ソードゲーム2

妄想聖人

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語り継がれる者 2

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 鋼鉄製の門扉を抜けて敷地外へ出た瞬間、無数の視線が一斉に突き刺さるのを感じ取った真白。里に居た頃は、狩人もしていたので、視線というものにとても敏感なのだ。敏感にならないと、姿勢を低くして草叢で身を隠してこちらの様子を窺いながら、足音を立てずに接近してくる肉食獣に襲われて、命を落とす危険性があるからだ。視線の正体は、神剣の知識を欲している勢力と神剣の知識を排除しようとしている勢力とその他の監視者だ。こういう状況の中心にいるため、真白は安易に人間を信用しない。もし信用して背中を見せたら、後頭部に銃口を突き付けられる。里を追放されたとはいえ、今でも物部氏の一員だと思っているので、神剣の知識を教えるつもりはない。これは物部氏に代々伝わる秘術なのだ。逆に大人しく殺される気もない。いい加減、諦めてもらいたい。というのが真白の切なる願いだ。
 普段ならうんざりするところか、鬱陶しさから怒りのボルテージが上がるところだが、今日は大目に見てやることにした。今日は待ちに待ったお小遣いの日なのだ。折角の楽しみを自分でぶち壊す必要はない。
「約束通り私の買い物からね」ネルーは言った。
 二人は歩いて目的地へ向かう。タクシーは使わない。お小遣いの節約もあるが、真白が赤の他人が運転する乗り物に乗るのを嫌がる。それに時間だけはあるのだ。談笑しながらのんびり歩くのもいい。
 ネルーは恐らく何かのゲームのBGMを鼻で奏でていたが急に止まった。「よく考えたら、真白と出かけるのは久しぶりだ」
「久しぶりじゃないだろ。ドイツまで一緒に行ったろ」この前の仕事のことを差した。
「あれは仕事。今日は遊び。真白と遊びに行くのは久しぶりだよ」
「そりゃそうだろ。普段ゲームばっかやってんだから」
この点に関して、真白は口煩くない。仲間の趣味をとやかく言うつもりはないのだ。現代の考えに則れば、その辺は個人の自由だ。
「だって面白いんだからしょうがないじゃん」
「今の内に思いっきり楽しんでおけよ」
留守番している面子は、口煩い方ではないので、ネルーがテレビを独占している状態だ。誰かが見たい番組があれば、スマートフォンなりタブレットなりを使用している。
「もちろん」
ネルーの目的地であるゲームショップに入店した。店内には、まばらに客がいる。ネルーは何度も来ている常連なだけに、迷いのない足取りでRPGが置いてあるコーナーへ向かった。後を追いかける真白も、ネルーの付き添いでこの店には何度か来たことがある。初めて訪れたときは、好奇心が刺激されて探検もどきをした。彼女はMMO系を好んでやる。商品を手に取り真剣な目つきで、購入すべき商品を検討する。
 成長したなぁ。
真白はネルーの後姿を眺めながら感慨深い思いに駆られた。ちょっと前までは、面白そうと思ったら手当たり次第に購入していたのだ。これが原因で彼女もお小遣い制になった。それが今では優先順位を付けて購入するようになったのだ。
だが、誰が想像できよう。購入すべきゲームを真剣に検討しているこの女こそ、世にインスブルックの惨劇と言われる甚大な被害を起こした本人だと。
真白は周囲を見回した。ネルーと同じように商品を見ている客がいるが、彼にはわかっていた。近くにいるのは監視だ。商品を見る振りをしながら、視線が向けられているのが感じ取れる。
ゲーム屋で俺を監視する諜報員。
そう思うと、とても間抜けな絵面に思えてきた。殺し合いをした仲だから余計にそう思ってしまう。思わず噴き出してしまった。
「どうしたの?」ネルーは不思議そうに真白を見た。
「ちょっと面白いことがあっただけだ」
「ふーん」それ以上、興味を示さず商品の検討に戻った。
 まだまだかかりそうだな。
 真白は漫然と商品のパッケージを手に取り、裏面を眺める。真白は積極的にゲームをしない。誘われてもやりたがらない。ゲームが嫌いなわけではない。むしろ楽しんでいる。ネルーがやっているのを、隣で見ているのも楽しい。彼女が好んでやるジャンルのおかげで、旅行した気分にも浸れる。問題はパーティーゲームのような複数人で遊べるゲームだ。これは勝負事であり、戦士として育てられた真白はついつい熱くなってしまう。結果、力が入り過ぎてコントローラーを破壊してしまうのだ。真白に限った話ではないが、コントローラーブレイカーが、あまりに多すぎるため――パノもその一人である――壊した人が新しいコントローラーを購入するというルールができた。お小遣い制の真白からすると、この出費が地味に痛いのだ。こういう事情から、やらないように気を付けている。
 ネルーは小さな唸り声をあげてから「よしっ!」と一人で納得した。「買ってくるね」
 真白は返事をしながら、パッケージを元の位置に戻した。ネルーに顔を向けてぎょっと驚いた。思わず呼び止める。「ちょっと待て」
「なに?」
「二つだけでいいのか?」
 ネルーが一本のゲームをやり尽くす時間は、だいたい一週間ぐらいである。四本あれば次のお小遣いの日まで持つ計算だ。だからいつも四本のゲームを買うのに、今回はその半分だ。何かあったのかと不安になってしまう。
「ほかに欲しいものがあるからね」そう言ってレジカウンターへ向かった。
真白は腕を組んで、ネルーが欲しがるものを考えた。ゲーム関連以外で欲しがるものといえば、珍しい何かだろう。具体的な形は全く想像できなかった。一体何を買おうとしているのか、俄然興味が湧いた。商品の入ったビニール袋を片手に持つネルーと共に、彼女の次の目的地に向かう。その途中で問題が発生した。ネルーも初めて行く店のようで、道順が怪しい。分かれ道に出ると、ネルーはどっちだっけ?という風に考えるのだ。真白は、今の状況がどういう言葉で表現できるか知っている。
「俺たちは所謂、迷子じゃないか?」
後を追いかけているだけの真白は尋ねた。そうなっても不思議はない。普段、屋敷に引き篭もってゲームばかりしている奴が、案内をしているのだ。ローマの地理に明るいとは思えない。仮にそうだったとしても、この状況を楽しんでいた。迷子になったおかげで、普段なら来ないような場所に行くのは、ちょっとした冒険のようでわくわくするのだ。
「多分、こっちで合ってるはず」ネルーは進んでいく。
「多分ね……」
実に当てにならない言葉である。案の定、目的地に到着することなく、ネルーは肩を落とした。真白は迷子を楽しみつつ、彼女が次にどういう行動に出るのか見守る。ネルーはポケットからスマートフォンを取り出した。位置情報アプリを起動させて、目的地を調べる。すぐに文明の利器に頼らなかったことに、真白に不満はない。この宇宙の外側にある別な宇宙のとある惑星を冒険しているときは、地球産スマートフォンはぶっちぎりの一番で役に立たない道具だからだ。冒険時の訓練だと考えれば丁度いい。加えて、お互いに急いでいるわけではない。こういうアクシデントに遭ってもいいのだ。晩御飯までに帰宅できればいい。画面をスクロールしたネルーは、画面を眺めてから歩き出した。付いて行く真白。時折、現在位置を確認するために足を止めるが、今度は迷わずに辿り着いた。ちなみに、スマートフォンを見ながら移動するのは危険なのでやめましょう。
 真白は店の看板を読んで頭の上に疑問符が浮かんだ。
「家電量販店?欲しいものはここにあるのか?」素直に意外だった。何を買う気なのか想像できない。
「そうだよ。行こ」ネルーは先に行く。真白も後に続く。
当然ながら、店内には沢山の家電製品が並んでおり、多くの客がいる。真白は滅多に家電量販店に来ないので、どこに何があるのかわからない。前回、来た時は屋敷の台所をアイランド式に新調したときだ。しかも訪れた店は、ここではない。大袈裟に言えば未知の場所だ。留まることを知らない好奇心が刺激される。
「なあ。ちょっとだけ見て回ってきていいか?」真白は言った。これまた大袈裟に言えば、探検したいのだ。
「駄目に決まってるじゃん」
「どうして…決まってるんだ?」
「真白は目を離すとすぐに迷子になるじゃん。探すの大変なんだよ」
経験者は語った。これは冒険しているときの話であり、心当たりがあり過ぎた。前科持ちは言い返すのが難しいが、これだけは言っておく。
「さっきまで、仲良く迷子をしていた奴に言われたくない」
「ほら行くよ」
審議されることなく棄却された真白は、しぶしぶ付いて行く。ネルーもこの店には初めて来たため、どこに何があるのかわからず、目的のものを見つけ出すのに手間取った。
「これが欲しいのか?」
真白は商品を見下ろした。商品棚にはパソコンのモデル品が横一列に置かれている。
「どうしてパソコンが欲しいんだ?」
訳がわからなかった。真白の頭ではパソコンの一番の特徴は、インターネットができることだった。だが各自がスマートフォンやタブレットを所有しているので、いつでもどこでも好きにネットの海で波乗りができる。パソコンの必要性を感じない。気軽に持ち運びができない時点で、かえって邪魔に感じる。
「ネットゲームをするために決まってるんじゃん」
「成程な」納得した真白は、ある疑問を抱いた。「ソーシャルゲームとネットゲームの違いってなんだ?」
どちらも同じものに思える。強いて違いを挙げるなら、画面の大きさぐらいしか思いつかない。
「知らない」
「知らないのに欲しいのか?」
「あのね真白」ネルーは至極真面目な目を向けた。「それは些細な問題だよ」
要は楽しければ、どうでもいいらしい。
 ネルーはパソコンの値段を見比べた。「やっぱり高いな」
「精密機械の塊だからな。高いのは当然だろ」
「ヌイに言って、買ってもらえないかな?」
真白は少し考えた。「説得できれば買ってもらえるだろう」
「ヌイってさ……。ケチだよね」ネルーは溜息をついた。
神剣一党の財源は、冒険で入手した植物や鉱石や動物である。それらは、地球どころか、この宇宙にも存在しないかもしれないものなので、しかるところに持っていくと、とんでもない高値で売れる。家計はとても潤っているので、こうして毎日、ぶらぶらして過ごせる。
「そいつは仕方ない。あいつは俺たちが貧乏だった頃を経験しているからな」
地球に来たばかりの頃のヌイも、お金の扱いに関しては無頓着だった。そして仲間が増えるにつれ、お金の浪費速度が速まり、今日の食事に事欠く有様になった。困り果てた真白たちは、そこで冒険先で手に入れた武器(真白が使用するための鉄剣など)を買い取ってもらえないかと、デ・サンティス家の当主であるカンナヴァーロ・デ・サンティスに相談した。引き受けてくれたその日の内に連絡があった。最初はこれぐらいの金額で売れた。という想像をしていたのだが違った。なんでも、見た目や性質は鉄そのものなのだが、地球には存在しない金属だという調査結果が出たらしい。そしてこれを良く調べたいからと、高値で買い取りという話になった。この件があったから、真白たちは冒険先で売れそうな、様々なものを手に入れるようになった。余談であるが、この頃は山囲戦争解決に尽力したとして、日本政府から貰った報奨金で生活していた。これは真白のポケットマネーだ。
「そんな時期があったの?」彼女は素直に驚いた。この頃は、ネルーと出会う予定すらなかった。
「あったんだよ。もう二度とひもじい思いをしたくないから、ヌイはしっかりした金銭感覚を身に着けたんだ」
これには素直に感謝している。欲を言えば、お小遣いを増やしてくれたら嬉しい。
「やっぱり頑張ってお小遣いを貯めないと」ネルーは真白をじっと見つめる。「カンパしてくれてもいいんだよ」
「するか」すかさず拒否した。
「出してくれたら、私と真白の共有財産になるんだよ」
 どう考えても、ネルーが独占している姿しか想像できなかった。
「そうだな。ゲーム以外でパソコンの有効性がわかったら出してもいいぞ」よく知らないものなので、興味はあるのだ。
「言ったね」
「言ったぞ」
「その言葉を絶対に忘れないでね」
真白は相手が誰であれ、絶対に嘘をつかないのを信条としている。言い換えれば、一度、吐いた言葉は何があっても絶対に守る。
「絶対は約束できないな」人間、なんの拍子に忘れるかわからない。
「大丈夫。私が覚えているから」
「それなら安心だな」無邪気に言った。
「光回線を通すために工事しないといけないんだけど、やってもいいよね?」
あの屋敷は、真白の名義で借りている。家主は真白なので、彼の許可が必要なのだ。
「工事が必要なのか……」真白は渋い顔になった。
「問題でもあるの?」
「あの屋敷が借家なのは知っているだろ?」
しかも時のローマ法王から下賜された、由緒正しい物件だ。
 ネルーは頷いた。
「工事をするのなら、本来の持ち主の許可が必要だ。俺の一存では決められないぞ」
台所をアイランド式にする時にも、許可を求めた。
「じゃあ、聞いてみてよ」
「構わないが、もし駄目って言われたら諦めるしかないぞ」
恐らく許可は下りるだろう。
「そこは、頑張って交渉して」
「簡単に言うなよ……」
頭を抱えそうになった。それは真白が苦手なことの一つだ。神剣一党賢人組からも、交渉ごとに向いていないと太鼓判を押されている。
「許可云々は、小遣いが貯まって、買う段になってからだな」
「そうだね」ネルーは歩き出した。「私の買い物は終わり。次は真白の買い物に行こ」
 二人は並んで家電量販店を後にして、早速問題が発生した。
「ここはどこだ?」
真白は訊いた。
世界遺産巡りをするためにローマを歩き回っているが、この辺は普段来ない地区なので、現在位置がわからなかった。ネルーはポケットからスマートフォンを取り出した。位置情報アプリを起動させて、画面を真白に見せた。横から覗き込んで、指でスクロールした。
 ああ。この辺か。
 納得してから歩き出した。スマートフォンをポケットに戻しつつ隣に並ぶネルー。真白の目的地である、行きつけの本屋に到着した。色んな本屋を巡ったが、ここの本屋が真白の欲求を一番満たしてくれる。真白は雑誌コーナーに向かった。旅行雑誌を見回した。元々、世界を見て回りたくて渡欧したのに、神剣の情報がどこかで漏れたせいで、イタリアに到着してすぐに、各国の諜報員と地下戦争をやる羽目になった。未だ知らぬ国の雑誌を求めたがなかった。がっかりした。どうして同じ国の情報ばかり取り扱っているのか謎だ。イタリア人は冒険心が低いのだろうか。気を取り直して一冊のガイドブックを手に取って開いた。情報が更新されているかもしれないので、改めて読む価値は一応ある。世界一周をしたいのに、不本意にローマに留まっている真白からすると、ガイドブックを読むのは、漫画本を読むのに相当する行為だ。ネルーは少し離れた位置で、ゲーム雑誌を真剣に読んでいる。流し読みしてみたが、目新しい情報はなかった。他のガイドブックを手に取り、同じように流し読みした。何冊かで繰り返してから真白は小さく唸った。今回は不作だ。欲しいと思えるガイドブックはない。
真白は小説が置いてあるコーナーへ向かった。目当ては紀行記だ。これを読んで、ガイドブックには記されていない知識や他の国の知識を仕入れている。一冊一冊のタイトルを読んでいく。気になったタイトルの本を手に取り流し読みする。タイトルからでは、どこの国を指しているのかわからない時があるのだ。色々な旅行記を流し読みして三冊を手に取った。これは買いだ。レジカウンターへ向かう途中で足を止めた。他にも欲しい本があったのを思い出した。もう一度、雑誌コーナーへ向かった。今度は趣味本が置いてあるコーナーだ。この辺にはまず来ないので、どこに目的の本が置いてあるのかわからない。ゆっくり歩きながら丁寧に探した。カメラに関する雑誌を見つけて手に取った。流し読みしないで、じっくり読んでいく。黙読の途中で首を傾げつつも、もう少しだけ読み続けた。元の位置に戻した。これは違った。この雑誌はカメラの最新カタログのようで、商品についての説明が事細かく記載されており、実際に使用した人の感想が載っていた。
 こういうものしかないのだろうか?
 疑問に思いつつも、他のカメラ雑誌を取った。じっくり読んでいく。写真を上手に撮る方法が丁寧に記載されている。しかもページの端には専門用語の説明がちゃんと載っている。一通り読んでから本を閉じて、脇に抱えた。欲しかったのはこれだ。真白はカメラを持っているが、これは山囲戦争で亡くなり、そして今も愛している女性の遺品だ。戦後に形見として貰い受けた。タブレットで調べながら、手入れは欠かさず行っているが、実際の撮影はあまりしない。自分は戦士だと自覚しているのが理由だ。身も蓋もない表現をすると、真白の専門は、敵を殺害し物を破壊することだ。撮影中に何らかの拍子に壊してしまうのが怖いのだ。しかもそれが、愛した女性の形見だと思うと、その気持ちが一層強くなる。それでも使わないのは勿体ない気がするし、できれば趣味にしたいとも思っている。同じ撮るのなら、上手に撮影したいので、素人にも優しい解説本が欲しかったのだ。タブレットで調べたことがあるが、あれは不親切でよくわからなかった。今度こそレジカウンターへ向かい、手早く会計を済ませた。他人との接触は最小限に止めたい。
「行くぞ」ネルーに声をかけた。
「もうちょっとだけ待って」雑誌から顔を挙げずに答えた。
真白は横から雑誌に目を落とした。開発中の画面の雰囲気からして、恐らくネルーが好きなジャンルのゲームだろう。
「買えばいいだろ」
「お小遣いを貯めないといけないんだよ。気軽に買えないよ。後…三十分ぐらい待って」
「ちょっとじゃねぇよ」
真白の突っ込みを無視して、ネルーは黙々と読み続ける。しばらく眺めていると、あるゲームに関するページは読まずに飛ばした。どうしてそんなことをしたのか知っていた。攻略情報が記載されているからだ。ネルーはゲームをする際、一つのルールを自分に課している。攻略情報には頼らないというものだ。イベントは隠しも含めて自力で発見し、強敵の攻略法も自力で編み出している。本人が言うには、そっちの方が面白い。らしい。未知への飽くなき挑戦という意味では、真白にもわかる感覚なので、彼女の言い分は理解できるところがある。ただそのために、何日も徹夜するのはどうかと思う。相手はプログラムなのだから、別に逃げたりしない。定職にも就いているわけでもないので、楽しみを次の日に持ち越してもいい気がする。
 この分なら三十分もかからないか。
 別に急いでいるわけではないので、満足するまでのんびり待つ。待つのは得意だ。これは狩人としての技能で、獲物を確実に発見し、仕留めるためには待つことも重要だからだ。ゲーム雑誌はネルーがたまに買ってくるので、読ませてもらったことがあるが、不思議とこれは欲しい。とか、やってみたいという感情が湧かない。同じ冒険をするのなら現実でしたいし、戦闘は仕事だ。レース物は本物を自分で運転したい。つまり真白にとってはつまらない内容なのだ。
「ふぅ……」ネルーは満足気な息を吐いて、雑誌を元の位置に戻した。真白は腕時計を確認した。四十分以上経過していた。自分の見積もりが甘かったのを痛感した。
「満足したか?」
「うん」良い笑顔であった。
「少し早いが昼飯にするぞ」
「もうそんな時間なの?」
真白は腕時計の文字盤を見せた。ネルーが納得したところで、二人は本屋を後にした。
「どこで奢ってくれるの?」
「そう――。って、奢らないからな」真白は慌てて拒絶した。あまりにも自然に言ったので、危うく了承するところだった。「自分の分は自分で払え」
「こういう時は、男が出すのが礼儀だって言ってよ。ユーキが」
「友紀が?ちなみに、こういう時とは、どういう時だ?」
「デート?」自分でもよくわかっていない口調だ。
「デートって確か……」
真白はかつて山囲戦争で共に戦った仲間たちから教えてもらったデートの意味を思い出す。男女が一緒に遊びに行く行為。日本語に直すなら、逢瀬とか逢引になる。
「お前は何を言っている?俺たちは遊びに来ているだけで、こいつはデートじゃない」
言葉の意味を思い出した真白は呆れた。ネルーのことは好きかと聞かれたら、もちろん好きだ。嫌いならこんな風に出かけない。それ以前に、一緒に来ないかと誘ったりしなかった。この流れで言うと、友紀もヌイもパノも好きだ。だが恋人関係になりたいかと言われたら否定する。既に愛している女性がいる。鬼籍に入っているとはいえその女性を差し置いて、逢瀬するなど言語道断だ。
「似たようなものじゃん」
「意味をわかってないだろ」
真白は言葉の意味を説いた。
「だったら問題ないじゃん。私は真白を愛しているよ。だから奢って」
 この愛は好きと同義だな。と確信を持てた。子供が親に向かって言っているのと同じだ。それでも好意を寄せられているのは、純粋に嬉しいものだ。最後の言葉さえなければ、もっと嬉しかった。
「自分の分は自分で払え」
「もし私じゃなくてユーキだったら奢るのに、どうして私には奢ってくれないの?ずるいぞ」ネルーはしつこく抗議した。
「友紀は可愛い妹分だからだ。兄貴分としては奢るのは当然だろ」
「それなら私は可愛い仲間だよ」
 真白はうんざりしてきた。腹が減ってきたので、早く飯屋に行きたいのだ。だからと言って、ここで折れたら味を占めてまたたかられる。それは阻止しないといけない。
「パソコン代を出してくれるようにヌイを説得するのを俺も協力するから、自分で払え」
「それは要らない」ネルーは首を振って拒絶した。「そういう時の真白は頼りにならないし」
 何も言い返せなかった。ずばりその通りだからだ。
「しょうがない。今回だけだからな。本当に今回だけだからな」真白はしぶしぶ譲歩した。
「やったね!一食分浮いた」
「それじゃあ……」
どこで食べるかを探す。どうせなら、普段行かないような店に行きたかった。のんびり探していると、今日が新装開店のレストランがあった。店の外観や店内の雰囲気から、庶民向けであった。
「ここでいいか?」
「奢ってくれるならどこでもいいよ」
 それならここでいいな。と真白は店内に入ると、ネルーも付いてきた。店内を見回して、空いている席を探した。窓際と壁際の中間あたりの席が空いていたので、そこに着席した。それぞれ買った荷物を机の上に置いてから、メニュー表を開いた。真白はパスタ料理を始め他の料理などには目もくれずスイーツが書いてある欄に目を落とした。スイーツが充実している店に外れはない(※真白個人の見解であり、他の料理の味を保証するものではありません)。どれを注文するか今日の気分と懐具合と相談しながら真剣に悩む。なかなか決まらず、無意識に唸り声を挙げる。普段ならバランスよく食べないと駄目と、妹分に叱られるところだが今はいない。好きなように食事を摂取できる。解放された食欲が、あれもこれも食べたいと叫ぶ。
「まだ決まらないの?」ネルーはわりとすぐに決まった。
「簡単に決まるわけないだろ。悩ましい問題だからな」
「どんな風に悩ましいの?」
「一種類のケーキをワンホール分食うか、それとも、複数のケーキを一切れずつ食べるかだ」世に言うスイーツ男子でも、そんな悩み方はしない。
「間をとって、複数のケーキを注文してワンホール分食べたら?」
「もちろんそのつもりだ。だがな、どのケーキも中途半端に味わうよりも、一種類のケーキを心行くまで味わうのも捨てがたい」甘党戦士は熱く語った。
ネルーはスイーツの欄に目を落とした。名前を一つ一つ目で読んでから、ポケットからスマートフォンを取り出して検索を始めた。「ティラミスにしたらどうかな?」
「王道だが、推薦する理由なんだ?」メニュー表から顔を挙げずに聞き返した。
「王道だからこそ、その店のレベルがわかるって、コメント欄にあるから」真白にスマートフォンの画面を見せた。「美味しかったら、また来る気なんでしょ?だったら今回はレベルを測っていいじゃないかな」
そういう考え方はしたことがなかった。「じゃあティラミスにするか」
真白は手を挙げてウエイトレスを呼んだ。ティラミスをワンホールで注文した。飲み物はブドウジュース。ネルーはマルガリータピザとミルクティーを注文した。料理が来るまで二人は談笑する。
「今回はどんなゲームを買ったんだ?」
 ネルーはビニール袋から二本のゲームを取り出して、真白にもよく見えるように机の中心に置いた。それから熱く語りだした。真白はたまに疑問を挟む聞き手になった。そうこうしている内に、料理が届いた。まずはネルーが注文した料理。ネルーがゲームを袋に戻すと、机の中央にピザが置かれた。焼き立てを告げる、美味しそうな匂いが二人の鼻腔を刺激する。ネルーは食べる前に、スマートフォンでピザの写真を撮ってから、自分の方に引き寄せた。
「食べる?」ピザカッターを片手で握った。
「要らん」
確かに美味そうだが、ティラミスを美味しく食べるために、腹は空に近い状態にしておきたい。
 ネルーはピザを三角形にカットしてから手に取った。ふーふーと何度も息を吹きかけて、熱を飛ばして小さくかぶりついたが「あつっ」と小さな声を漏らしながら口を離した。
 腹減ったなぁ……。
 悪戦苦闘しながら食べているネルーを見ていると、腹の中で箸を持つ虫が暴れだす。空腹を誤魔化すために、本を読もうとしたとき、ようやくティラミスが到着した。真白の目の色が変わった。ティラミスとフォークが置かれるのを、可能な限り行儀よく待った。ウエイトレスが踵を返そうとした瞬間には、戦士としての反応速度を駆使し、フォークを取りティラミスを切り分け口に運んだ。甘さが口の中、一杯に広がった。よく味わってから嚥下すると、食道を通って胃袋に落下した。すかさず箸を持って待機していた虫が群がった。
「はぁ……」念願の糖分を摂取したことで、幸福に満ち足り顔がだらしなく弛緩した。糖分が五臓六腑に染み渡っていく。
 幸せ過ぎる。
 真白の頭の中では、八咫鏡の持つ天照大神によって照らされた葦原の中をスキップする自分。あははっあははっと笑うその周りで、ラッパの付喪神たちが美しい音色を奏でている。
物部氏は神道の元締めだったので、真白は神道(先祖崇拝を旨とする民族宗教。ここで言う先祖とは、伊弉諾尊と伊邪那美尊及びそれ以降の神々を指す)を信仰している。だから小さな天使ではなく、天照大神や付喪神が登場した。
「熱すぎる。一口頂戴」熱冷まし的な意味合いで求めたネルー。
「しょうがないな」幸せのお裾分けをするために、一口大にカットしたティラミスをフォークに刺して、ネルーの前に出した。「ほら」
 ネルーは何も言わずに口を開いて食べた。
「美味いだろ」自信満々に言った。
「甘い」
「それがいいんじゃないか」
「糖尿病になるよ」
「病院に行けば治るだろ」
「糖尿病は治らない。ってユーキが言ってた」
「そうなのか?」食べる手が止まらない真白。「だったら地球外の病院に行けばいいだけの話だろ」
この宇宙の外側にある別な宇宙のとある惑星に簡単に行ける真白からすると、深刻になる話ではなかった。地球では不治の病でも、とある惑星では一個の錠剤か注射一本で済む話だと思っている。
「それもそうか」
 会話が途切れ二人は食事に集中する。ネルーはたまに熱冷ましとしてティラミスを求めた。真白は口の端に付着したチョコを人差し指で掬い取って、口に運んで最後の瞬間まで味わった。ティラミス(ワンホール)を完食し心行くまで味わってから、食後のブドウジュースを優雅に味わう。ネルーはピザを半分近く残した。食休みをしていると、真白の足に振動が伝わった。ポケットから衛星電話を取り出した。画面を見るとティアからの着信だ。通話ボタンを押して耳に当てた。
「どうした?」
「話があるんだけど時間はある?」
耳朶を通して脳に伝わる声は、疲れているような印象を受けた。真白は幸福に弛緩していた表情を正して、真剣に耳を傾ける。
「時間ならある。何かあったのか?」
ティアはしばし逡巡してから答える。「ちょっと…話があるの。今から会える?」
「問題ない」仮に用事があったとしても、全てキャンセルするつもりだった。
「それなら今から行くから場所を教えて」
真白はレストランの名前と場所を伝えた。通話が切れた衛星電話をしばし見つめてから、ポケットに戻した。
 何かあったのか?
 真白の胸で心配の種が芽吹いた。何かあったのなら、全力で力になりたい。
「誰から?」ネルーはカップを両手で持ってミルクティーを啜った。
「ティアだ。今からここに来るそうだ」
「何しに?今日は平日だし、仕事中のはずだよね?」心の底から不思議そうに聞き返した。
その気持ちはとてもわかる。ティアは美術品専門の考古学者であり、ヴァチカン美術館に勤める学芸員だ。美術品に対して深い愛情と情熱を持っている。今の仕事にやりがいを感じており、天職だと思っているはずだ。その彼女が仕事そっちのけで会いに来るなど余程の事情があるに違いない。
「話があるとしか言われてない」
ネルーはしばし考えた。「仕事の依頼かな?」
 真白は唸った。その可能性はなくはない。真白は自分の専門を正しく理解しているが、この殺人と破壊(専門技術)が必要となるような依頼をティア個人がするとして、その中身を全く想像できなかった。できれば、仕事とは無関係な話であってほしかった。この技術を必要とするということは、彼女の心身に多大な負担を強いている何かが起きていると考えられる。ティアには心安らかに過ごしてもらいたい。だから火急ではあるものの、平和な話であることを願った。疲れた声をしていたのは、仕事で疲れているだけだろうと思い込みたかった。
 のんびりとした時間は終わりだ。真白はティアが到着するのを待つが、心が休まらず無意識の内に貧乏ゆすりをしていた。
「少しは落ち着いたら」ネルーは言った。
「難しい注文だな」
少なくともティアから話を聞くまで落ち着けない。ネルーは諦めた様子で、それ以上何も言わなかった。真白は客が入店するたびに出入り口に顔を向けた。そしてようやく待ち人が到着した。
「ティア!」人目を憚らずに大声を出した。衆目を集めたが気にしなかった。
ティアは真白たちの元へ向かい、空いている席に座った。真白の心配の芽は満開の花を咲かせた。一目で何かがあったのが見て取れた。目の下に隈ができている。彼女の口から聞きたくないような話が出てきそうな可能性が濃厚になってきた。それでも笑い話になるような、平和な言葉が出てくることを期待した。
「食べて」
真白が口を開くよりも先に、ネルーは残したピザをティアの前に移動させた。出鼻を挫かれた真白は、彼女の反応を待った。彼女なりに気を使ったのだろう。やつれているようにも見え、朝から何も食べていないようにも見える。
 ティアはピザに疲れた目を落とした。ピザカッターを使って半分に切り分けた「半分食べて」
「わかった」真白は頷いた。ティラミスが載っていた皿にピザが置かれた。本当はお腹が一杯で、糖分という名の幸福に満ちた口内をピザで汚したくなかったが、ティアの頼みなので無理を通そうとする。
 ティアはピザを一口大に切り分けて食べる。その様は食事という行為が苦行であるかのようだ。だるそうに顎を動かして無理やり飲み込んだ。
「話ってなんだ?」腹が痛くなるのを我慢しながらピザを飲み込んだ。まだほんのり熱が残っていた。
 ティアはどう話を切り出すか考えた。「友達がね。今パキスタンにいるの」
真白は黙って先を促した。その友達が、とても大切な人だというのは彼女の様子から察せた。
「その友達が武装勢力に襲われたの」
真白は胸を撫でおろした。ひとまず、ティアの身には何も起きていないのは朗報だった。心配の花が急速に枯れた。
「その友達の安否は判明しているのか?」
 ティアは弱弱しく頭を振って否定した。「おじ――。ハニエル枢機卿にお願いして、イタリア政府に調査と救出を依頼したんだけど、進展はないみたい」
「話の腰を折って悪いが、どうしてそこで猊下が出てくるんだ?」
真白にとっては恩人だ。各国に働きかけ、カステル・ガンドルフォ城の密約に署名させ、地下戦争から救い出してくれたヴァチカン市国のやり手の国務長官だ。
「私が依頼するより、猊下が依頼した方が話は早いから」
 納得した。一国の宰相からの依頼ではイタリア政府も無碍にはできまい。
「それでね」ティアは逡巡してから切り出す。「私と一緒にパキスタンに行ってくれない?ビャンコを護衛として雇いたいの」
 真白は悲しそうに眼を伏せた。「何を言っている?俺たちは友達だぞ。どうして友達から金を巻き上げないといけない。普通に頼んでくれないか?お前の頼みなら地獄の底でも付き合うぞ」
 ティアは困ったように小さな声で唸った。
「あのさ」ネルーが口を開いた。「そういうことは簡単に言わない方がいいよ」
「どうしてだ?」
「だってさ。ただ働きなんてしたら、ヌイに怒られるかもしれないよ」
 真白は黙った。それは十分にあり得る。家計を預かる身としては、ただ働きをするなんて馬鹿じゃないの!と言われそうだ。
「いや、だが、あいつもそこまで鬼じゃないだろ」自信なさげに反論した。ヌイもティアのことは大切な友人だと思っている。今回なら大目に見てくれると思いたい。
「ビャンコのためにも、やっぱり雇った方がいいみたいだね」ティアはどことなく安心した。ビャンコとは真白のあだ名で、イタリア語で白という意味だ。
「そうだよ。私のパソコン代のためにも雇われてよ」
 真白は普通とはちょっとだけ違う人間だが、自分から進んで怒られるのは避けたい。だが答えは既に出ていた。
「護衛として付いて行くのは了承するが、報酬は要らん」
そう言葉を吐いた瞬間、二人の女性は説得を諦めた。我が身可愛さに、友人から金を取るなど論外だ。そもそも怒られるのは自分一人だけなので、問題にならない。
「ところでさ。わかんないところがあるんだけど」ネルーは心から不思議そうに首を傾げた。「いくら友達が心配でも、どうしてわざわざ自分から、武装勢力がいるような場所に行きたがるの?そこは政府を信用して、大人しく吉報を待つところじゃないの?もしティアに何かあったら、真白は凄く悲しむよ」
「確かにネルーの言い分が正しいのはわかるよ。私が我儘を言ってるのも理解してる」
「俺は我儘だと思ってないぞ」友達を心配するのは普通のことだろう。
「でもね」ティアは真白を無視して続ける。疲れた目に力が籠る「私は運命の成り行きに任せて後悔したくないの」
 あぁ……。
 真白には何を指して言っているのかわかった。山囲戦争で共に戦い、そして戦死したティアの兄のことだ。ビャンコというあだ名も、その兄が付けた。兄の死が彼女にどれだけ深い悲しみを与えたのかは、本人にしかわからないことであり、真白には知る由もない。彼女の父親から教えてもらった話では、半身を失ったような喪失感に襲われたらしい。
 お前が殺した。不意に耳元であいつが囁いた。
わかっている。俺がお前たちを殺したんだ。内心で答えた。身を引き裂くような激しい罪悪感に胸が締め付けられる。
「真白」
「どうした?」
「それはこっちの台詞だからね。辛そうな顔をしてるけど何かあったの?」
 真白は二人の顔を見た。心配そうに見ていた。開きかけた口を閉ざして沈黙した。絶対に嘘をつかないのを信条としているので、答えたくない時は沈黙するようにしている。
「大丈夫?体調が悪いようなら――」
「いつ出発するの?」真白の態度から察したネルーは、ティアの言葉を遮った。
「できるだけ早く出発したい」ティアは真白とネルーを交互に見てから言った。
「問題は二つだな」気を取り直した真白が言った。「ティアはパキスタンの地理に明るいのか?もしそうなら問題の一つが片付くが」
 ティアは首を振って否定した。
「それならガイドを雇わないといけないな」
真白は難しい顔になった。真白にとって赤の他人と行動を共にするなど、敵と行動をするのに等しいので、可能な限り避けたい。自分が詳しいのが一番なのだが、何故かわからないが、パキスタンのガイドブックは販売していないので知識を仕入れられない。現地調達という手段もあるが、状況を考慮すれば、時間は節約すべきだろう。
 背に腹は代えられないか。
 諦めかけたその時、妙案とは言えないだろうが、あることを思いついたので、駄目元でやってみる。ポケットから衛星電話を取り出して、別荘に電話を掛けた。一回目の呼び出し音の後に出た。
「今からパキスタンに行くことになったんだが、地理に明るい誰かをガイドとして派遣してくれ。――頼んだぞ」
「どうだったの?」ティアが訊いた。
「とりあえず探してみる。だと」
ガイドの件は向こうに任せるとして、駄目だったら現地で何とかするしかない。次の問題は移動手段だ。選択肢は飛行機の一択しかないだろう。しかし敵同然の赤の他人と長時間、狭い空間で過ごすなどぞっとする光景だ。これに関しては、当てがあるので、そちらにまず当たってみることにした。真白は店内をざっと見回してから立ち上がった。真白たちから見れば、死角になる位置にある席に向かった。
「おい」険のある日本語で声をかけた。日本語なら理解できる人は少ないはずなので、仮にこの会話が聞かれても、すぐには内容を把握できないはずだ。
心山将監は新聞の政治欄からゆっくり顔を挙げた。この男は大使館に勤務する駐在武官で、監視している連中の中でも、その他になる日本政府が遣わした陰ながらの護衛だと聞いているので、見つけるのはとても簡単だった。
真白は知らないが、将監の正体は、山囲戦争後に防衛省傘下として新設された魔術現象調査対策室の一員であり、護衛ではなく監視が仕事だ。
「君から声をかけてくるなんて珍しいね。何か頼みごとかい?」真白の険のある態度には慣れている将監は平静に応じた。
「お前は前に言っていたな。プライベートジェット機を用意できると。それを用意して欲しい」日本もいつ敵に回るかわからないので、頼るのは嫌なのだが、他の勢力と比較すれば、まだ友好的なので信用できる部分はある。
将監の両目が限界まで開いた。「これは、驚いたな。まさか君の口からそんな言葉が出て来るとは」
「どこに驚く要素がある?」
「僕の知る君なら、絶対にそんなことを言ったりしない。敵と見ている相手に、自分の命を預ける真似はしない」
 真白は何も言い返せなかった。確かにその通りなのである。こんなことを言えるのは、前の仕事で知り合った友人の存在があるからだろう。
「できないのならそう言え。時間の無駄だ」
「上に掛け合うよ。問題はないはずだ。それで、今回はどこに出かけるんだい?」将監は新聞を折り畳んで、机の上に置いた。
「答えないといけないのか?」
「当たり前だよ。目的地がわからないと飛行機は飛ばせないよ」
「パキスタンだ」真白は周囲の監視を警戒して、将監にだけ聞こえるように小声で言った。
「何をしに?」
「それも答えないといけないのか?」うんざりした。
「場合によっては、こちらも力を貸せるかもしれない。君にとって悪い話じゃないと思うけど」
 確かにそれは魅力的な提案に聞こえた。前の仕事の時は、そのおかげで大いに助かったのだ。
「一路が来てくれるのか?」それならこっちからお願いしたいぐらいだった。また蘊蓄を聞かせてもらいたい。あれは楽しい時間だった。
「それはわからないな」
「あいつ以外なら要らん」
「それじゃあ、僕はまたお留守番で、またあの子の護衛をすればいいのかい?」
「友紀は仲間たちに任せる」
付いて来る気だったのか?
妹分の身の安全は、他人に任せるより、掛け値なしに信頼できる仲間たちに任せた方が精神衛生上いい。疑問に思いながらも続ける。「お前はローマで留守番でもしてろ」
「付いて行くよ」
 真白はあからさまに迷惑な顔をした。
「僕が付いて行くのは君にメリットがある」将監は特典を提示する。「僕が付いて行けば、何かあった際の日本とのやり取りが、非常にスムーズになる。例えばプライベートジェット機。あれは日本国の所有物であって、君のじゃない。上が許可を出したからと言って、君の命令でどこにでも飛ばせる物じゃない。あれは国家の財産だからね。まずはその辺を理解してくれるかな?」
 真白は少ししてから頷いた。確かにこの男の言う通りだ。国の財産を、友達との貸し借りみたいな感じで、気安く貸してもらえるわけがない。
「それを踏まえて言わせてもらえば、自由に使いたいのなら、身元が確かな仲介者が必要だ。それが誰なのかは、言わなくてもわかってくれるよね?」
真白は将監に敵対的な目を向ける。「それは脅迫なのか?」
「そんな意図はない」将監は両手を小さく上げた。「誤解をさせたのなら謝罪するけど」
「口先だけの謝罪など要らん」
「まあ、僕の有用性は説明した通りだ。どうする?」
 真白は腹の底から溜息をついた。本人がどう思っていようと、これは立派な脅迫に感じた。こちらには選択肢がないのだから。
「わかった。一緒に行くか」せめての抵抗に続ける。「だが、仕事の邪魔はされたくない。到着したら機内で大人しくしていてくれ」
「……わかった。いつ出発するつもりだい?」
「すぐにでも出発したい」
「急だな……」将監は新聞を手に取って立ち上がった。「先に国際空港に行って待ってるよ」将監は机の上にユーロ札を置いて店を後にした。タクシーを捕まえて、一足先に空港に向かった。
真白は二人の元へ戻った。「飛行機は日本のを借りることができた」
「どうして浮かない顔なの?」ネルーが首を傾げた。
「今の奴が、道中を共にするからだ」甚だ不本意である。というオーラを全身から出した。
「今のってもしかして、クオーレ?」ティアの質問に、真白は目をぱちくりさせた。誰のことを言っているのかさっぱりわからない。ティアは慌てて補足説明する。「えっとショーゲンの名字をイタリア語にすると、心(クオーレ)と山(モンターニャ)だから。兄さんがそう呼んでいたの」
「どういう知り合いなんだ?」
「クオーレも六派で学んだ一人だから、交流会で知り合ったの」
「そうなのか……」今、初めて知った。よく考えたら、あの男に関しては、日本政府の関係者という以外は知らない。かといって、個人的なことを知りたいとも思わない。
「クオーレも一緒に来るのか……」ティアはどことなく嬉しそうに呟いた。
武装戦力が存在する見知らぬ土地に赴くことに、不安や心細さを感じていたのだろう。そこに知り合いがもう一人加わることで、少しは勇気づけられたと解釈した真白は、彼女の反応から将監に対する敵対的な感情が少しだけ和らいだ。彼女が喜んでくれるのなら、共に行動をするのも悪くない。
「俺は一度屋敷に戻って準備をしてから空港に向かうが、ティアはどうする?」
「私も行くよ。ヌイとユーキに説明した方がいいでしょ。ビャンコのためにも」
 それは本当にありがたい。

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