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緊急入院と夏
優先生とプリン
しおりを挟む少しすると、優先生が来た。
「どうだ?食事は?」
手をつけられていないお膳と、布団に包まったままのわたしを見ながら、優先生は言った。
「……食堂のプリン、持ってきた。これなら食べられるかと思って」
優先生はお膳をよけると、代わりに食堂のプリンを2つ、テーブルに置いた。
でも、何も口に入れたくなかった。
……あの大好きなプリンでさえ。
「なぁ、のんちゃん。ご飯は無理しなくてもいいから、起き上がれないか?」
ベッド横に置いた椅子に腰を掛ける気配がした。そっと布団を退けて、ゆっくりと顔を出す。
優先生は、そんなわたしの様子をみると少し笑い、スプーンを2つだした。
「ひとつは俺の」
「え」
思わず笑ってしまう。
「え、ってなんだ。俺もこのプリン好きなのは知ってるだろ? 泊まり明けで何も食べてないんだ、許せ」
いただきますと呟き、プリンの蓋を取って食べ始めたので、羨ましくなってじっと見つめる。
「うまい」
おいしそうに食べる優先生を見ていたら、少しだけお腹が空いてきた。
「食堂の人たち、心配してた。でも、プリン食べさせるからって言ったら、そうしてあげてって。大河さんが」
言いつつ、優先生はプリンを食べる。
優先生の一口は大きい。
……あっという間にプリンはひとつ、空になる。
「早く良くなってさ、また仕事しよう。そのための入院なんだ。俺も、元気に働くのんちゃんが見たい」
落ち着いた声で、優先生は言った。
わたしはゆっくりと起き上がった。
大好きなプリンが、目の前にはある。
「大丈夫。食べてみな」
「でも……」
吐いちゃうかも……。
不安な表情を隠さずにいると、優先生は言った。
「小さい時からのんちゃんのこと見てるんだから。いまさら吐いても、俺も陽太先生も引かないよ。ってか引いてたら陽太先生、今日は病室来ないだろ」
優先生は新しいプリンの蓋を開け、スプーンを手に取った。
「まあそれに、そんなことで引くような後輩に育てた覚えもない」
言いながら小さなひと口を作ると、わたしの口元まで運ぶ。
「ほれ、口開けて。食べてみな」
いい匂いがして、思わず……。
ぱくっ。
「……おいしい」
久しぶりに食べたかも。
卵を多めに使ったプリン。素朴な味だけど、これが食堂ではずっと人気だし、わたしもずっと知っている味だ。
「全部食べられるか?」
「……多分」
「はい、スプーン持って」
スプーンを手渡される。
ゆっくりと、プリンを掬って、口に運ぶ。
……プリンは変わりなくおいしかった。
あまりにおいしくて……いまになって、全然気持ち悪くならないのが悔しくて。
なんで陽太先生の前で吐いちゃったんだろうって、考えたら涙が出てきてしまった。
一緒にご飯食べるの、嬉しかったのに。
今日も一緒に食べたかったのに。
優先生は、全部わかっているみたいだった。何も言わずにわたしの背中をさすってくれた。
「ようたせんせいが……せっかく来てくれたのに……昨日汚しちゃったことも、謝ってないのに……あんな言い方……」
呟くと、ぼろぼろと涙がこぼれる。
「泣くな、そんなことで」
「ぜんぜん……そんなことじゃない」
「治療の過程で、具合が悪くなることだってある。副作用ならなおさら、仕方ない。もともと、のんちゃんは小さい頃から薬の影響が出やすいのもあるしな」
優先生は、いつもよりずっと優しい声で言った。
「それに、陽太先生にとってはそんなことなんだよ。」
優先生が、思い出したように笑う。
「覚えてないかもしれないけど、昔、俺や陽太先生に、『きらい、だいきらい』って言って大泣きしてな」
「子どもの時のことなんて」
反論すると、優先生が遮った。
「そう思うだろ? でも子どもの『きらい』は、小児科医には結構応えるんだよ。それに比べればそんなことなんだよ」
「……なんか、ごめんなさい」
……思い出した。治療から逃げ回って、泣いたこと。嫌って言っても痛いことは続くから、自分の中の最大限の言葉を使って、拒んでいたのだ。
「いいよ、小さいときの話だ。いまは素直にごめんなさいも言える。」
優先生が、わたしの頭をひとつ撫でる。
いつになく柔らかい笑みを浮かべた優先生は、なんだか子どもの頃より優しい気がした。
「早く食べてしまいな。この後もやることあるんだから」
「……吸入、やっぱりしなきゃだめ?」
ウルウルした瞳をわざと上目遣いにしてみた。
「そんな目してもダメだ。今のうちに手つけておかないと、どうなっても知らないぞ」
「でも……やっぱりいやだ」
「いやじゃない。さっさと終わらせる」
呆れたような声で、一喝される。
優先生は優しくなったけど、治療は絶対だった。
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