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嘘つきな副官は素直になれない

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魔王城。悪虐の限りを尽くした魔王を討伐するべく勇者たちが最奥の扉を開け放つ。そこに居たのは、想像していた醜悪な魔王などではなく…。

「いらっしゃいませ、勇者様と仲間の皆様。ちょうど紅茶を淹れさせましたの。お茶菓子に私の手作りの洋梨のタルトもございますのよ。よかったら、どうぞ」

美しいお姫様だった。金のストレートの長髪に魔族特有の赤い瞳を持つ彼女は、優雅な所作で勇者達を迎え入れる。出鼻を挫かれた勇者達はしかしなんとか剣を抜く。

「魔王!俺と勝負しろ!もうこの世界をお前たちの好きにはさせない!」

「あら、正義感に溢れているのね。とても良い事です。でも、残念ながら私には、戦う力はありませんの」

「は…?あんた魔王だろう?何言ってるんだ?」

「いえね、私の場合は代々受け継がれる魔王の血のせいでこの世界の魔王にされてしまっただけで…優秀なお兄様方は、もっと人間の力の強い世界の魔王を任されておりますから、まあ、ハズレの私がこの世界に派遣された感じですわね。それでもこの魔王城を統治出来るのは、優秀な副官のおかげですわ。ねぇ、バロン」

「本当にねっ!」

魔王の言葉の後、勇者とその仲間達の首が胴体と切り離された。勇者達は訳がわからないうちに、眠りへと落ちた。

「あーあー、全く。また勇者どもの血で手が汚れた…」

バロンと呼ばれた男はハンカチで手についた血を拭うと、その布を魔法で燃やして灰に還した。

「ごめんなさいね、バロン。私が力を持たないために…いつも貴方にそんな役割を押し付けてしまって」

「本当にねー。まあ、いつものことだし?別に気にしてないよ」

「ありがとう、バロン。貴方のお陰で助かっているわ」

「あははー。あんたに感謝されても気持ち悪いだけなんだけど。それより、今日は兄君達との家族会議なんでしょ?送ってく」

「まあ、ありがとう!」

「あんた…魔族も含めて全ての存在を忌み嫌ってるくせによくもそんなに愛想を振りまくよな。…なあ、『厭忌のローズ』」

ローズの香りが途端に強くなる。並みの魔族であればその力に当てられるだろうそれに、バロンは顔を歪めるだけだった。

「ふふ、いやね。その二つ名は呼ばないで?」

「あんた…本当に気持ち悪いよ」

「そこが好きなんでしょう?」

「はは。大嫌いの間違いだね」

そんなことを言いながら恭しくローズの手を取り家族会議に送り出すバロン。そんなバロンにローズは珍しく満足していた。ローズに厭忌を抱かせず満足させられる存在など、バロンを置いて他にはいない。

ー…

魔王一家の家族会議。今宵も各世界に散らばった魔王の血筋の者達が集まった。年々、生まれてくる魔王は力こそ強くなっている。だがその分、「魔王の血」が薄くなっていた。

そんな中で、先祖返りとされ魔王の血が一番濃いのが、ローズだ。彼女には『戦う力は一切ない』。だがその代わり、魔王として最も大切なモノを持って生まれた。それは魔王の血。そしてそれによってもたらされる『厭忌』。全ての存在を忌み嫌ってること、それこそが唯一の彼女の強みであった。そして、それは魔王の一族の中で最も尊いとされる感情だった。

そもそも、魔王の一族とは、ある一人の人間の男から始まっている。とある小さな世界の小さな国の小さな村で、平凡な男がある日突然故郷も家族も恋人も奪われたのだ。そして復讐の鬼と化した彼は、故郷を焼いた山賊を、それを指示した国のトップを、全てを殺し尽くした。人という者…いや、全ての存在を厭忌した彼を別の世界の神が面白いからと拾って、ぐちゃぐちゃにして、いくつかに分けて、都合良く作り直して自分の世界以外の各世界に散りばめたのが魔王。その後各魔王が子供を授かったのが魔王の一族。

それを知っている魔王の一族は厭忌の感情を何よりも大切にする。始まりの感情だからだ。しかし当のローズにしてみれば最悪だ。だって何にも愛着を持てないのだから。全てが汚くて気持ち悪いのだから。それは魔王の一族の皆や自分自身も同じこと。だから始めてバロンを見つけた時には歓喜したのだ。ようやく汚くなくて、愛着を持てるモノを見つけたと。

バロンとの出会いは一番危険が少ないとされるあのハズレの世界に派遣された日。魔王城に入ったローズを恭しく迎え入れたのがバロンだった。バロンは既にローズに戦う力は一切ないことを知っていた。しかしそれごとローズを受け入れていた。だがまあ、それは配下としては当たり前のこと。ローズはそれよりも、何故かバロンを汚いと思わないことに驚いた。そしてバロンはその日からローズのお気に入りだ。

さて、そんなことよりも魔王の一族の家族会議。今日の議題は。

「さて、皆も知っているだろうが、我々が愛するローズが最近バロンという副官と良い仲らしい。婚約を進めようと思うが、如何か」

自分の長兄が突然そんなことを言い出した。他の兄弟達もざわつく。ローズは微笑む。

「是非進めてくださいませ」

バロンの意思など関係ない。バロンは唯一自分が愛せる相手だ。逃してなるものか。

そして、バロンは知らないうちに逃げ場をふさがれて、ローズの婚約者になってしまった。

ー…

「あんたさぁ、もっとやり方なかったわけ?」

「だって、バロンは私のことが『大嫌い』で『気持ち悪い』のでしょう?」

にっこりと微笑んだローズ。バロンは顔を歪めるが、はぁぁぁぁぁ、と長いため息を吐いた後ローズに指輪を差し出した。

「一応、婚約指輪。嫌じゃなければつけなよ」

「…っ!ありがとう、バロン!大切にするわ!」

なんだかんだで歪んだローズが大切なバロン。今日も彼は彼女を守り、慈しむ。ローズはそんな彼をただ求め、受け入れる。この愛に終わりは、きっと来ない。
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