閣下は罪人と結ばれる

帆田 久

文字の大きさ
4 / 27

3:目覚めと出会いと気付き

しおりを挟む


「知らない天井だわ…」


“目覚めた一言めにそう言うのが様式美だと感じてしまったのは何故だろうか?”
などと益体なく考えることができるのも、私が生きている証拠なのでしょう。

(そう、

ーー…死ななかったのね、あれで)


何日も飲まず食わずで牢内に放置
両手足に魔封じの呪い付き枷
崖から転落
荒れた海に呑まれる


こうまで死ぬ条件が揃っていて死ねなかったのは、
逆に呪われているといって良いのでは?とも思う。

(だけど生は生。
死が等しくも必ず生ある者に訪れるものであるように、
死中に生を拾うのもまた天命ということかしらね。
生きたくとも生きられない人もいるからには、生きていることに感謝しなければならないわ)

……例えどんなに生に絶望を感じていたとしても


兎に角現状を把握しないことにはどうにもならない、と柔らかな感触のベッドから身を起こそうとして、両手足が自由に動くことに気付く。
体内を魔力が自然に循環することも。

ゆっくりと身を起こし、布団から手を出して首を傾げていると。


「起きたのか」

低くも甘い、心地よい響きの声に、ハッと顔をあげる。
自身がいる部屋の入り口に、がっしりと体格の良い長身男性が入り口の枠縁に背を預けて腕を組み、私を真っ直ぐに見つめていた。




===



長い手足を含め、均整のとれた大きくも鍛えられた身体
着衣の上からでもみっしりと筋肉がうねっているのが分かる
彫り深く、意志の強そうな鋭く澄んだ蒼い瞳
そして髪色と同じ毛に覆われた、ピンと立った濃紺の“獣耳”

その男性は、獣人であるらしい。

(!あの耳の形は狼さん、かしら?)

よく見れば尻尾も!と目を見開く私の様子をどう思ったのか、
男性は揺れ動く尻尾もそのままにスタスタと私に近付いて来る。

元々そこまで広くない部屋、すぐに男性はベッドー…私の元へとたどり着いた。
そしてー…

(!?えっ?)


するりと、どこまでも自然且つ優しく。
彼はその大きな手を、私の痩せ細った手に重ねて撫でた。

思わずびくりと肩を跳ねさせた私は、彼がとても愛しげに自分を見ていることに気付く。

線も細く、どちらかと言えば中性的であった自身の元婚約者とは似ても似つかない体格。
顔立ちも何もかもが所謂男らしさと独特な甘い色気を感じさせる彼に、同じく糖度の高い眼差しで見つめられるのはかなり恥ずかしく、頬に血の気が上ってしまうのを止められない。
甘さ故に、本当に甘い匂いが鼻腔を擽っている気すらする。

「起き抜けにすまないな。
だが、どうしてもしっかりと無事に目を覚ますかと心配でな」

「………」

貴方は、誰?

「俺はジルクバル・ロウガルという。
これでも一応ここビルスト国ではそこそこ名の知れた家の者だから安心して欲しい。
君の名は?」

「………」

私はディステル・ア…ただのディステル

「……やはり目を覚ましたばかりでこんな図体のでかい、
それも獣人と顔を合わせるなんて怖いし警戒するよな…、すまん」

は?違う…っ!

「…とりあえず家の者が胃に優しい物を用意して持ってくるから食べてくれ。
充分に休んでそれで自分のことを話しても良いと思ったなら」

だから違うと言っているのに!!

折角優しく重ねられていた手の温もりが離れ、
屈んでいた姿勢から身を起こして去ろうとする彼に、何故分かってくれないのだと咄嗟に彼の服の裾を掴む。

彼が去ってしまう、自分の元から。
そう感じた瞬間、言い知れぬ不安と焦燥、それと心臓が締め付けられるほどに痛んだ。

引き止められたことに目を見開く彼に必死で行かないで、置いていかないでと目で訴えればふわりとその男らしくも鋭い印象の顔を柔らかく緩ませて微笑み。
ややあって何かに気付いて静かに問われる。

「……もしかして、口が聞けない、のか?」

え?

「……。!?…………っ!?」

(もしかして今まで声に出ていなかった?
…声が出て、ない!?)

そこで私はようやく、自分の言葉が彼に届いていなかったことを知ったのだった。











しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

馬小屋の令嬢

satomi
恋愛
産まれた時に髪の色が黒いということで、馬小屋での生活を強いられてきたハナコ。その10年後にも男の子が髪の色が黒かったので、馬小屋へ。その一年後にもまた男の子が一人馬小屋へ。やっとその一年後に待望の金髪の子が生まれる。女の子だけど、それでも公爵閣下は嬉しかった。彼女の名前はステラリンク。馬小屋の子は名前を適当につけた。長女はハナコ。長男はタロウ、次男はジロウ。 髪の色に翻弄される彼女たちとそれとは全く関係ない世間との違い。 ある日、パーティーに招待されます。そこで歯車が狂っていきます。

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

禁断の関係かもしれないが、それが?

しゃーりん
恋愛
王太子カインロットにはラフィティという婚約者がいる。 公爵令嬢であるラフィティは可愛くて人気もあるのだが少し頭が悪く、カインロットはこのままラフィティと結婚していいものか、悩んでいた。 そんな時、ラフィティが自分の代わりに王太子妃の仕事をしてくれる人として連れて来たのが伯爵令嬢マリージュ。 カインロットはマリージュが自分の異母妹かもしれない令嬢だということを思い出す。 しかも初恋の女の子でもあり、マリージュを手に入れたいと思ったカインロットは自分の欲望のためにラフィティの頼みを受け入れる。 兄妹かもしれないが子供を生ませなければ問題ないだろう?というお話です。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...