすみま」

「いいかぁ~?華札ってのはな、まぁここで言う時札ーここで女の“時”を買って遊ぶ札の言わば豪華版ってぇとこだ。その札を使用した日は酒・飯共にタダな上、通常は二時間区切りで買わにゃあならんのが丸々一晩有効。
更に上限なしと言えば文字通り上限ー…女のレベルも。
つまりは太夫達を含めてすべての火車ここの女達の中から一人、一晩タダで貸し切れるって寸法だ!」

「!?それはなんとまぁ……剛毅なことですが…。だ、大丈夫なんです?主に、楼閣ここの営業的に?」

「ああん?そりゃ私に言ってんのかぁ紫円よぉ~?
どんだけ長いことここに巣張ってんだと思ってんだこの野郎!
全部私の懐から出すに決まってんだろうが楼主舐めんなよこのヒョロヒョロ優男ッッ!!」

「す、すみません!」

「…酔ってるでしょかなり」

「ああ?これっっっぽっち酒飲んだくらいで酔う訳ゃねぇだろ雫ぅ」


やんややんやと周囲の騒ぎに乗じて酒を飲みまくっている彼女の管を巻く姿に完全に絡み酒と化しているなぁと若干遠い眼差しで絡まれ助けを求める紫円の視線をスルーする雫。

すげなく自身の救援もスルーされた紫円ははははと乾いた笑いを発してはぁ、と諦めのため息を吐いた。
するとそのため息を自身への呆れと感じたのか、むむぅと頬を膨らませた鹿火がむん!と立ち上がり、皆の衆!!と声を張り上げたことにより室内に集っている女衆が一斉にこちらに注目する。
やな予感!と座した状態で後退りする紫円を知ってか知らずか。
ニヤリと嫌な笑いを顔に浮かべて続けた。


「折角楼主である私自らこうして主ら全員を集めて宴を開いたが…。
どうやら我らが恩人にして客人である紫円殿は熟れた果実より若花の蕾である雫をお望みのようだ。
が、………それでいいのかぃ皆の衆!?
雫はあくまでも!!本職プロが魅力で裏方に負ける、それでいいのか!?そうだなぁ、良くないよなぁ!?ってぇことでお前ら。今晩中に紫円の旦那を
落とせた奴には…1週間のをくれてやる!!」


瞬間、こちらに注目していた全ての視線がギラリと野生動物の鋭さを帯びた!

再度ちらりとこちらを振り返るとふっといやに慈愛に満ちた笑みを紫円に送りながら片手をゆっくりと挙げ。


「者共………。かかれぇーーっ!!」

「「「「「紫円様ぁ~~~~!!!!!」」」」」

「それはないでしょ楼主ーー!?」

獲物に食らいつかんと黄色い声を上げて殺到した女達に埋もれ、狙われた哀れな獲物紫円の悲鳴はか細くも掻き消えてしまった。





休暇に飢えた女共に押しつぶされた紫円を無感情な視線ながら哀れな、と同情しつつ、ニヤニヤとその様子を眺めていた意地の悪い我らが楼主をじっとりと見やれば、部屋の入り口から「失礼しやす」との声とともに帳場頭にして鹿火の側近ともされている源二(通称源さん)が引き戸を少しばかり開けて顔を見せていた。

何だと小さく問いかけた楼主に同じく抑えた声音で「お客さんがいらっしゃってます」と告げると、途端嫌そうに表情を歪めた鹿火がため息を吐いて源さんに一言二言何かを指示してその場から去らせると、自身も紫円に背を向けて廊下へと歩みを進める。
部屋を出る寸前に雫に向け今日はもうこれで下がる、と告げるとお前も適当に流して早めに部屋で休めよぉ~とひらひら手を振りながら自身開催の宴からあっさりと去っていった。


客を追い出し、楼を閉めてまで開催した宴を途中で抜けてまで彼女に会う決意をさせたお客とは一体?


普段から気ままで勝手。
自身の決めた行動以外取ろうともしないかの楼主のらしくない行動に、
悲鳴を上げる優男を放置したまま微かな違和感と疑問に首を傾げる雫であった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※次回、『用心棒宿二階の住人』

お楽しみに!
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