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2:見つけた
しおりを挟む瞬時に飛び込んだ海の中、必死にそれを探す。
(あれは…あれは)
先ほど一瞬海面に浮かんだのは流木の一部。
だがその上には確かに人の手がのっているのが見えたのだ。
そしてそれこそがーー。
この海はとても澄んだ水であり、天候も穏やかで波も荒れていない。
目的のそれはすぐに見つかった。
(ああっやはり……!!)
眼前にて海中を力なく揺蕩うそれー1人の人間の少女を目にした瞬間、
心臓を貫いた確信と歓喜の矢に、身体が高揚する。
水中で広がり揺れる、黒く長い髪
水の精と言わんばかりな、可憐な顔
(見つけたぞ!
俺の 番!!)
ひと目見て確信し、しかし現在喜びをあらわにしている場合ではないことを思い出す。
意識なく海中に身を任せている彼女、己の番の、
命の灯火が今にも消えんとしている事実。
(俺のためにも、生きていてくれ…!!)
やっと見つけた己の宝をギュッと抱え込み、
全速力で海中を脱するべく爺のいる島へと泳ぐのだった。
= = =
「若様!一体突然どうなされたと…、!?」
ざばざばと足早に海中から浜辺へと上がってきた俺に声をかけかけたルフ爺だったが、
すぐに俺の腕の中に抱えられた彼女の存在に気付き、息を呑んだ。
「若様、まさか…」
「ああ…そのまさかだ」
「っ!!」
この島に入り浸っている俺の事情を知っている爺は、
それだけで彼女がなんであるかを理解した。
海水の及ばない砂場まで上がり、そうっと彼女を横たえて治癒の魔法を唱えかけて
「…っこれは!」
そこでようやく。
彼女の手足についた巫山戯たものの存在に気付いて顔を歪める。
単なる手・足枷ではない。
魔力を封じる呪いがかけられている!
「爺!!」
「只今」
呼ぶやすぐ手を翳して詠唱を始めた爺の後方で「あ!」と副官が声を上げたが、
とても今やつに構っている余裕はない。
だというに状況を知らないアガジは
「将軍やっと見つけましたよぉ~!」
早く内地にお戻り下さい!姉上が官舎に居座って待っているんです!と切迫した状況を読もうともせずに兎族のくせに犬のようにキャンキャン喚きながら近付いて来る。
…この時ほどこの口喧しい部下に殺意を抱いたことはない!
「ねぇ聞いてますしょ」
「黙 れ」
俺の常になく殺気を帯びた言にグビリと唾を飲んでアガジが押し黙ったとほぼ同時に、
爺が解呪の詠唱を終え、パキン!と手足枷が外れて砂場へと滑り落ちる。
どうやら魔力封じの呪いを解くことが解錠する鍵でもあったようだ。
爺と入れ替わり急ぎ彼女に治癒の魔法を唱えながら、
ぐっぐっと彼女の薄い腹を押す。
「っゴホッッ!!」
「…よし」
飲んでしまった海水を何度かに分けて吐き出しながらも血の気が幾分か戻ってきた彼女の顔色と様子に、一先ず安堵する。
元より浜そばの木へと干してあった己の上着を回収して彼女の身体を包み、
そうっと抱き抱える。
軽い。軽すぎる。
「アガジ様、乗ってこられた小舟はどちらに」
「えっ!えっと、あ、あっちの岩場に止めてありますが」
「ありがとうございます。閣下」
「ああ」
「え、ちょ、ちょっと!?帰るんですよね?ってかその人間誰」
「アガジ様、閣下と私めは急ぎ戻らねばならぬ事情ができました。
つきましては内地へ着きましたら舟乗りにこちらへアガジ様の迎えを頼みますので今暫くこちらでご辛抱下さいませ」
「は?」
「では失礼」
好好爺然とした姿はどこへやら。
我が家の老練なる家令として強引に話をまとめてアガジが乗ってきた小舟の舵を取る。
彼女をしっかりと抱いたまま俺も乗り込み、呆然と佇んだままのアガジを放置して、
一路職場である官舎ではなく屋敷へ帰るべく小舟を漕ぎ出したのだった。
すー…すー…と眠る名も知らぬ彼女の滑らかな白い頬を優しく撫で、
やっと見つけた己の“唯一”をもう一度ギュッと抱きしめた。
(今はゆっくりと休んでくれ。
そして好きなだけ休んだならー、その瞳で俺を見つめて名を教えてくれ)
ーー因みに。
「……え。
…………え?
お、置いてかれちゃ………、ぇええ~~~!!?」
そんなアガジ青年の迎え舟がやってきたのは、それから3時間後のことだったーー
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