閣下は罪人と結ばれる

帆田 久

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1:諦念と焦燥

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「将軍ーーッッ!しょ・う・ぐ・んんんーー!!」




「……ぁあ?たく…アガジはどうしてああも落ち着きがないんだか」


「ほっほ!それはそれはすぐに休憩と称して脱走し、
この孤島に泳いでやってくる愉快なる将軍殿付きともなればアガジ副官殿とても気苦労から叫びたくもなるというものではないですかな?」

「言うなぁ、ルフ爺?
そういうお前とて俺に嬉々として身一つでついてきては
今現在も釣りを呑気に楽しんでいるではないか。
細君にして我が家のメイド長殿の雷は怖いぞ?」

「おぉ怖や!ではなおのこと、もう少し魚を釣って手土産にせねば」


俺の繊細な耳が潰れる、と紺色の毛に覆われた耳をピクピクと震わせる。
煩しげにまだ姿の見えぬ自身の副官を詰った俺に軽口を叩いて笑うこの隣の爺は、我がロウガル家の先先代からの家令を務める老練な男。
ルフ爺と呼んでいるが、生まれてこの方世話になりっぱなしなこの老人にはまるで頭が上がらん。

ここは大きな漁港で知られる、
獣人が多く住うビルスト国の海域に存在する数多の孤島の一つ。
船乗りらが休憩場所としても使う普段無人なこの島の景観と静けさは、
執務に飽きた際の息抜きをするのに持ってこいであり、俺のお気に入りの場所だ。
が、あまりにも来る頻度が多いせいで小うるさい部下に知られてしまっているのが最近の不満だ。

この島以外にも漁港から近く手頃なものはいくらでもあり、
そう思うなら違う島に行けばいいと他人は言うかもしれないが、それは絶対にしない。


「……まだ、信じておられるので?」

ちらりとこちらに視線を流して問う老人へ、自嘲気味にくっと口の端を上げる。

「…分かっている。今年までだ」

「左様で…。まぁ若様の良きようにしたら宜しい」

「若様言うな!もう29だぞ」

「ほっほ!!9歳だろうと29歳だろうと儂にとっては可愛い若様ですじゃよ!」


そんな風に笑い飛ばして話題を変えてくれた爺も、そして他ならぬ自身が。
29歳が立場ある人間にとってとうに結婚適齢期を過ぎていることはわかっているのだ。
しかしどうしても諦めきれない。
“番”の存在を。

小舟でこの島へと追いかけてきた副官の青年も、実家から自身の姉を嫁に推すように言い含められている1人であり、それもまた職場を抜け出す要因の一つとなっているのだが。

(今年いっぱいまでは、待つ。
だが…それが限界だろう、な)

かつて番を探すために己を占ってくれた占術師の占いにより告げられたこの場所で番が現れるのを待つのもあとどれほどかと、年末も差し迫った今を思い、固まりつつある諦念を心に抱いて苦い笑みを浮かべた。

「しょーーぐぅーーん、どこですかぁーー!?」

次第に近付いて来る声にやれやれ時間切れかと重い腰を上げかけた、その時


「っ!?」


「……若様…?」


ドクリ と

心臓が大きく跳ねた。

(なんだ……これは)


いきなり動きを止めた俺に声をかけてくる爺の声にすら返答を返すことなく、
どんどん早まる鼓動と高くなる身体の熱、そしてー焦燥感。
早く、早く見つけろと急き立ててくるそれに、いったい何事かともわからぬまま周囲…眼前に広がる海を睨み続けていると…


「!!」

「っ若様!?」


海面にちらりと一瞬浮きかけたを目にした瞬間、
隣からの制止の言葉を聞くことなく、俺は海へと身を投じていた。
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