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ズレているなりに築き上げた不安定な幸せ
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「すみません、妹が今日も熱を出してしまって…今日のデートは中止にしていただけますか?」
「それは心配ですね。気が気でないでしょう?早く帰ってあげてください」
「ありがとうございます、リズ」
「それと、今度は直接会いに来ず侍従でも寄越してくれればそれでいいので妹さんを優先してあげてください」
「リズは本当に優しいですね…ありがとう」
私の婚約者である彼は、私の額にキスをして馬車に引き返した。
「…ふぅ」
私は彼にキスされた額をハンカチで拭う。
「優しさじゃなくて、貴方と一緒に居たくないだけですぅ」
どうせ近くにいるのは私の侍女だけなので、ちょっとだけ悪態を吐く。
「お嬢様、また叱られますよ」
「はいはい」
彼は私を優しいと言ったが、私の性格には致命的な欠陥がある。
おおよそ人に備わっているだろう、優しさだとか共感だとか、そんな感情が欠落しているのだ。
私は常に私自身が最優先。他のことなど構う余裕なんてない。
「しかし、単に愛想を尽かして一緒に居たくないだけなのを優しさだの愛情だのと勘違いされてもぶっちゃけ嬉しくないわよね」
「こればかりは、お嬢様がそんな性格で良かったと思います」
「なんでよ」
「普通のお嬢さんなら、毎回妹を理由にデートをキャンセルされていたら心折れてますよ。お嬢様が最強にメンタルが強いから平然としていられるんです」
「あー、そういうものかぁ。私そもそも彼のことそんな好きじゃないしなぁ」
愛着も湧かない相手からデートをブッチされたところで別に何の感情も湧かないし。
「…ですが、彼のお嬢様への態度は目に余りますね」
「そう?」
「病弱な妹君を愛するのは良いのです。お嬢様への気遣いが足りません」
「別にどうでもいいから良いわよ。愛し合って結婚するわけでもあるまいし」
「…まあ、割れ鍋に綴じ蓋かもしれませんね。でも…お嬢様にはもっと良い方もいらっしゃるのでは?」
侍女が気遣わしげな目線を送ってくる。まあ、そうかもしれないとは思うけど。
「うーん。私達の結婚なんてお家同士の政略結婚だし、別に本当にどうでもいいわ。後継となる息子と政略結婚のための娘さえ産めば、愛人だって作れるし。というか、私誰かと特別な関係になりたいわけでもないし」
「…お嬢様らしいというか、なんというか」
「まあでも、シスコンと結婚とか色々面倒くさいんだけど…そこは諦めるわ」
「お嬢様が良いなら、私もそれでいいですけど」
この侍女は幼い頃から一緒だったからか、やけに私を大切にしてくれる。そんな彼女がそこまで強くは反対しないなら、まあなんだかんだで大丈夫でしょう。多分。
彼の妹が亡くなった。まあ、丈夫な子じゃなかったからなぁ。
「…」
「…」
お墓の前からいつまでも動かない彼。誰も声を掛けてあげない。掛ける言葉も見つからないらしい。
こういう時こそ婚約者の出番だと言われるかもしれないが、こういうガラスハートになっている相手に私みたいな性格欠陥人間が触ると再起不能にする可能性がある。
私は、泣いているフリをして適当にその場を凌ぐ。なお亡くなった彼女にはなんの感情もないので泣くほどの思い出もない。今泣いてるフリの涙は亡くなった飼い犬を思い出して無理矢理出してる。ありがとう、ゴールド。貴方のモフモフの毛並みを思い出すと泣けるくらいには、貴方が好きだった。
「…みっともない姿を見せてしまいましたね」
「いえ」
どちらかというと、妹を理由にデートをブッチする時の方が情け無い背中に見えていたのでお気になさらず。…とも言えないので適当に濁す。
「妹は、僕の全てでした。でも、その妹はもう居ない」
「…」
危ない。そうですね、とか地雷な相槌を打ちそうになった。こういう時には神妙な顔をして頷くくらいでちょうどいい。
「…今まで、大切にしてこなかった自覚はあります。今まで本当にすみませんでした。けれど、これからは貴女を大切にしていくつもりです。どうか、そばにいさせてくれますか?」
「もちろんです」
そりゃ政略結婚のための婚約者なんだから嫌でもそばにいるしかなかろうに。今更何を言うか。
「愛しています、リズ」
「うふふ、ありがとうございます」
私は特別愛していませんが。…というか、長いこと呼んでないから名前も思い出せなくなってきた。やばいので侍女に後で確認しておこう。
「ご結婚おめでとうございます、お嬢様。…いえ、奥様」
「…ありがとう。結婚式がものすごく疲れたわ。もう寝たい」
「初夜なんですから頑張って起きてて下さいね」
「やだなぁ…特別好きでもないシスコン野郎と一晩過ごすとか地獄よ」
「誰が聞いてるかわからないのでお口チャックです」
侍女に口を塞がれる。そうは言われても、文句くらい言いたくなる。あんな派手な式を挙げて、クタクタにさせられたこちらの身にもなって欲しい。
「というか一晩どころか今日から旦那様の気が向く度一緒に過ごすんですよ。諦めましょう」
「ああ…眠い…疲れた…」
「起きててください」
無理矢理起こされて、仕方がないから気合を入れる。
「はいはい。やりますやります。頑張ります」
「そうそう、その意気ですよ」
そして私は疲れた身体で、いやいやながらも初夜を過ごして翌日腰の痛みに苦しんだ。
「おめでとうございます、ご懐妊ですよ」
「そう」
「おめでとうございます、奥様!」
周りから喜ばれて祝福される。私は特に何の感慨もない。
「早く生まれてこないかな」
「気が早いですよ、奥様」
医者から言われるけれど、お腹に一人分の命を抱えて生活するとか普通に怖い。いいから早く生まれて欲しい。
「旦那様」
「リズ!子供が出来たって本当ですか!?ありがとう!」
夫が駆けつけて来て、喜び私を優しく抱きしめる。
「本当にありがとう。嬉しいです」
まあ、後継かあるいは政略結婚に使える娘か。どちらにしても子宝に恵まれるのは良いことだからね。
「おかあさまー!花かんむりを作ったよー!」
「あら上手」
「ローズは器用でいいなぁ」
「ルーカスだって上手いわよ。子供にしては」
「母上、ルーカスが不貞腐れるので余計な一言は心にしまっておいてください」
私はなんだかんだで、旦那様との子宝に恵まれて男子二人女子一人を授かった。その後は義務は果たしたので夜のお誘いはお断りしているけれど。
兄弟仲は今のところ良好。夫婦仲はレスだけど円満。旦那様が不貞を働いても見て見ぬ振りはするつもり。私は不貞を働くつもりは特にない。そもそも誰かを愛するなんて子供達以外には無理な気がする。子供達は不思議と可愛いので、それは良かったんだけど。
「父上!」
「リズ、僕も混ぜてください」
「どうぞどうぞ」
旦那様が混ざってくるので、適当に次男の作った不恰好な花かんむりでも頭に乗せておく。
「ふふ、リズ。似合います?」
「似合ってますわ、旦那様」
私は他人から見て、大分良妻に見えるらしい。が、性格の致命的な欠陥は治らない。息子達と娘は可愛いけど、旦那様への情は湧かない。けど、息子達と娘が生まれたのは旦那様のおかげなのでせめて見かけだけでも良妻に見えるように一応努力はしている。
「旦那様」
「なんですか?リズ」
「…いつも感謝しておりますわ。ありがとうございます」
愛しているとは言えないので、せめていつも感謝を伝える。彼はいつもそれを嬉しそうに受け取るのだ。
「僕も感謝しています。愛していますよ、リズ」
「おとうさまとおかあさまラブラブー!」
「相変わらず相思相愛ですねぇ…」
子供達も夫も私の欠陥に気付いていない。ならば気付かせないのが良妻というものなのだろう。
私は今日も適当に笑顔で、崩れそうで崩れない幸せな日々を乗り切るのだ。
「それは心配ですね。気が気でないでしょう?早く帰ってあげてください」
「ありがとうございます、リズ」
「それと、今度は直接会いに来ず侍従でも寄越してくれればそれでいいので妹さんを優先してあげてください」
「リズは本当に優しいですね…ありがとう」
私の婚約者である彼は、私の額にキスをして馬車に引き返した。
「…ふぅ」
私は彼にキスされた額をハンカチで拭う。
「優しさじゃなくて、貴方と一緒に居たくないだけですぅ」
どうせ近くにいるのは私の侍女だけなので、ちょっとだけ悪態を吐く。
「お嬢様、また叱られますよ」
「はいはい」
彼は私を優しいと言ったが、私の性格には致命的な欠陥がある。
おおよそ人に備わっているだろう、優しさだとか共感だとか、そんな感情が欠落しているのだ。
私は常に私自身が最優先。他のことなど構う余裕なんてない。
「しかし、単に愛想を尽かして一緒に居たくないだけなのを優しさだの愛情だのと勘違いされてもぶっちゃけ嬉しくないわよね」
「こればかりは、お嬢様がそんな性格で良かったと思います」
「なんでよ」
「普通のお嬢さんなら、毎回妹を理由にデートをキャンセルされていたら心折れてますよ。お嬢様が最強にメンタルが強いから平然としていられるんです」
「あー、そういうものかぁ。私そもそも彼のことそんな好きじゃないしなぁ」
愛着も湧かない相手からデートをブッチされたところで別に何の感情も湧かないし。
「…ですが、彼のお嬢様への態度は目に余りますね」
「そう?」
「病弱な妹君を愛するのは良いのです。お嬢様への気遣いが足りません」
「別にどうでもいいから良いわよ。愛し合って結婚するわけでもあるまいし」
「…まあ、割れ鍋に綴じ蓋かもしれませんね。でも…お嬢様にはもっと良い方もいらっしゃるのでは?」
侍女が気遣わしげな目線を送ってくる。まあ、そうかもしれないとは思うけど。
「うーん。私達の結婚なんてお家同士の政略結婚だし、別に本当にどうでもいいわ。後継となる息子と政略結婚のための娘さえ産めば、愛人だって作れるし。というか、私誰かと特別な関係になりたいわけでもないし」
「…お嬢様らしいというか、なんというか」
「まあでも、シスコンと結婚とか色々面倒くさいんだけど…そこは諦めるわ」
「お嬢様が良いなら、私もそれでいいですけど」
この侍女は幼い頃から一緒だったからか、やけに私を大切にしてくれる。そんな彼女がそこまで強くは反対しないなら、まあなんだかんだで大丈夫でしょう。多分。
彼の妹が亡くなった。まあ、丈夫な子じゃなかったからなぁ。
「…」
「…」
お墓の前からいつまでも動かない彼。誰も声を掛けてあげない。掛ける言葉も見つからないらしい。
こういう時こそ婚約者の出番だと言われるかもしれないが、こういうガラスハートになっている相手に私みたいな性格欠陥人間が触ると再起不能にする可能性がある。
私は、泣いているフリをして適当にその場を凌ぐ。なお亡くなった彼女にはなんの感情もないので泣くほどの思い出もない。今泣いてるフリの涙は亡くなった飼い犬を思い出して無理矢理出してる。ありがとう、ゴールド。貴方のモフモフの毛並みを思い出すと泣けるくらいには、貴方が好きだった。
「…みっともない姿を見せてしまいましたね」
「いえ」
どちらかというと、妹を理由にデートをブッチする時の方が情け無い背中に見えていたのでお気になさらず。…とも言えないので適当に濁す。
「妹は、僕の全てでした。でも、その妹はもう居ない」
「…」
危ない。そうですね、とか地雷な相槌を打ちそうになった。こういう時には神妙な顔をして頷くくらいでちょうどいい。
「…今まで、大切にしてこなかった自覚はあります。今まで本当にすみませんでした。けれど、これからは貴女を大切にしていくつもりです。どうか、そばにいさせてくれますか?」
「もちろんです」
そりゃ政略結婚のための婚約者なんだから嫌でもそばにいるしかなかろうに。今更何を言うか。
「愛しています、リズ」
「うふふ、ありがとうございます」
私は特別愛していませんが。…というか、長いこと呼んでないから名前も思い出せなくなってきた。やばいので侍女に後で確認しておこう。
「ご結婚おめでとうございます、お嬢様。…いえ、奥様」
「…ありがとう。結婚式がものすごく疲れたわ。もう寝たい」
「初夜なんですから頑張って起きてて下さいね」
「やだなぁ…特別好きでもないシスコン野郎と一晩過ごすとか地獄よ」
「誰が聞いてるかわからないのでお口チャックです」
侍女に口を塞がれる。そうは言われても、文句くらい言いたくなる。あんな派手な式を挙げて、クタクタにさせられたこちらの身にもなって欲しい。
「というか一晩どころか今日から旦那様の気が向く度一緒に過ごすんですよ。諦めましょう」
「ああ…眠い…疲れた…」
「起きててください」
無理矢理起こされて、仕方がないから気合を入れる。
「はいはい。やりますやります。頑張ります」
「そうそう、その意気ですよ」
そして私は疲れた身体で、いやいやながらも初夜を過ごして翌日腰の痛みに苦しんだ。
「おめでとうございます、ご懐妊ですよ」
「そう」
「おめでとうございます、奥様!」
周りから喜ばれて祝福される。私は特に何の感慨もない。
「早く生まれてこないかな」
「気が早いですよ、奥様」
医者から言われるけれど、お腹に一人分の命を抱えて生活するとか普通に怖い。いいから早く生まれて欲しい。
「旦那様」
「リズ!子供が出来たって本当ですか!?ありがとう!」
夫が駆けつけて来て、喜び私を優しく抱きしめる。
「本当にありがとう。嬉しいです」
まあ、後継かあるいは政略結婚に使える娘か。どちらにしても子宝に恵まれるのは良いことだからね。
「おかあさまー!花かんむりを作ったよー!」
「あら上手」
「ローズは器用でいいなぁ」
「ルーカスだって上手いわよ。子供にしては」
「母上、ルーカスが不貞腐れるので余計な一言は心にしまっておいてください」
私はなんだかんだで、旦那様との子宝に恵まれて男子二人女子一人を授かった。その後は義務は果たしたので夜のお誘いはお断りしているけれど。
兄弟仲は今のところ良好。夫婦仲はレスだけど円満。旦那様が不貞を働いても見て見ぬ振りはするつもり。私は不貞を働くつもりは特にない。そもそも誰かを愛するなんて子供達以外には無理な気がする。子供達は不思議と可愛いので、それは良かったんだけど。
「父上!」
「リズ、僕も混ぜてください」
「どうぞどうぞ」
旦那様が混ざってくるので、適当に次男の作った不恰好な花かんむりでも頭に乗せておく。
「ふふ、リズ。似合います?」
「似合ってますわ、旦那様」
私は他人から見て、大分良妻に見えるらしい。が、性格の致命的な欠陥は治らない。息子達と娘は可愛いけど、旦那様への情は湧かない。けど、息子達と娘が生まれたのは旦那様のおかげなのでせめて見かけだけでも良妻に見えるように一応努力はしている。
「旦那様」
「なんですか?リズ」
「…いつも感謝しておりますわ。ありがとうございます」
愛しているとは言えないので、せめていつも感謝を伝える。彼はいつもそれを嬉しそうに受け取るのだ。
「僕も感謝しています。愛していますよ、リズ」
「おとうさまとおかあさまラブラブー!」
「相変わらず相思相愛ですねぇ…」
子供達も夫も私の欠陥に気付いていない。ならば気付かせないのが良妻というものなのだろう。
私は今日も適当に笑顔で、崩れそうで崩れない幸せな日々を乗り切るのだ。
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