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ギルベルトはタバサの歪んだ感性が好き

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タバサ六歳。男爵家のメイドの娘である彼女は、この日運命の出会いを果たす。

シングルマザーである母とともに男爵家の使用人に与えられる部屋に住まわせてもらっていた彼女は、基本的に聞き分けがいい。

可愛らしい焦げ茶のクリクリとした瞳も、割と整っている顔立ちも、ふわふわの茶髪も、彼女の素直さと愛嬌を引き立てる。タバサは母はもちろん、他の使用人たちからもそれはもう可愛がられていた。

そんなタバサは、ある日本邸の使用人たちから別邸の使用人たちに伝言のメモ用紙を渡してくるように頼まれた。

別邸の使用人たちからも可愛がられるタバサは喜んで引き受ける。メモ用紙を片手に一生懸命テクテク歩くタバサを、みんな愛おしげに見つめていた。

タバサは、別邸の使用人たちにメモ用紙を渡すとご褒美にチョコレートを貰った。どうせなら良い景色で食べようと、別邸の庭に入り込む。

そこにはひとりの少年がいた。銀髪に青い瞳。男爵様に良く似た美しい顔立ちの男の子。しかし、彼の顔半分は焼け爛れている。それを隠すことすらせずに、一人で黙々と読書をしている彼を見てタバサは思わず叫んだ。

「かっこいいー!」

少年は、タバサ六歳にとってドストライクの見た目だった。焼き爛れた左側の火傷の跡すら、タバサにはマイナスになり得なかった。

ふいに少年がタバサを見る。少し考えるような仕草をした後、彼はタバサに声をかけた。

「やあ。どうしたのかな?そんなにまじまじと僕を見つめて」

「とってもかっこいいので見惚れていました!」

少年はクスクスと笑う。

「素直だね。こちらにおいで」

タバサは少年の隣に座る。

「僕はギルベルト。ギルベルト・ルドフォンだよ。このルドフォン男爵家の跡取り息子さ。ただ、この火傷の跡を両親が憂いてね。あんまりにも悲しむから、僕の方から別邸に移ったんだ。聞いたことはあるだろう?」

ギルベルト・ルドフォン。悲劇の男爵令息。タバサにも話は耳に入っている。確か、タバサと同じ六歳だった。なんでも一年前、まだタバサの母が屋敷に来る前のこと。誘拐犯に襲われた遠縁の親戚の公爵令嬢を命がけで助けて、その代わりに犯人達の最後の抵抗の炎魔法が直撃し火傷を負ったとか。

公爵家からは正式な謝罪と感謝の言葉を受け、お金もたくさんもらえたらしい。しかし火傷を負ったギルベルトには婚約の話は来なくなり、他の貴族の御令息方からも虐められ、御令嬢方からは遠巻きにされ、男爵様と奥様は遅くにやっと授かった一人息子の将来を嘆いて未だに毎日泣いているとか。

でも、この美しさの前に火傷など関係ないとタバサは思う。何を嘆くことがあるのかと。

「ギルベルト様はとってもかっこいいです!」

「そう。じゃあ、君が僕の婚約者になるかい?」

優しく笑うギルベルトに、タバサは首を横に振る。

「私なんかじゃ身分違いです。それに、これは恋ではありません。憧れです。でももしギルベルト様が許してくれるなら、ギルベルト様のメイドになりたいです」

ギルベルトは少し考えて言った。

「本当に?なら、両親に頼んでみようか」

ギルベルトの言葉に、タバサはパッと笑顔を浮かべた。

「お願いします!ずっとギルベルト様のお顔を見て過ごしたいです!」

ギルベルトは笑う。

「本当に変わった子だね。でも、その方が僕の使用人には相応しいかな?」

こうして、タバサは世界一大切な宝物を見つけた。その宝物を毎日愛でられる専属メイドという役職につけたのは、その後すぐのことだった。

ー…

「ギルベルト様ー、朝ですよー」

この十年間、タバサはメイドとして非常に真面目に働いた。ご褒美としてお給料とギルベルトの顔を見つめる権利を獲得して。

あまりにもタバサがギルベルトをかっこいいかっこいいと騒ぐものだから、使用人たちはいつからかギルベルトを可哀想な目で見なくなり普通に接するようになった。

ギルベルトの両親である男爵様や奥様もタバサの様子を見て涙を引っ込めた。おかげでギルベルトは本邸に戻った。

タバサは男爵様や奥様から感謝され、相変わらず使用人たちからも可愛がられ、ギルベルトの顔を見て充実した日々を過ごしている。でも、タバサの宝物は一筋縄ではいかない人だった。

「なら、目覚めのキスをしてくれるかい?」

「朝食のスクランブルエッグにケチャップではなくイチゴジャムをかけますよ?」

「それは困った。わかった、起きるよ」

いつもこうやってタバサをからかってくるギルベルトに、タバサは困っていた。でも顔がいいので許してしまう。

「ギルベルト様、仮面付けちゃうんですか?本当に?」

ギルベルトは外の人と会う時には左側の顔を隠せる特注の仮面を付ける。今日は家庭教師が来るので、タバサの悲しそうな顔を見てちょっと心が痛んだがいつも通りに仮面を付けるしかない。

「勿体ないかい?」

「はい!ギルベルト様はこんなにお美しいのに」

ギルベルトは笑う。そんなことを言うのは世界中を探してもきっとタバサ一人だというのに、タバサは本気でそう思っている。ギルベルトは素直で、少しだけ感性が変なタバサが可愛くて仕方なかった。

「なら、家庭教師の先生が帰ったらすぐに外すよ。それまで待っていて」

「はい!」

飼い主にしっぽを振る犬のようなタバサをギルベルトは優しく撫でる。大人しく頭を撫でられるタバサは、ギルベルトという人間を少し見誤っていた。

ー…

「で?なんで僕の遠縁の親戚のアントーニョとあんなに仲よさそうに喋っていたの?」

「アントーニョ様にギルベルト様の美しさを語って差し上げていたのです!」

はぁ、とギルベルトはため息をつく。アントーニョは別の国の貴族だが、顔を合わせるたびにギルベルトに突っかかるタチの悪い親戚だった。どうも優秀なことで有名なギルベルトにヤキモチを妬いているらしい。

そんなアントーニョがギルベルトの顔の傷を貶した時、タバサがアントーニョにそこも含めてギルベルト様はお美しいと力説したらしい。

そこでそんなタバサの感性をおかしいと指摘したアントーニョだったが、次第にタバサが可愛らしい顔立ちであることに気付いて下心込みで長い話に付き合ったらしい。もちろん夜のお誘いはタバサはきっぱり断ったが。

タバサのそういう危うさが、ギルベルトは不安でたまらない。タバサにとってギルベルトは宝物だが、ギルベルトにとってはタバサは片思いの相手だった。

だから、自分に嫉妬をさせ不安を煽るタバサにお仕置きをしなければならない。もちろんアントーニョの方には制裁は加えてある。具体的に言うと、うちのメイドに手を出そうとしたとアントーニョの両親に苦情を言った。今頃こってりと絞られているだろう。ギルベルトはお仕置きの内容をどうするか考えて、不意に仮面をつけた。今日はこの後、誰と会う予定もないのに。

「ギルベルト様?」

「タバサ、タバサが反省するまで顔を隠すから」

「え!?ギルベルト様、反省ってなんですか!?ごめんなさい!すみませんでした!お顔を見せてください!」

「だめ。ちゃんと自分で考えて反省して」

ギルベルトは、タバサをいずれは嫁にする算段である。タバサの母も、自分の両親も既に公認の仲だ。みんな、タバサの憧れを恋だと勘違いしてくれていたから。ギルベルトはその勘違いを正したりせずに利用する。タバサが逃げられないように外堀を埋める気満々である。

でも出来れば正攻法で手に入れたい。これはある意味で良いきっかけだ。タバサが反省しろと言われて自分の想いに気付いてくれれば、そこから正式にアプローチを仕掛ける。気付かないなら外堀を埋めて逃がさない。

タバサはどちらに転ぶだろう。全てはタバサ次第だ。どちらにしろタバサを手に入れる気満々のギルベルトは、自分の顔を見たくて叱られた犬のように落ち込むタバサに優しく微笑んだ。

微笑んでくれたのを見て仮面を外してくれるかなと期待したタバサは、意地でも仮面を外さないギルベルトに今度こそ絶望感溢れる顔を浮かべてギルベルトを笑わせた。
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