最後に全ては噛み合った

下菊みこと

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浮気野郎に引導を渡したその後のお話

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「だから!あんたみたいな不誠実な男と結婚するくらいなら死んでやるって言ってんのよ!!!この脳みそ真っピンクのクソヤロウ!!!」

「俺は今までお前の婿になって公爵家を継ぐために努力してきたんだぞ!?次男で継ぐ爵位もないんだ、お前にフラれたら貴族でいられないんだ!!!可哀想だとは思わないのか!?」

「可哀想なのは結婚前からずっと浮気されまくっていた私!!!あんたは俗世から離れて神父にでもなりなさいよ!それなら生きていけるし散々汚れた下半身も少しはマシになるんじゃないの!?」

「はしたないぞ!」

「あんたに言われたくないわよ!」

私ナターシャは、いい加減婚約者のクソヤロウに愛想が尽きた。ここで絶対引導を渡す。

「とにかく!浮気の証拠は散々集めたからね!大人しく別れないつもりなら、貴族裁判も辞さないわよ!」

「はあ!?卑怯だ!」

「何が卑怯よ!浮気を隠す努力すらしてくれなかったクセに!」

「だってお前がやらせてくれないから!」

「…最っ低!!!死ね!」

奴の嫌いな蛇のおもちゃを投げつけてやれば、うひゃあなんて情け無い悲鳴が返ってきた。死ね。

「…婚約破棄はあんたのご両親にも通知したわ。正式な手続きも済ませた」

「マジかよお前!」

「もう、これっきりよ。さようなら。…私、どんなに最低でもあんたのこと本気で好きだった。こんな終わりになって残念だわ」

私が別れ際に好意を伝えれば、奴は信じられないものを見る顔をしていた。私だって、こんなクソヤロウを好きだった自分が信じられないわよ。

「…あーあ、消えたいなぁ」

死にたいのではなく、消えたい。存在しなくなりたい。息をするのも苦しい。だって、本気で愛していたんだもの。

「…とはいえ、我が公爵家を守っていかなければ」

そう。オンとオフの切り替えは大事よ。今から私は、女公爵という仕事に生きるの。これは、婚約破棄を両親に相談した際に決めたこと。絶対に投げ出せない。

「女公爵として、誰よりも立派にやり遂げてみせる。そして、いつか今日この日の心の傷すら笑い話にしてやるのよ」

私はナターシャ。女公爵。独り立ちした女の強さ、ご覧にいれましょう。













正式に公爵の爵位を継承した私は、毎日超ハードなスケジュールをこなしつつ公爵家を継承させる人材も探していた。私は…笑えない話だが、まだあのクソヤロウが好き。こんな気持ちでは結婚、出産なんて地獄にしかならない。ならば気が変わるまで独身でいいし、せっかく独身で通すなら自分と近い血筋の有能な人材を確保し育てるべきだ。

と、思っていたのだけど。

「お父様の弟の息子、つまりは従兄弟が駆け落ちをしたのは知っているけれど」

目の前で呆然とする男の子を見つめる。

「その彼と駆け落ち相手との息子、ね」

どうも最近両親を馬車の事故で亡くし、行き場がない男の子はうちの後継者にどうかと連れられてきたわけである。連れてきたのはお人好しの父である。

「お父様、血の証明はしたの?」

血の証明とは貴族が魔術を駆使して血の繋がりを確かめる儀式である。これがそのまま戸籍などの証明にも使われる。

「した。間違いなくウチの血筋だ」

「なら…まあいいでしょう。僕、おいで」

呼べば来る。その端正な顔立ちも相まって、お人形さんみたいである。

「僕は今日から、私の…息子にしていいの?お父様」

「ああ、養子に貰いなさい」

「貴方は今日から私の息子よ。良いかしら?」

「…」

こくりと頷いたので、さっさと養子縁組に必要な手続きを済ませて男の子を我が家に迎えた。従兄弟の子とはいえ、成人したばかりの私の息子としては年齢が少し大きいが。

「…貴方、よく見ると私と似てるわね。隔世遺伝かしら」

引き取ってしまうと情が湧くというもの。とてもとても、可愛らしい息子になった。















息子の名前はデリック。彼は駆け落ちした両親に育てられたため貴族の子供としての教育は受けていないが、家庭教師をつけるとするすると貴族としてのマナーや常識を身につけた。そして、教養を身につけるのも早い。また、武芸も習わせてみたが才能があるらしい。顔も整っているし、将来は公爵家を継ぐし、まさにハイスペックだ。我が子の才能が恐ろしい。嬉しい悲鳴が上がりそう。引き取って半年でこれなら、将来は楽しみだ。

だが、目の前で両親を亡くしたショックからだろうか?相変わらずお人形さん状態だ。これではいけない。なんとかしなくては。

「デリック、貴方何か望みはないの」

「望み?」

「欲しいものとか、したいこととか」

「…妹が欲しいです」

…うん。いきなり難題だ。

「それは何故?」

「僕、お兄ちゃんになるはずでした。でも、お父さんとお母さんと生まれてない妹は三人で天国に行っちゃった」

「…仮に妹が出来たとして。…生まれてくるはずだった子とは、また別の子よ。その子の人格を尊重できる?」

「代わりにするつもりはありません。ただ、愛でて庇護して癒されたい。…でもそれは、その子のことを尊重できているかわかりません」

子供らしくない返答。だが、真剣なのは伝わる。ならば母として、できることをしよう。

「貴方の気持ちはわかったわ。ただ、何もかもが上手くいくとは限らないわよ」

「はい、義母上」

私は、お節介な母が「やはり一度は結婚を」と持ってきた縁談に前向きになった。
















「ナターシャと申します」

「ゲオルグです」

母の持ってきた縁談は、可愛い盛りの娘さんのいる男性とのものだった。まだ赤ん坊の娘さんは、とても可愛らしい。

「前の妻は女伯爵で、貴方と娘さんを追い出して新しい夫と結婚したとか」

「ええ」

「私は女公爵ですけれど、大丈夫ですか?」

「まだお会いしたばかりですが、息子さんのために縁談に前向きになられたとお伺いしています。誠実な方だと思っていますので、私としては大丈夫です。ナターシャさんこそ追い出されて捨てられるような男で大丈夫ですか?」

私はそれには即答できる。

「浮気なんて、する奴が最低なんです。被害者が気にする必要は皆無!!!」

「ありがとうございます」

「子供達の相性も良ければ、結婚してくださいますか?」

私からの逆プロポーズに、ゲオルグさんは笑った。

「喜んで」

この後デリックと娘さんを会わせてみると、デリックが娘さんのその小さな手にそっと触れては今まで見たことのないニコニコ笑顔を見せていたので結婚は結局とんとん拍子で決まった。











結婚式では、私が娘…リナリアを抱いて、ゲオルグさんはデリックと手を繋いで、それはもう盛大にやってやった。うるさい連中を黙らせるのが目的である。聞こえよがしにやいやい言っていた連中も、私たち家族の幸せオーラに気圧されて何も言えなくなっていた。といってもまあ、まだ家族になったばかりではあるが。

「ゲオルグさん、良い式になりましたね!」

「ええ、ナターシャさんのおかげです」

手を取り合って喜ぶ。ちなみにデリックはリナリアにべったりで、可愛い可愛いと大切にしている。

「デリックも可愛い妹が出来て喜んでいます」

「リナリアにとっても、優しい兄という存在は大きいでしょう」

「では今日は私はこれで。おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい。良い夢を」

私たち夫婦は、寝所は共にしないことにした。けれどもその代わり、浮気は無し、お互いを尊重するという約束。私たち浮気された経験のある夫婦には良い条件であった。













「義母上、義父上!リナリアがにーにって呼んでくれたんです!!!」

「にーに…まぁま、ぱぱ」

「「「…っ!!!」」」

あれからすっかり人間性を取り戻したデリック。私たち夫婦もすっかり打ち解けてお互いを尊重しつつ距離を縮めていたのだが、そこにきてこのビッグウェーブである。

「ゲオルグさん!うちの子天才かもしれない!ママ、パパだって!!!」

「たしかに今私たちをパパとママと呼んだよね、ナターシャ!?」

「呼びましたよ、義母上、義父上!でもそれより先に僕をにーにと呼びました!」

この日は一日中お祭り騒ぎとなった。これを機に私たち家族は、〝家族〟になれた気がした。













「お母様ー!お兄様に習って花かんむりを作ったの!お母様にあげる!」

「リナリアは良い子ねー。ありがとう。デリックは本当に良いお兄様で、お母様も鼻が高くなるわ」

「リナリアの兄ですので。…母上には花かんむりが良く似合う。僕はどうです?」

「貴方、私にそっくりだもの。バッチリ似合うわ」

「リナリアはー?」

くるくる回ってみせるリナリアを、デリックはそれはそれは褒める。

「可愛いよ、リナリア。まるで花の妖精のようだ。お兄様はリナリアに悪い虫がつかないか心配だよ」

「お兄様ったらー!でも、えへへ。リナリアは、いつでもお兄様と一緒にいるわ!」

ちなみに、私とゲオルグさんは親の決めた政略結婚で浮気された者同士なので子供達に政略結婚を押し付ける気は無い。好きに恋愛して幸せになって欲しいと思うのは、親心なのかトラウマからなのか。

「お父様はお母様の膝枕でおねんねなのね!」

「そうよ。起こすのも可哀想だから、このまま花かんむりを頭に乗せちゃいましょ」

「うん!お父様どーぞ!」

「リナリアは本当に可愛いね。でも父上には花かんむりはちょっと可愛らし過ぎたかな?面白いからいいか」

「ちょっと。可愛いじゃない、ゲオルグさん」

私が思わずむすくれると、デリックは笑った。

「母上は父上にぞっこんですね。ふふ、父上が母上の側にいてくれてよかった」

「お母様とお父様、らぶらぶー!」

「うふふ。そうよ。いいでしょう。心から愛してるもの。貴方達もいい人が出来たら教えなさいよ」

「はーい!」

「リナリアの恋人かぁ。僕以上の良い男じゃないと認められないなぁ…」

ぽつりと呟いたデリック。私はリナリアに言い聞かせる。

「お兄様にバレる前にお母様とお父様に相談するのよ。下手をすれば縁談を壊されるわ」

「流石に僕もそこまではしません!」

「そうかしら?ねー、リナリア。お兄様過保護すぎるわよねー?」

「お兄様優しくて大好きー!」

「リナリア!愛してる!」

シスコンにますます磨きがかかるデリックに笑う。その振動でゲオルグさんを起こしてしまった。

「おや、私を差し置いて楽しそうだ。…花かんむり?リナリアがくれたのかな?」

「うん、リナリアとお兄様から!」

「ありがとう、リナリア。デリックもいつも本当にありがとう」

「いえ。父上こそ」

「…待って。ナターシャ、花かんむり可愛い。待ってナターシャが可愛い」

ゲオルグさんに可愛いと言われて思わず赤くなる。

「もう、ゲオルグさんったら」

「リナリアもお兄様も付けてるよー」

「リナリア。愛する人の特別な姿は、ものすごく特別なんだよ。父上も、母上の花かんむり姿だから感動しているんだ」

「あ、いや、もちろんリナリアもデリックも可愛いよ。ただ私のお嫁さんがあんまりにも可愛くてちょっとそれどころじゃないだけで」

「ゲオルグさんったら!!!好き!!!」

私は思わずゲオルグさんに思いっきり勢いよく抱きついた。そうするとリナリアもそれに混ざる。

「私もお父様とお母様とお兄様が大好きー!」

リナリアが私たち夫婦に勢いよく抱きついてくると、デリックも勢いよく私達の上に覆い被さる。

「僕も混ぜてくださーい!!!」

なんだかんだで、幸せな今があるのだ。全ては上手いこと噛み合った。今では心の傷もさっぱりである。この幸せを、この最後の恋を、この手で守っていきたいと心から願う。
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