閣下は罪人と結ばれる

帆田 久

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6:膨れ上がる疑念と確信

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戸惑う部下に殿下が訪れたことを固く口止めし、部屋に腰を落ち着ける。
内密な話であることを考慮して施錠の上結界を張る。
腕力以外魔力量がそこそこな俺でもこの部屋程度なら防音・防御の結界くらい張れるのだ。

俺の前で既に着席している殿下ー、アドゥルフ王太子殿下は未だ難しい顔を崩さず、
話があると言いながら黙り込んでいる。

…こちらから切り出す他ないようだ。


「殿下……おやつれになられましたね」

「ん、ああ…。
忙しさなど元からだがこればかりはな」

「で。お話というのは、例の……」

「ああ。お前はあの件をどう考えている?
他ならぬ直属であったお前…そして真っ先に彼女を捕らえたお前にだからこそ、
こうして直接話を聞きに参ったのだ」


強い眼差し…それを見て確信する。
殿下も、他ならぬ殿下が彼女の罪に対して疑問を持っているのだと。

もう彼女は、この世にいない。
しかしだからといって、全く違う真実がある可能性を捨て置いて闇に葬れば、
それこそ彼女を本当の罪人として歴史に名を刻んでしまうことになるし、事態はそれ以上に深刻だ。

不敬だと、虚言だと責められようとも構うものか!
俺は殿下の眼差しを見据え、腹を決めた。


「はっきり仰って下さい殿下。
をお疑いなのでは?」

「!!……やはり」

「少なくとも俺は、それを強く疑っております。
明らかにおかしな毒殺未遂事件。
誰が発したかもわからない毒をあの方が盛ったとの発言に、
俺も殿下も……陛下ですら何も反論も疑問も呈さなかった。
証拠の確認も、動機も、裁判すら省略してかの方は罪人として牢に入れられ、断崖から転落して命を落としました。
不自然すぎる!」

「更に問題なのがその後私達と他数名を除いて未だ何の違和感も感じていないということだ。
伯爵家の処断から私の新たな婚約者、結婚の日取りまで…。
あまりにも周到すぎる」

「ええ」

「おそらく新たなる婚約者殿の実家ーー…エヴリン侯爵家はこの件に絡んでいるのは確定だ。
確かベスパー、お前の部下にエヴリン家の次男がいたな?」

「コンラッドですか。
奴は今回の件で1番かの方を罵って貶して回っている人間ですよ。
比較的彼女に対して好意的だった俺の部下達の中で元々1人だけ浮いてましたが、
かの方が亡くなった今、鬼の首を取ったかのように増長しています。
自身の姉が貴方様の婚約者に決まったことも含めて、ね」

最近では自分こそが騎士団の長であるかの如く発言を繰り返している赤毛の男を脳裏に思い浮かべてギリ…と歯を鳴らす。

「無論、派手好きで知られる以外大して名も通っていないあの家だけの企みではない。
禁呪はそもそも徹底的に情報を消して回って既にかなりの時が経っている。
特に洗脳・思考を誘導する類の物は些細な詠唱情報であっても王城の、それも陛下・王妃両名のみが秘密裏且つ厳重に管理している。となれば必然……」

「っまさか……」

「王妃、だな」


王妃ーー、他国より嫁いで来たエピト王妃は王太子殿下の実の母ではなく、子がいない。
成婚されて10年の間子に恵まれず、止むなくその後に娶った側室であるザザ妃の長子。
殿下が生まれてすぐにザザ妃が亡くなり、
それをいいことに殿下が彼女の産んだ長子であると公式に発表したのだ。

聡明なる国王陛下はそれでもこれ以上新たな側室を娶るのもとそれを黙認したが…あの王妃は元より野心が強かった。
しかしながら魔力量や魔法の才に乏しく、それに富んでいた人間を陰で殊更嫌っていた。


「……殿下は、王妃様がかの方を毛嫌いしていらしたのは…?」

「…勿論知ってはいた。いたが、父も私も、彼女以外は全く考えていなかったし王妃が何と言おうともそれを覆す気はないと意思を同じくしていたのだ。
だがおそらく」

「そこをエヴリン家につけ込まれて禁呪の情報を流したのかもしれないと」

「証拠はないが、な。
王妃もエヴリン家も、両者どちらも派手好き。
呼ぶ商人も重複していることは既に確認済みだ。
となればほぼ確定だろう」

「………」


重苦しい沈黙が室内を覆う。

「ベスパー」

「ー…は」

「もし…今回の件を全て明らかにすると私が断言したとしたなら。
お前は」

「言うまでもありません」

そこでようやく殿下は、濃密な殺気を纏う俺の眼差しに気付き、小さく息を呑んだ。

「私、いや俺は守護者失格。騎士失格です。
肝心の守らねばならない方を自身の手で死に追いやってしまった。
それでも、汚名を濯ぎ、本当の罪人を暴き!殿下並びに陛下を、国を守ることができたなら。
その後その者達と同じく罪を犯した者として処断されようが構いません」

「………」

「あの方は、最後まで笑っておられた。
不似合いな諦め切った顔で、それでも俺に微笑んで最期に貴方様や国を守る騎士たれとッ!
そう言ってくださったのです。
ならばあの方の為、自分自身の誇りに懸けて。
真実を暴くのに協力致しましょう」

「お前もしや………いや、そうだな。
お前が協力してくれるというのなら心強い」

殿下も自分も、同時に立ち上がり、手を差し出す。


「「共に真実に至らんことを。共に罪人を冥界へと堕とさんことを」」


誓いを言の葉に乗せて、互いの手を強く強く握った。

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