ほしとたいようの診察室

おにぎりマーケット

文字の大きさ
7 / 62
お仕事&お仕事

食堂の仲間たち

しおりを挟む


side:のぞみ




「もー! どーなってんですか、大河さん!」




威勢よくため息をつきつつ、それでも目元が笑っているのは、坂井さん。
調理師唯一の男性スタッフで、歳は多分20代。


「仕方ないでしょ! 上が採用取り仕切ってんだから。2人入っただけいいと思うよ!」



これまた威勢よく切り返すのは、厨房の責任者の大河さん。40代の肝っ玉母ちゃん、みたいな方で。

わたしともう1人ーー新入社員の倉野小夜さんは、顔を見合せた。




今日が、食堂で働く初日。
わたしと倉野さんは、支給された制服を身につけて、とりあえず厨房に顔を出す。朝礼はこれからで、今日はオリエンテーション(という名のもはや即戦力として厨房に駆り出されるんだけれど)だった。

大河さんの前に並んだ職員は、坂井さんとバイトさんが2人。それから倉野さんとわたし。



「いやー、ごめんねぇ。うちの職場は人手不足で」


大河さんが言いながら、ゆるっと朝礼が始まる。


「今日から新人で入ってきた子が2人ね。名前はーー」


「倉野小夜です、よろしくお願いします」


迷いなくあいさつをした倉野さんに、戸惑いながら続く。


「ほ、星川のぞみです…」


ぺこり、とぎこちなく頭を下げる。


「そういうことだからねぇ、みんな頑張ろう」





食堂では、職員や一般の方向けにランチの提供をする。昼の提供時間が終わった後は、病棟の方の厨房に移って、今度は入院患者さんに提供する夕食つくりのお手伝いをする。
1日はそんな感じで終わるらしい。


「入ったばっかりで覚えることたくさんだろうけれど、ゆっくりでいいからね!」


大河さんは、わたしと倉野さんににっこりと微笑んだ。


そうして始まった初日は、怒涛の勢いで過ぎていく。

ランチの時間はやはり、食堂の利用者数も多く、目が回るようだった。




「A定食、売り切れるよ~!」


「星川さん、付け合せの野菜刻んどいてくれる?」


「倉野さん、洗い物お願い!」


「あ! 2人ともやり方わかる? 教えるよ!」




大河さんは司令塔になりながら手を動かし、わたし達に逐一やることを指示する。坂井さんは右往左往するわたし達をフォローしながら、何人分かわからない仕事をテキパキこなしていた。


言われるままに手を動かし、体を動かしていたら、あっという間にピークの時間帯が過ぎた。


「疲れたでしょ、ちょっと休みな。ね、いいよね、大河さん!」


坂井さんが言いながら、飲み物をわたし達に渡す。面倒見の良い教育係のようなポジションなのか、よく気にかけてくれる。


「「ありがとうございます」」


短い休憩を言い渡されたわたしと倉野さんは、厨房の隅の椅子に座って、一息つく。


「……あっという間だったね」


飲み物を口にしながら、倉野さんがわたしに声をかけてくれた。


「ほんとだね……大変だったなぁ」


つぶやくように応えると、静かな時が流れた。
昼時を過ぎると、食器を洗う音がよく響く。


「倉野さんは、バイトとかで調理してた?」


控えめに訊ねると、倉野さんが笑った。


「ーー小夜でいいよ。うん、卒業前に少しだけね。飲食店でやってたんだけど、勝手が全然違う」


「じゃあ、小夜ちゃんで……。そうだよね、慣れるまで大変かも……」



名前で呼ぶのが少し恥ずかしくなって、座っていた足元、つま先を見つめた時だった。




「ねえねえ、知り合いの先生?」


倉野さんーー小夜ちゃんが、肘でわたしをつつく。なんの事か分からなくて顔を上げると、視線の先、カウンターの向こう側に、笑顔で手を振る人がいた。



「……あわ、よ、陽太先生……!」



授業参観で親に手を振られる感覚が蘇って、頬が火照る。
どうしていいかわからず……これまた小さく手を振り返した。

陽太先生は、遅めの昼ごはんの常連らしい。
大河さんとも話しながら、カウンターで食券を渡す。


「あれ! 陽太先生、星川さんと知り合い?」


「ふふ、そんなとこです。昔、のんちゃんの主治医をしてました」


「あら~! 感無量でしょ!」


「それはもちろん」


屈託なく笑いながら話す2人の会話が耳に飛び込んで、また俯いて、もじもじしてしまう。

恥ずかしいような、嬉しいような。
隣にいた小夜ちゃんが、にこにこしながら、わたしに囁くように言った。



「星川さん、わたしものんちゃんって呼んでいい?」



なんだか、その状況を楽しむように。
でも悪い気はしなかったから、わたしはこくりと頷いた。



数日間、同じシフトで動いていた小夜ちゃんとは、色んなことを話した。
気がつけば厨房ので働く人達からも、『のんちゃん』と呼ばれるようになっていた。


「のんちゃん、プリン好きでしょ? 注文入って取り出す時だけ、目の色違うよ」


小夜ちゃんが作業をしながらわたしに言った。


「うん。ここのプリンが忘れられなくて、就職したから」


「ほんと? ほんとに言ってるの?」


驚いた小夜ちゃんの手が止まる。


「うん」


「すごい。ずっと好きだったなんて」


おちょくられてしまうかと思ったら、そんなふうに真剣に言ってくるから、照れてしまう。


「わたしは食べ物好きでこの仕事してるけど、1番大好きで忘れられないものってないなぁ」


少し、寂しそうに小夜ちゃんが笑う。



陽太先生は、相変わらず14時過ぎに昼食を摂るらしい。それはいつも、人気のランチは売り切れた頃だったりする。


「あれ! ハンバーグ定食終わっちゃいました?」


「ごめんねぇーー。売り切れ。もっと早く食べに来られたらいいのに」


「いつも気づいたらこの時間なんですよ~……」


大河さんと陽太先生の会話を小耳にはさみながら、食洗機の前で黙々と作業する。

陽太先生は、わたしに気づくと必ず笑顔で手を振ってくれる。それが少し嬉しくて、誰にも気づかれないように、洗い物をする手に力を込めた。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...