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落とし物に気づくとき
初恋と同盟
しおりを挟むside:春斗
その日の夜……。
咲が寝た後、そっと咲の部屋を覗いて、深い眠りに入っていることを確認する。
咲はクマのぬいぐるみを抱きながら、一定の寝息を繰り返す。そのあまりにも幼い寝顔に、ふっと笑みがこぼれた。
こんな小さな体の中で起きている、目まぐるしい変化に、咲自身はまだ気づいていない。というか、ついていけてないのかもしれない。
俺は、家事を一段落させて、2人分のお茶を淹れると、リビングのソファに向かい合うように座った。
「ありがとう」
言いつつ優が、本を読みながらお茶を1口啜る。
俺はマグカップを両手で包むと、なんてことないように優に声をかけた。
「ねーねー、優。咲にはお友だちと好きな人が、同時に出来たみたいだよ」
盗み聞きは大人のすることではない。大人でなくてもしてはいけない。これは重々承知。
しかし、角村さんと咲が話していることが、耳に入ってしまったのだから仕方ない。正確には、耳に入ってから聞き耳は立てたが……。
咲は気づいてないけれど、あれは。
……絶対に、恋心。
そんで多分、角村さんは咲の気持ちには気づいているんだろうなぁという印象。
「……?! ッゲホッ……えっ? 今なんつった、お前……」
優は飲んでいたお茶を吹き出しそうになって、変なところに入ったようでむせ込む。
「こっちも、わかりやすいね。友だちと好きな人ができたみたいだよ、咲に」
言いながら笑うと、優が俺のことを睨む。
今日、咲が俺のことを『鬼の形相』と言い、それを俺に聞かれていた咲の焦り方に少し似ている。
「変なタイミングで……そういうことを言うな」
普段あんまり動揺しない優も、これには相当驚いたのだろう。
呼吸を整えて、もう一口お茶を口にしてから、改めて俺に訊いてきた。
ーーもちろん、ハードルの低い方から。
「友だちは?」
「角村一華さん。優、知ってるでしょ?」
その名前を聞いて、ふっと微笑む。
「あぁ、よく知ってる。……確かに、咲とは相性良さそうだな。学校では変わりなさそうか?」
言いながら、優は一瞬小児科医の顔になる。
「うん。放課後見てる感じ、大丈夫そうだよ」
「それならよかった」
優はそれを聞いて、ほっとして気が抜けたようだった。
もう話が終わったみたいな雰囲気を出されてしまい、少し不満に思う。びっくり箱をつつくように、俺は再び話を振った。
この話をした時点で、この話題から優のことを逃がすはずなどさらさらない。
「で、気になるよね? 好きな人」
優は明らかに表情を曇らせて、お茶を啜る。
マグカップが退いた時、眉間に皺を寄せた優が現れた。
「……何処の馬の骨だ?」
「昭和初期か」
「うるせぇ」
思ってもみない典型的な頑固オヤジみたいなセリフが妙に合っていて、吹き出さずにはいられなかった。
優もふっと口元を緩める。まあ、何処の馬の骨でも良いけれど、どんな子なのかは知っておきたいといったところか。
「なーかなか、手強いと思うよ~。生徒たちの噂によると、学年1位の顔面を持つ子。ちなみに俺は教師の中で1位の顔面ね」
「はぁ……」
おどけたように言うと、優は呆れ顔だった。でもその表情の中に、少し安堵が見えたのは、俺と同じ気持ちだったからかもしれない。
呆れながらも、優は勘が鋭い。なにか考えている素振りを見せたわけではないのに、すぐに答えに辿り着いてしまった。
「……ん? その子、あれか、去年春斗がクラス持ってた子か?」
「あぁ、よく覚えてるね」
「……忘れるわけがなかろう」
言いながら、優は手に持ったマグカップを見つめた。去年のことを、思い出しているのかもしれない。
去年の今頃、それはそれで大変だった。
……学年1位の顔面を持つ樫木由貴は、まさしく、学年で1番の隠れ問題児だったのだから。
久々に生徒に手を焼いた。
中学生の割には大人っぽいが、まだあどけなさが残る由貴の横顔を思い出す。
どうにか2年に上げられて、良かったと思う。
手を焼かれた由貴は、焼かれた分だけ俺に懐いていた。
「彼が、始業式の時に咲を助けた。元々、よく気づく子ではあるから。咲が腹痛でうずくまってる時に、由貴が真っ先に俺のところに走ってきて教えてくれたから、そうだと思うんだ」
「咲もなんだか……こそばゆい落ち方をしたな」
優はお茶をもう一口啜る。なんとも言えない顔をしたのは、咲の心境をありありと想像したからだろう。
俺はその様子を見て、にっこりと口角を上げる。
「咲っぽいというか。……そんなわけで。優、少し安心してるでしょ? 俺は、咲には申し訳ないけど、安心してるよ」
「……春斗。だからお前、鬼って言われんだぞ」
優は正直だ。
言い当てられた内心を、否定することはあまりない。否定されたところで、顔によく出るから分かりやすいんだけれども。
「へへ。鬼上等。かわいい娘はまだ渡せないなぁ」
「当たって砕けろか」
「砕ける前提でいる優も酷いよ」
「……まぁ、半々だ。傷ついて欲しくないと思うのも親心か」
「それは同感。複雑な気持ちだねぇ」
沈黙が訪れる。リビングにはお茶を啜る音だけが響いていた。
……見守るしかないかな。
お互いがそう思っていたに違いない。今の咲には、どうなったとしても角村さんがいる。あの子はきっと、咲の面倒もよく見てくれるだろう。
俺は学校にいながら、咲の手助けには線引きをしている。
中学生の恋なんて繊細そうなものは、そりゃもう当然、大人の管轄外だ。
見守るくらい、いや、なんなら見て見ぬふりくらいがちょうどいい。
「……助けを求めてきたら、手を差し伸べようか」
……これがきっと、俺と優ができる最大限のことだ。
「そのつもりだ」
優は頷いた。能動的には何もしない。
俺と優は咲の初恋に関して、影から見守る協定を結んだ。
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